46.英雄将軍による断罪
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「くっ。は、はなせ」
「私の店が、何をしているといったのか、聞かせて貰おう。解放するかどうかはそれからだ」
その人の声は落ち着いていたが、その人の瞳が、落ち着いて見えるのは表面上のものだけでしかないとはっきりと主張していた。
綺麗に撫でつけられた髪をひとつに纏めたその人の、黒にもみえる濃い藍色の瞳には、金色の星が散っていた。
その金色が、鼓動に合わせて瞬くように煌めく様に目が惹きつけられて動かせなかった。
強い怒りを感じさせるその視線に睨まれているのは、自分ではなく悪態を吐いていたストラ・ボッティなのだとわかっていても、息をするのも苦しい。
その次に目に入ってきたのは真っ黒い軍服だった。
サイドに入った金色のラインが、その人の動きを大きく魅せる。
厚みがあって広い肩から続くその胸元を、王家から下賜された証である『咆哮する獅子』を中央に頂く周囲をぐるりと数多の星が取り巻く勲章が、所狭しと飾り付けられ、動く度にゴツリガチャリと重い音を立てる。
腰に佩いた剣の飾紐は朱赤色で、王族の証である紫色に次いで高い地位を表していた。
つまり、だ。
その人にあった事も無ければ、顔すら知らないオリーでも、この人が誰だか、わかった。
「シュトラール将軍」
戦争の始まりから中盤、いいや終盤ギリギリまでずっと敗戦色濃厚であったこの国に、奇跡の勝利をもたらした英雄将軍。
オリーの呟いた名前が耳に届いたのか、ストラが顔を真っ青にして自分の腕を掴み上げているその人を振り仰いだ。
「っ。……で、だからって。貴族令嬢しかいないっていう店で、元は貴族籍にあったとしても没落して平民になった女をここで接客させるのは違うだろ?! 俺は、不正を糺しただけだ!」
言い訳を口にしている間も、拘束から抜けだそうとしてストラが何度も体を捩る。
けれどびくともしない握力の強さに、英雄将軍に向ける目が恐怖に染まり、目尻に涙が溜まっていく。
そんなストラとは対照的に静かなままの将軍が宣告を下した。
「言いたいことは、それだけか? だが、オリビア・コントレー子爵令嬢はこの度特赦により貴族籍への復帰が認められている。むしろ、不正行為により自家の借金を婚約者の家に押し付けた罪により貴族籍を剥奪された君がここにいることの方が、不正といえるのではないかね、ストラ・ボッティ元伯爵令息?」
「……え?」
その疑問の声は、ストラのものだったのか。
それとも、オリーのものだっただろうか。
言われた言葉の意味がよくわからなかったので、オリーが発したものだったかもしれない。
口を開けて呆けてしまったオリーに、シュトラール将軍が笑いかけた。
「あははは。間の抜けた顔してるねぇ、オリーちゃん。いいか、君の御父上は借金だらけなのに見栄を張って贅沢な暮らしをしていた訳じゃあない」
言葉を知らぬ幼子に噛んで含めるように。笑顔の将軍がゆっくりと、分かり易い言葉を使って説明してくれたけれど。
オリーには何故かそれが理解できなかった。
「正しく裕福だったんだ。そして親族からの薦めを受けて国の食料庫であったが天候不順により打撃をうけたというボッティ伯爵領へ援助する為の根拠、担保がわりとでもいうのかな。その為に婚約を結ぶことにしたんだ。それが君とストラとの婚約の真相だった。だが、戦争でご両親が亡くなった時、ボッティ伯爵は恩を仇で返すことにした」
「恩を、仇で……」
「そうだ。ボッティ伯爵は混乱に乗じ『婚約者の家の一大事』と主張して、誰よりも先にコントレー子爵家の屋敷に乗り込み、援助に関する契約書一式と子爵家の印章を持ち出したんだ。そうして、あらゆるボッティ家の借金に関する書類を、コントレー子爵家のものであると偽造し、ついでとばかりに領地を所質として借りられるだけの金を借りたことにして、悪徳金貸しとその金を山分けまでしたんだ」
「ぎぞう」
自分が馬鹿になった気がしたが、今のオリーにできることは、英雄将軍の口から語られる真相の内、頭に残った単語を震える唇で繰り返すことだけだった。




