33.めっちゃデカい
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「そうよ、オリー。今のステップはよかったわ」
初歩も初歩。フェザーステップとスリーステップを織り交ぜたダンスならば教師役のマダムの足を踏まないで一曲分踊れるようになってきた。
とはいっても時折混ざって転びそうになるけれど。
似てるんだもん。この二つのステップ。
けれど、身体を動かしていると、教科書とにらめっこしているような授業と違って、余計なことを考えなくて済むのがいい。
広い練習場は、一面にガラスが貼ってある。
私がマダムにレッスンを受けている間も、いろんな人がやってきて、各々好きにストレッチしたり、ダンスのステップを練習したりしている。
そんな練習場の端っこで、私はマダムをお手本に、前後と左右ともにズレた位置に立って、新しいステップを真似している。
どんくさい動きに後ろから呆れたような視線を感じることもあるが、基本無視だ。
無視というか、そんな余裕はないというか。
最初の頃はヒールのある靴でステップを踏むのが怖かったけれど、今はなんとか突っかからないで最後までついていけるようにはなった。でも、それだけだ。
スタート位置は辛うじてぶつからない程度しか離れていないのに、ワンターン動いただけで、マダムと私の距離はスタート時の倍以上離れてしまう。
つまりそれだけ、私のステップは小さくて拙いということだ。
「すこし休憩しましょう。あまり根を詰めさせると、また病み上がりなのにって怒られちゃうわ」
正直、体力が落ちているのかギリギリだった。
ほんの二週間前までヒールのある靴も、こんなに綺麗なドレスを身に着けることも久しくなかった私には、それだけで途轍もない重労働だった。
正直なところ、総菜屋で朝から晩まで働いていた方がよほど身体が楽なくらいだ。
「たすかった」
へろへろと壁際に置いてある椅子に座って汗を拭いていると、目の前にコップが差し出された。
「水を沢山飲んでおくといいわ。汗をいっぱい掻いて、悪い物と一緒に排出するのよ。綺麗になりたいでしょ、新入りさん?」
「ありがとう、ございます」
コップを受け取り、礼をいう。
中に入っているのは単なる水ではなく、檸檬とハーブの香りがした。
「おいしい」
「でしょう? あそこにある水瓶は全部それが入っているの。飲み放題だから好きなだけ飲むといいわ。でも、練習中に飲み過ぎるとトイレに行きたくなっちゃうからそこだけは気を付けて」
にっこりと笑うその人は、さっきまで練習場の反対側でひとり鏡に向かって姿勢を正したり、歩き方をチェックしたりしていた人だった。たぶん、この練習場で一緒になったのは初めての人だ。
なにより、めっちゃくちゃおっぱいが大きい。
すごい。マダムとは違った方向で肉感的な色気ばっちりの綺麗なおねえさんだ。
つい視線がそこに集中してしまう。欲求不満のオッサンかと自分で思うが、見たことないサイズなのでしょうがない。
「あはは。面白い子ね。どうぞ? 好きなだけ見てちょうだい。私が頑張って育てた自慢のバストよ。綺麗でしょう」
育てた、といわれて気が付いた。
「あぁ! あの偽乳を作る二枚重ねのコルセットですね!!」
なるほどねー。私の様なガリガリだってあれだけ盛れたのだ。確かに元からお肉があれば、更なる爆盛りができるのは当然至極であろう。
うんうんと納得していると、おっぱいの大きいおねえさんに鼻を抓まれた。
「い、いひゃいれすっ」
「面白いこというじゃないの。私のこれを偽物扱いするなんてねぇ」
「ひ、ひがうんれふか?」
「あれは搔き集めて寄せてあげただけだから、コルセットを外したらオシマイでしょう? 私のこれは、外したってそのままよ」
胸を張って突き出す。あぁ、勿論私の鼻は抓んだままだ。仕方がない。失礼なことをいってしまったのは私なのだから。
でも、痛ぁい。




