11.納得しないできない
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「ふふん。気に入ったみたいね。こんな即席じゃあなくって、もっとちゃあんと時間を掛けて丁寧に作り上げていけば、もおっと美しくなれるわよぅ?」
肩越しに話し掛けられて、吃驚して振り向いた。
「本当ですか?! こんなに綺麗にして貰ったのに」
これだって十分すぎるのに、もっと綺麗になれる可能性があるなんて。
つい食い気味に問い掛けてしまった。恥ずかしい。
勿論この鏡の中の美女より美しい人なんか幾らでもいるだろう。けれど、元が私だなんて信じられない。元の私を知る人の、誰も信じないんじゃないかな。
それくらい、まるで別人だ。
「あはは。あんたも言うわね。自分に向かってこんなに綺麗とか」
どこか猫を感じさせる笑みを浮かべて美人なおばさ……おねえさまから揶揄われた。
でも、揶揄われても大丈夫。ちゃんとわかっているから。
「だって、私ですけど、私じゃないですし」
くるくると、鏡に映す顔の角度を変えて遊んでみるけれど、どの角度からも元の私なんかまったく分からないほどの仕上がりっぷりだった。まるで別人。
けれど、この見目を作り出す為の労力を思い出してため息が出た。
日常的にできる技ではない。到底、私一人でできる訳もない。
二重に着けたコルセットなんか息はできるけれど、こんなの着けてたら仕事にならない。
技術も化粧品もすべてが私には手が届かない。非日常。この時だけの紛い物でしかない。
私の「私じゃない」発言に、おじいさんと美人さんが残念そうに顔を振った。
化粧を落したらあっという間に元の不細工に戻ってしまうような小細工を、自分の真の姿なんて信じるほどおめでたい頭はしていない。
「こんな小手先で私を納得させられたと思ったんですか? それに、正直なところぶっさいくな私を小細工だけで一般的には美人っていえるところまで持っていけるのは、凄いテクニックだと思いますよ。でも別に、絶世の美女という訳でもないですよね、これ」
私は鏡の中の自分を指さし、貶してみた。駄目押しとばかりに、おじいさんを振り仰いで、わざとらしく大きく息を吐いてみせる。
馬鹿らしい。こんなの、化粧落としたら元の不細工が出てくるだけじゃない。
完全に馬鹿にし切った私の言葉に、美人さんは何かを諦めた様子で首を振る。
「ふふ。オリーは頑固なお馬鹿さんね」
良かった。どうやら小手先で私を騙すことを諦めてくれたようだ。
これで私は、自らの意志ではなく背負ってしまった借金を帳消しにすることができたらしい。
確かに、あのまま放置されたら死んでたかもしれないし、お腹だって空いていたけれど身丈に合わない高価な食材を勝手に振舞うとか治療の為に貴族の屋敷へ運び込むとかやり過ぎなのよ。
もちろん、すべてを知らんぷりするつもりはない。
一般的な治療費と感謝の菓子折り位はつけて支払って終わりにして貰おう。それだって分割になるかもしれないけれど。
「では。私が着ていた服を返して頂けますか? それに着替えたら帰らせて……え?」
ぐいっ、と後ろから腰を取られて引き寄せられた。
「いいや、まだ駄目だな。オリーちゃん、お前が納得できないように、僕もまた、自分の負けを納得してない。つまり、まだ勝敗はついてない。そうだろう?」
耳元で囁かれた声に、身体が震えた。なに。
「え、あの。おじいさん?!」
いつの間に戻ってきたのか。
美人さんに私を引き渡して、その後は姿をくらましていたおじいさんの腕が、私の腰と腕を取り、強引に廊下へ連れ出していく。
その腕にいやらしさはまったく感じなかったけれど、歳のわりに力が強くて抗うこともできない。
指一本引き剥がす事すらできずに、私は強引に移動させられていった。




