19.失敗した
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具だくさんで美味しいズッパを堪能し、美味しい紅茶も貰ってお腹がくちくなったせいだろうか。急に眠気が襲ってきた。
「ふあ」
不覚にも大口を開けて欠伸した所を、バッチリとおじいさんに見られてしまった。
絶対に揶揄われると思ったんだけど、おじいさんは「さてと」とソファから立ち上がり、テーブルの上に置いていた空いた皿を集め出した。そのまま全てを手に持ち、部屋の扉へと歩いていく。
「今日はゆっくりおやすみよ。バスルームに化粧落としは用意してあるって言ってたよ。シャワーは軽くならいいけど、お医者様から『包帯は絶対に濡らさないように』って指示が出てる。勝手に洗って、傷口が膿んだら安静期間が長引くからね。いや入院になるかもしれない。しばらくは頭を洗おうなんて考えないで」
入院と聞かされて勢いよく何度も頷いた。洗髪駄目。絶対だと心に刻む。
まぁ私は平民ですからね。全然平気です。慣れてるし。
それになんとなくシャワーもお湯が飛び散って髪を濡らしそうで怖くて、結局タオルを濡らして身体を拭くにとどめることにする。
それでも、化粧落とし用のクリームと一緒にすっとするミント系の香油が置いてあったのでタオルを浸す桶に一滴垂らした。
「ふう。スーッとするだけでも気持ちがいいものねぇ」
ゆっくりとタオルで身体を揉みこむようにしながら拭き終わると、いつもよりずっとサッパリした気分になれた。
用意して貰った肌触りのいい夜着に着替える。
「つ、かれたー」
ふっかふかのベッドに俯きで身を投げる。
後頭部に怪我をしているからね。
ぼふん、と柔らかく不作法な真似をした私の身体を、ぎしりとも音を立てずに受け止めてくれたベッドに、疲れ切った身体が沈む。
貴族令嬢であった頃よりずっと筋力的なものには自信を持っていたのだけれど、貴族の礼法に沿った所作には庶民が普段の生活で使う筋肉とは違う種類の筋力が必要であるらしい。
足の脛の前側とか二の腕の付け根とか、腰とおしりの付け根というか始まりのところというか、なんか微妙な場所がいろいろ痛い。
「っ」
いや、一番痛いのは頭かも。口の角度を変えようとして顔を顰めた。当然か。
自分でも吃驚だ。なんで今まであんまり痛くない気がしてたんだろ。お医者様から痛み止めの注射とかされてたのかな。
ズキズキと痛む頭を抱え、明日もまたこんな特訓をしなくてはいけないのかと思うと気が滅入った。
「なんでこんなことになっちゃったんだろう……」
その呟きが夜の帳に溶けていくと共に、意識も心地のいい眠りへと誘われ溶けていく。
かすんでいく意識の中で、私はなんとか唇を動かした。
「あー……不戦敗で良かったのに。失敗したぁ」




