31.一種の現実逃避です
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禿げの事実から逃げるように、勉強に励んだ。
一心不乱に言葉遣いを直し、言い回しを習い、地名と名産、そして治める領主家の名前を覚えていく。
ダンスのステップを繰り返し、流行りの詩集を諳んじる。
もちろん、あの化粧も教わった。
とはいっても色を塗りたくる化粧ではない。肌の基礎的なお手入れ方法からだった。どんだけ基礎から教えるのが好きなんだろうか。
「鼻筋から頬骨を通るようにして骨を押し上げるのよ。痛み? 我慢なさいな」
吃驚するほど頬骨の奥が痛いが、マダムに言われるまま掌で骨の位置すら変えてやろうという勢いで持ち上げた掌が耳の前まできたら、今度はそっとやさしく触れるだけの力加減で首から腕の付け根まで撫でおろす。
痛い。正直、頬骨を持ち上げると本当に痛い。顎の関節まで響く鋭い痛みが走る。
「ホラ。あなたのコンプレックスの団子鼻が、頬骨の位置が変わってきたことで目立たなくなってきたわよ。浮腫みも取れてきたから、少し鼻筋が通ってみえるわ」
悔しいけれど、本当だった。とはいっても、この痛くてたまらないマッサージを止めて三日もすれば、元の団子鼻に戻ることは間違いないだろうけど。
「ふふっ。マッサージを止めたらすぐに戻るって顔してるわね。でもそうよ、今のオリーなら、翌日の夕方には、あっという間に元通りね。けれどね、オリー。マッサージが終わった後も、次の日に同じマッサージをする時でも、元の顔よりもスッキリとした顔立ちになっていることは、あなたでも認めるしかないでしょう? そうしてまたマッサージをすれば、前日より更に綺麗になっている」
やわらかな手が、私の眉間からおでこを通って耳の後ろまでマッサージをしていく間、話し掛けられた。
だから、痛いってば。
「ねぇ、それならマッサージを続ける限り、このスッキリとした顔はオリー自身の顔ということではないの? それと毎日続ける美への努力を、小手先のズルだとあなたは判定を下すのかしら」
骨の位置を変えようとでもいうような強い痛みを伴うマッサージの後の、首から上に溜まった老廃物を流すのだというマダム特製のマッサージは、とても気持ちがよかった。
するすると撫でるだけのような柔らかな動きなのに、ひと撫でされる度に、その肌の下がポカポカしてくる。凝り固まった頬や首まわりの筋肉が弛んで動きやすくなる。
「…………」
返すべき言葉が見つけられなかったズルい私は、目を閉じて黙り込むしかできなかった。
今は、この気持ちよさに浸っていたい。
マダムは、そんな私に答えを強要することをせず、基礎化粧の仕方について、説明を続けてくれた。
「さぁ、マッサージが終わったら、洗顔の仕方を教えるわ」
それにしても、私が痛がる度に、すっごく楽しそうに笑うのはなぜなのか。
解せぬ。
 




