39.カリンおねえさまの特別授業
■
「最初は鶏ガラみたいで心配だったけど、ようやく肉もついてきたわね。でも、つけるべきところが間違ってると思うわ」
カリンおねえさまの視線が、私の頭の天辺から爪先まで舐めるように動いていく。そうして呟やかれた言葉に、突かれた胸を、ぎゅっと押さえた。
「体形は、生まれ持ったものだと、思うので」
ぷにってきたウエストとは対照的に、まっ平のままのバストが切ない。胸の痛みを両手で押さえた。
……いや、その下に手をやるべきか。ぷにぷにになってきた胴回りを隠すべきなのかも。
「そんな事を言って現実から目を逸らしていたら、取り返しがつかなくなるわよ」
「ぎゃっ」
カリンおねえさまが美しい唇を片方だけ吊り上げると、私の脇腹を、がっちりと掴んだ。
抓まれた脂身の厚みをまざまざと自覚させらて脳天に衝撃が走る。
「なにするんですかっ」
慌てて飛びのき、今度こそ両腕でお腹周りを抱え込み隠した。
「ほほほ。随分とお肉が付いたわねぇ」
弧を描く唇はふっくらとしていてツヤツヤで、私を見つめる麗しい瞳は獲物を見つけたように輝いていた。ひぇ。怖いほど美人。
私から目を離さなずに腰へ手を当て立つおねえさまの胸元は、ゆったりとしたハーフドレスを下からバーンと持ち上げ、その存在を主張して憚らない。
おねえさまが動く度に、ドレスのドレープが身体の線を強調するので、目のやり場に困るったらないのだ。
胸が大きいだけじゃなくて、ウエストが細いだけじゃなくて。
女性らしい動きと相まって、何とも言えない色香が漂う。実際に身に纏っている香りも素晴らしいけどね!
「オリーったら、減点よ。初めて会った時の会話を覚えていないのね。お客様が前回の接客時にされた会話を忘れるなんて、許されないですからね?」
じろりと睨まれる。美人に睨まれてもご褒美にしかなりませんわ。堪らん。
「あー、そういえば、コルセット重ね付けして作ってるんだと思って。人造おっぱい扱いして怒られましたねぇ」
もうずっと昔の事のような気がしちゃうけれど、その会話をしてから実際にはそれほど経っていない。
貴族の令嬢だらけのこの場所に、オリーが居れるのは賭けが終わるまでのこと。
もしくは頭の怪我が治るまでの話だ。
勿論、オリーとしては自分が総菜屋の店員でしかないと理解している。
それ以上ではありえないのだから、あんまり慣れ合ってしまうのもよくない気はする。
それでも、今受け取れるだけの優しさを受け取って、その思い出を大切に生きていくのも悪くなんじゃないかと最近は思っていた。
歳を取って本当のひとりになった時に、きらきらとした素敵な時間が私にもあったと思えるなら、とても素敵だ。
「まったく。また考え事に耽って。話し掛けられている間くらい、ちゃんと聴きなさいね。はい、これ」
呆れながらカリンおねえさまが差し出されたものを、反射的に受け取る。
「これは?」
広げてみればそれは、厚手の布でできたものだった。
幅のある厚手の布が何重にも重ねられて縫い合わせてあり、革ひもで調整できるようになっているらしい。
鯨髭も鋼鉄も入っていないし、布幅も狭くて上部はまっすぐじゃなくてふたつの曲線を描いているからかなり違うみたいだけれど、どことなく先日着けられたコルセットに似た構造をしている。
勿論、コルセットよりずっと軽いし柔らかい。
多分これを着けてもドレスを美しく着用することはできないだろう。
何の為の物なのかわからずに首を傾げて見つめていると、再びカリンおねえさまにより取り上げられて声が出た。
「あ」
「そのまま両手を上に上げていて頂戴。そうそう、黙って」
そうしてオリーは、ドレスの上からその布を巻きつけられた。
「いい? ここから先、お風呂を入る時以外は素肌にこれを着けて過ごしなさい。あぁ、本物のコルセットを着ける時も外していいわ」
「え、ということは、寝る時も着けるんですか?」
「当たり前よ。お風呂から上がったら夜着の下にこれを着けるの。朝の着替えでコルセットを着ける直前までずっとよ」
「ひえっ」
言われて分かった。このふたつのカーブは、胸の下のラインに沿う形になっているのだと。
今も見下ろした先にあるのっぺりとしたオリ―の胸元が、ドレスの上から着用したそれにより強調されたことで少しだけ存在を主張して見える、気がする。
「いい? これはきちんと胸の下のカーブに合わせて着用して、こう……指が二本ほど入る程度の弛みを持たせて着けるのよ。布製だからそれでも息はできるし食事にも支障はないわ。そうして、それから……」
ぐいっと、カリンおねえさまに抱き寄せられたと思ったら、おもむろにドレスの胸元から脇へと手を差し込まれる。
「!!!!〇×▲□※#$%&!?!?!?」
声にならない悲鳴を上げている間に、カリンおねえさまの手が、オリーの胸の近くにあるあらゆる脂身を掻き集めるように中央へと寄せていく。
脇、背中、中央の胃袋の上あたり。
左右対称になるようにして作業を終えると、満足そうに笑った。
「さぁ、オリー。鏡を見て」
「うわぁ」
促されて視線を向ければ、鏡に映る胸元に、ささやかながらもはっきりとした谷間が生まれていた。
思わず右に左に、鏡に寄り、かつて見たことのないラインを描く自分の胸元を見つめる。
「でもこれも、外したら元通りの平になっちゃうんですよねー」
いい気にならないように、自戒を込めて呟いた。でもコルセット二枚重ねよりも自分のって感じで嬉しさが大きい。
「馬鹿ね。マダムの顔マッサージの指導を受けても、まだそんな事を言ってるの?」
こつん、と額を突かれて、目を瞠った。
「あ」
マダムの特別マッサージを受けているだけでなく、朝晩自分でもするようになったことで、オリー自身でも自分の目の大きさや鼻の高さ、口元のカーブなどすべてが変わったと自負している。
「同じ人体よ。ねぇ、オリー。毎日続けることに意味があると、あなたももう知っている筈でしょう?」
ふよふよとした膨らみを持った胸元に指を這わせれば、鏡の中の胸にも柔らかそうなえくぼができていく。
美しさも、愛らしさも、自分で造り出すことができるのだと教えられた秘術に、息を飲む。
そうしてオリーはまたひとつ、女性としての深淵を知ったのだった。




