41.プロすごい
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お酒の席につく酌婦の仕事なんか、客の会話に適当に相槌を打って、高いお酒と美味しくもない癖にやたらと高いだけのおつまみをガンガン頼ませるのが仕事だと思っていた時期が、私にはありました。
──全、酒場のお姉さま方に全力で謝罪がしたい。
いや、もしかしたらオリーの想像どおりの仕事しかしていない酌婦の女性もいるかもしれない。
けれど、ここマダムのサロンでは、そんな雑な応対は許されていなかった。
「今流行っているオペラあるだろう」
「『いまだ見果てぬ夢に破れ』かしら。それとも『恋に哭き、愛に死す』かしら」
「戦争相手の姫将軍と一騎打ちになった将軍の話はどっちだ?」
「『恋に哭き、愛に死す』ですわね。えぇ、とても素晴らしかったですわ」
「娘にチケットを強請られているのだが、そんな血腥いオペラを嫁入り前の娘に鑑賞させていいものだろうか」
「そうですわねぇ。血腥いといっても舞台ですから。首を刈るシーンでは舞台は暗転して、影絵にしてありましたわ。カーテンの向こう側での演出はとても幻想的で美しかったですわ」
「むむ。そうか、血が飛び散る訳ではないのだな?」
「えぇ、ご安心ください。ひと太刀交わすごとに明かされるふたりの恋情が、とても切なくて。けれどもお互い自国の為に、自分の恋慕を胸の奥に秘めて、決戦の場に立つ。恋よりも自分の立場や役割をお互いに選び取る。感動作ですわ」
「なるほどなぁ。恋より、自分の役割を。それならいいかもしれん」
「ふふ。チケットを融通することもできますわ。どうぞ、御入用の際はお知らせ下さいませ」
「あはは。またカリンは若い女優のパトロンになったのか」
「残念ながら、私程度ではパトロンになどなれませんわ。芸術で身を立てるお手伝いがしたいだけなのです」
「芸術ねぇ。そうだ。前に教えて貰った宝飾品職人の店。あそこで買った髪飾りは妻に好評だったよ、ありがとう」
「それはようございました。繊細な金の小花が奥様の美しい髪の上で揺れる様は、さぞかし夜会の席で注目をお集めになられたことでしょう」
「あぁ。お陰で出張続きで口も聞いて貰えなかったが、夜会の席についてきて貰えただけでなく、上機嫌の妻をエスコートできた」
笑顔を貼り付けたオリーの頭の上を、カリンと閣下たちの会話が飛び交っていく。
カリンお姉さまのそれは、数多の情報を握っているからこその受け答えだった。
流行っているオペラの舞台をすべてチェック済ということは、たぶん流行る前の段階で上映を観ているということだろう。流行ってからではチケットが取れないだろうし、話題についていけなくなってしまう可能性が出る。
練習場でのカリンは、ドレス姿ではなくもっと簡易な練習着であった。
鍛え上げられたしなやかな身体は、けれども女性らしい丸みを失ってはいなかった。
鏡に向かって、あらゆる角度から表情を確かめ、あらゆる角度からもっとも美しく見える表情を探して、繰り返しその顔を作っては確かめていた。
そうして今の会話の間にも、カリンはあの時練習していた最も美しく見える表情を崩すことなく繰り広げ、その上で楽し気に会話をすすめ、さりげなくお酒のお替りをすすめている。
すごい。これがプロなのか。




