22.負けず嫌いで仕方がない
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やだ、私ったら。
幾ら何でも接近しすぎていた。
しかもそのままの体勢で孤児院のことまで考えていたなんて。いくらおじいさん相手だとしても、油断しすぎだ。女捨てすぎ問題発生である。警戒心ゼロにもほどがある。誤解させるようなことをしてはいけないのだ。それが平民として女一人で暮らしていく上で、一番大切なことだ。
しかも、いつの間にか両手を上げて顔を背けているおじいさんが、チョイチョイとちいさく指差した自分の胸元が、濡れて妙に張り付いている。
そうだった、部屋着。
包帯を巻いたままでも、ひとりで脱ぎ着がし易い襟元が大きく開いた軽いワンピースを貸して貰っていたのだった。
柔らかなピュアホワイトの生地が、水に濡れて少しだけ肌の色を透けさせている。
「お、オソマツナモノを。失礼しました!!!」
慌てて飛び退ける。
「いや。僕もごめん。もうちょっと、こう……紳士的に指摘するべきだった」
謝罪するおじいさんの声が今まで聞いたこともないほど焦っているのがわかる。
ペコペコと、明後日の方を向いたまま頭を下げている様子なのもおかしい。
それにしても、紳士的な指摘って、一体どんな指摘の仕方だろう。
おじいさんがあまりに真面目な声で必死に謝っているのがわかって、思わず緊張してしまった自分が馬鹿な気がしてきて笑ってしまった。
「さぁ、僕は食器を片付けてくるから、着替えておいで。その後、包帯を交換しよう。いいね?」
ガチャガチャと音を立てて食器を集めると、おじいさんが慌てて出ていく。
その後ろ姿を見ていたら、目元が弛んで仕方がなかった。
クローゼットをかき回して、着替えを探す。
とりあえずの部屋着としてマダムが貸してくれたワンピースは、どれも手触りがいいものばかりだった。
柔らかな絹のジョーゼット、温かな綿モスリン、涼やかな麻でできたカンブリンと生地も素材もいろいろだったけれど着心地の良さと素敵なデザインを兼ね揃えた逸品ばかりだ。
いま着ているのは、一番シンプルで地味に見えたから選んだだけだ。
私は光沢のある深いブルーのカシュクールと同色のフレアスカートを新しく選んだ。
「これなら、汚れも目立たないし、いいわよね」
先ほどの白はゴシゴシ洗えそうだと思って選んだけれど、やっぱり白は駄目だわ。実用性に欠ける。ちょっと水に濡れただけで、あんなに透けてしまうなんて思わなかった。
「それにしても、おじいさんたら香水つけているのかしら。やっぱりお貴族様なのねぇ。それか、上流階級……ううん、違うわね。上流階級の人ってお金持ちだって誇示してるもの。あぁ、でもお貴族様もそうよね。ううん、どうなんだろ」
グリーン系の中に香る柑橘が爽やかだった、と記憶の中のそれを思い出す。
歯もまっしろだったし、やはり平民とは身だしなみに関する意識が別物なのだと感心した。
髪がまっしろになる年齢になれば、歯が黄色くなっているのは当たり前だし、一、二本は欠けていたりするものだ。なんなら顔を合わせて会話するだけで、ちょっと臭う。
髪だって、白髪だらけというだけで、艶やかだった。
近付いてみれば、きちんと手入れがされているのだとわかる。ただ、手櫛というだけだ。
「思っていたより、お若いのかも。気持ちが若いというのもあるかもしれないわね」
カクカクと首を大きく上下に動かす。
賭け事に誘う位だもの。きっと負けず嫌いなんだわ。




