15.美人さんに褒められて
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オリーを人造似非美人に仕立ててくれた化粧上手な美人さんは、この酒場の女主人だった。
「みんなは私のことをマダムと呼ぶわ」
艶のある栗毛を美しく巻き上げ髪に結い上げられ、けぶるような濃い睫毛に縁どられた深みのある翡翠色をした瞳は自信に満ちており、心が惹きつけられた。
そしてなにより、胸からウエストの曲線が、凄いのひと言だ。ウエストは男性の手ならば両手でぐるりと掴めてしまうんじゃないかと思うほど細いのに、バストの丸みを帯びたラインは大迫力で、胸元から溢れ出そうになっている白い肌はまるで真珠を粉にして刷いたような滑らかさだ。
若いとはいえない年齢だとは思うが、それを越えて、そこにいるだけで華やかな女性だった。
確かに、この美しい人ならば気位の高い貴族女性たちを統率することができるだろう。
ならこの人に確認すればいいのだ。上手くいけば、このくだらない勝負とやらに時間を取られることなく、適正な支払いをもってこの場を収めることができる筈だ。
このお店が貴族女性が接客することをウリにしているのならば、私の様な平民もどきが混ざるのを客も他の従業員だって善しとする訳がないのだから。
私は先ほど化粧を施して貰った部屋に戻され、彼女とふたりきりになったところでおもむろに問い掛けた。
「このお店の女性は皆、お貴族様なんじゃないんですか? 私、平民ですけど」
元貴族であるとは伏せておくことにする。
おじいさんから何か聞かされている可能性もあるけれど、知らないでいてくれる方に掛けた。
「あら」
意外そうな顔をしたマダムの反応に、私は不戦負けとなることを予感し、拳を握った。気分的には勝利といってもいい。
接客なんかさせていいんですか、と追い打ちをかけようとした私に、マダムが嫣然と笑いかけた。
「あなた、ちょっと見ただけで彼女たちが貴族かどうかがわかったというのね?」
しまった。焦って口元を押さえても既に口から出て行ってしまった言葉は取り消せない。指摘するにしてももっと婉曲に確認すればよかったのに。匂わせてしまうなど。迂闊すぎた。
「じゃあ、彼女たちがしていたようなカッツィを」
さぁやってみせてと手で示されて、私は十何年振りかの貴族としての礼を取らされたのだった。
仕草を頭の中で思い出しながら、そうっと左足を斜め後ろに引いて、右足の膝を折り曲げて腰を下げればいい筈だ。
左足を引いて、右手でドレスの裾を軽く抓み、左手は胸元へ。視線はそのまま相手から離さず顔を下げないように、右膝を曲げて腰を下ろす。うん、フラフラする。
重心の位置というよりも、もうずっと踵の低い革底のサンダルばかり履いていたので、いま借りているような踵の高い靴はひさしぶりに履いたんだもん。
よろけずに歩く事まではできても、カッツィのように片足でバランスを取ることまでは難しい。
ふらふらとブレる重心に顔が火照る。
こんなの、初めてマナーを教えられる幼児のような有様だ。
それでも、マダムの指導を頼りに練習を重ねて行けば、昔教わった通りの動きを、段々と身体が思い出していく。
頭の位置、膝を曲げる角度、腰を落とす度合。
「さぁ、私のことだけを見て。頭のてっぺんから糸で吊り上げられているように。そう。そうして膝と足首をやわらかく動かして身体を沈めるの。あぁそこまで深く腰を下ろす必要はないわ。えぇ、そうよ。上手だわ」
目の前の美しい女性から褒められれば自然嬉しくなってしまうのは何故なのだろう。
亡き母にも、良く叱られた。今は総菜屋のおかみさんに叱られるくらいだ。
それも仕事に慣れた今はほとんどない。
私は勝負そっちのけで、マダムから作法を教わるのが楽しくなっていた。




