28.メイドのエラさん
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お風呂で頭を洗えなくなって、ついに十二日が過ぎた。
一週間という話はどこにいったのか。まぁ、頭の傷の治りがあまりよくないらしいので仕方がないのだけれど。
「あー、うん。これまでの栄養状態が悪かったのが原因かもしれない」
ここでお世話になって丁度一週間目に診察に訪れてくれたお医者様が、長引いている原因についてしかめっ面をしていっていた。
まぁその辺は、自覚有る。うん。
ちなみに、おじいさんはまったく来なくなってしまった。
最後に会ったのは、お医者様の診察時だ。いや、翌日にも来たか。
でもだからって、放置されている訳じゃない。
マダムによるレッスンは続いていた。今はなんとダンスレッスンを受けている。
とはいっても、まだひとりでステップを踏む程度。誰かと組んで練習なんて段階ではない。壁が一面鏡になっているレッスン部屋で、ただひたすら姿勢よくまっすぐ歩く練習をした後に、マダムの足の動きを真似しただけだ。
正直、辛い。だってヒールのある靴なんか歩くのだって難しいんだから。
それにしてもあまりにも令嬢教育すぎる。
酒場の接客にそんなのが必要なのか。やりすぎだろうといいたい。
だが、文句をいうべきおじいさんがこないんで大人しく受けている。
そうして私はメイドのエラさんに食事を運んできて貰ったり、包帯を交換してもらうついでに、蒸しタオルで髪を拭いてもらえるようになっていた。
自分でやるとつい傷口を力いっぱいゴシゴシと拭きたい誘惑に勝てそうになかったので、そこは甘えている。
「お痒いところはありませんか?」
傷口以外でね、と歌うように続けるエラさんには苦笑するしかない。
まるまるころころした体形のエラさんは、いつも歌っているような話し方をする陽気な人だ。
たぶん垂れ目なのもいいんだと思う。傍に居るだけで落ち込んでいられないような明るい気分にさせてくれる人だ。
それでも仕事はどこまでも丁寧で、大雑把とは無縁である。
怪我に響かない部分は、入念に香油をつかって揉みほぐしてから熱い湯で濡らしたタオルで丁寧に拭いてくれるのだ。ふくふくとした指はとても働き者で、エラさんの指はとても気持ちがいい。
香油を揉みこむと、石鹸を使わなくとも汚れを拭きとれるようになるらしい。知らなかった。
迷いなく丁寧に動くエラさんの手が、私の頭を縦横無尽……ではないけれど、怪我した部位を上手に避けながら隈なくマッサージしていく。
「ふふ。大分綺麗な御髪になってきましたね」
弾んだ声でエラさんが褒めてくれたけれど、気恥ずかしいし、そもそも綺麗な筈がないので否定する。
「あはは。ありがとうございます。でも、私はお貴族のご令嬢ってわけじゃないですし、そんなお世辞は言わなくてもいいですよー」
「いいえ。どちらかというと栄養が満ち足りたからかと思います。髪にも栄養は必要なんですよ」
「髪に栄養失調があるってことですか?」
「えぇ、切れやすくなりますし、艶も無くなります」
心当たりしかない私は、へーと上擦った返事しかできなかった。
手入れも碌にしないで、栄養も足りてない私の髪が最低な状態だったってだけか。なるほど。
とはいっても、そもそもメイドさんの基準がお貴族様のご令嬢にあるならば、平民となった私がそれを満たしていなくて当然のことだ。うん。悲しむ必要なんか、ない。
「これからもっと美しくなられますよ」
だから、メイドさんの言葉に心を揺らがせる必要も、ない。
ありえない希望に満ちた未来を提示されても気にするだけ無駄というものだ。
話を替えたくて、私は世間話をはじめた。




