24.甘くてしょっぱい
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「だ、だいじょうぶ、です」
息を大きく吐き出さないように、できるだけ顔を背けて小さく返事した。
「そう? 無理な我慢はしない方がいい。はい、これは差し入れ。そろそろ休憩かと思ってね」
差し出されたトレイには、甘さ控えめでナッツの香りがするココアと山盛りのショートブレッドが乗っていた。
もちろんカップはふたつ。オリーの分だけでなく、おじいさんの分もちゃっかりあった。マダムの分はないらしい。
「熱々のココアに、塩気のあるショートブレッドは最高の組み合わせだな」
大きな手がちいさなショートブレッドを摘まみ上げ、ぽいっと口に放り込んだ。
長い髭に囲まれた口を大きく開けているところは、まるで大道芸での腹話術の人形の動きのようだ。ガッと開いてサクサクと音を立てて噛み砕く。
もっと上品に食べられるだろうに、とは思うけれど、実際の所ショートブレッドを音をさせずに食べても、食べた気にならない気がするので無粋なことを指摘するのはやめて、自分でも手に取った。
それはまだ少し温かかった。さすがにひと口で食べるには大きい。そっと齧るとサクサクするのに舌の上でホロリと溶けてバターの香りが広がった。
まだ塩気が残る舌に、ココアの濃厚なナッツの味わいがよく合う。美味しい。
「おいしいです」
「だろう?」
自慢げなおじいさんに同意するべく、大きく頷いた。
それにしても、おじいさんはぽいぽいと口へ放り込んでいくけれど、このショートブレッドには一体どれほど大量のバターが使われているのだろうと思うと、コストが気になって身体が震えた。
ナニ、ここ。やっぱり大富豪というか高位貴族様の御屋敷なの?
まだ子爵家であった頃だって、こんなにたっぷりとバターを使ったお菓子を山盛り食べられたことはなかった。もしかしたらお母さまが開いていたお茶会の席では出していたかもしれないけれど、でも多分、これを焼いていたらとてもいいバターの香りが周囲に広がっていた筈だ。そんな記憶もない。
でも、レッスン中にバターの香りが漂ってくることも、無かった。
そうか、この御屋敷は、それほど広いってことよねぇ。
まだ温かいこのショートブレッドは出来たてだ。つまり御屋敷内で焼いたものだ。
けれどそれを作っている匂いはまったくここまで届かなかった。
滞在費が怖い。気になって喉の奥がキュッと詰まる。けれど。
目の前のおじいさんが、おいしそうに貪り食べる姿が目に入ったら、ふっと気が抜けた。
『サクッと稼げたら僕の勝ちだからオリーちゃんに治療費と滞在費の支払いが生じるけれど、ここで稼いだ金で治療費その他を支払えるし、オリーちゃんの言うとおりに美人じゃないと証明できれば、稼げなくても僕が支払うからお店には迷惑を掛けないで済むっていうことさ』
賭けを申し出たおじいさん自身が、何も問題はないと笑って太鼓判を押してくれたのだ。
心配し過ぎるのも、怪我の治りに響きそう。
私は、いつの間にか数の少なくなっていたショートブレッドを両手で摘まみ上げ、自分の分を確保した。
「うん、おいしい!」




