2.ここはどこ、私はイモフライ
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目が覚めたら、ふかふかの布団に包まれていました。
なにこれすごい。ふかふかだ。
マットレスも柔らかすぎずに気持ちいい。蕩けるぅ。
木のベッドしか知らなかったから、その違いに吃驚するしかない。
「お貴族様かお姫様にでもなったみたい」
へにゃっと顔が駄目な感じに蕩けて起き出したばかりの布団に沈む。
じゃあなくて!
周囲を軽く見回して、思わず呟いた。
「ここどこ?!」
今更感満載の疑問を口にして慌てて起き上がると、頭部にものすごい痛みが奔った。特に後頭部が痛い。でも全部?
思わず蹲る。
手を当てると、頭に包帯が巻かれているようだった。
「もう27才なのに。みっともなさすぎでしょう、わたし」
これでも一応嫁入り前の乙女()なのに。後頭部にハゲができていたらどうすればいいんだろう。ただでさえ美しくも若くもないというのに。
いいや、それはもうどうでもいいのかもしれない。今更だ。
深夜、泣きながら鼻水垂らして、手掴みで売れ残りのイモフライを食べることになった理由を思い出して、嗤った。
「はぁ。それにしてもあの人、よく私に声掛けたなぁ」
昨夜の記憶を思い出そうとするだけで羞恥が先に立つが、どう考えてもここは病院とは考えにくい。病院だとしても、貴族相手のものだろう。どんなところか想像もつかないけれど。
ベッドマットの感触とやわらかで清潔なシーツ。そして雲の上にいるような包み込まれるような枕と布団。
壁に当たる仄かな間接照明で照らされた部屋を見回した。
「……え、お城?」
厭な予感がして、ばっと布団を剥ぐ。
頭を過ぎった最悪の想定に、頭の痛さなんてふっ飛んだ。布団だけに。
果たしてそこにあったのは、見覚えのある肌着と下履きを身に着けた私だった。
尚、着ていたワンピースとエプロン、そして木綿の擦り切れる寸前の靴下は脱がされた模様。
ちなみに膝には湿布、肘にはガーゼが貼ってあった。うん、満身創痍だ。
「でも良かった。下着だけだけど、ちゃんと着てたわ」
剥いてみたものの、色気もなにもない庶民派の下着に萎えたってことかしら。
ううん。ちゃんと治療してくれてるし、怪我の有無を確認する為って方がありそう。
「ワンチャン、自分で脱いだ可能性もありかな。覚えていないだけで」
紫檀の家具は暗い中でもわかるほど磨き上げられてピカピカで、嵌め込み細工になっている木の床はまるで芸術作品だ。
掛けられたぶ厚いカーテンの傍には観葉植物。そして品の良いソファーとフットスツールのセットがふた組。
それらがぎゅうぎゅう詰めではなくてゆったりと配置されているこの部屋だけで、私が借りているアパートの部屋よりずっと広い。
さて。それにしてもどうしよう。いや、悩むほどのことも無いか。
とにかく部屋を出る為にも服装を整えねば。
まさか下着姿で此処から出ていく訳にはいかないのだ。幾ら私がそろそろオバサンと呼ばれることに抵抗が無くなる歳であろうとも、無理。一応、私にだって恥じらいくらい残ってる。昨夜のあれは、特別なのだ。
ベッドの厚織りシーツを剥ぎ取り身体に巻きつけ部屋を物色する。
まずはぶ厚いカーテンの隙間から外をそっと覗いた。
「ヒェッ」
思わず咽喉がひゅっと詰まる。
眼下には、美しい庭園が広がっていた。
草木や花々が綺麗なモザイクを描くように植えられ、中央には夜だというのに豊穣の女神フロルが手にしている壺から清らかな水がとうとうと流れ落ちている。噴水だ。
夜だというのに庭園の様子がはっきりとわかるほど明るいのは、最新鋭のガス灯がそこかしこに設置されているからだ。
慌ててカーテンを締め直し腰を屈めて後退った。
ひえぇえっぇぇっ。ナニここ。王宮? お城なの?!
意味不明な声にならない悲鳴が咽喉から細く上がるのを手で押さえる。
声を出すのは咽喉なのに、口を押えると声が出なくなるのって不思議だよねぇ、などと思考を横滑りさせて自分を落ち着かせた。
よし。早くここからお暇しよう。