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毎日三枚小説『三度の飯より君が好き』

作者: 都梅数多

 毎日三食食べるとして、365日で1095食べる事になる。つまり僕は1095回ぐらいの地獄を見てきた事になる訳だ。

 彼女の待つ家に帰る途中僕はそんな馬鹿な計算をしていた。

 彼女とは付き合ってから1年半が経つ。一年前に一緒に暮らすことになって彼女は毎日ご飯を作ってくれる。気も利くし、話も面白くて顔を可愛いと僕は思っている。

 でもただ彼女は恐ろしく料理が下手なのだ。僕はたくさん飯を食う人間だったけど、今じゃご飯(それがご飯と言えるか謎だが)一杯でお腹いっぱいだ。

 見た目だけでもう食欲が失せる。匂いを嗅ぐと顔を背けたくなる。一口食べると吐きそうになる。一体どんな味覚をしてるのか全くわからない。そのくせ外で食べようと言っても聞かないし、僕が作ろうか?と願い出ても「私のご飯が食べたくなかった?」と泣きついてくる。

 僕はため息を付いて駅を降りる。今日は僕の誕生日。一緒に暮らし始めた最初の日。あの頃はすこしづつ美味くなればいいと思っていたけど、一年間で何の進歩もしないとは、もう希望が持てなかった。駅前を歩くとラーメン屋から漂ってくる豚骨の匂いがする。誕生日ぐらい美味しい物が食べたい。

 きっと彼女は怒るだろう。自分でもそれぐらい判ってる。でも豚骨の匂いは強烈で僕の足はラーメン屋に向かった。頑固親父がやってる地域で五本の指には入る有名店だ。

 僕はチャーシュー麺の特盛り(いつも僕が食べていたものだ)を頼み、わくわくしながらラーメンを待った。麺は博多風の細麺バリ肩で豚骨特有の臭みがある。1センチ位に切った豚バラのチャーシューが麺の上にのり海苔とメンマと半熟卵が隙間に浮かんでいる。

 涎が口の中に溢れ、僕は麺を啜り、チャーシューを囓った。

 首を捻る。なんて脂っこさだ。味も濃くてしょっぱい気がした。一年の間にここまで変ってしまうモノだろうかと憂鬱な気分になった。さすがに残す訳にもいかず、お腹いっぱいになってしまった。

 家に帰るときっと夕飯が待っている。今日は食後にケーキまで付いているかも知れない……。胃がキリキリしている。

 苦しくて仕方が無い。重たい腹を抱えて僕は家に帰った。

 家に帰るとやっぱり夕ご飯が出来ていた。誕生日だからか変なソースのかかったハンバーグとコンソメっぽいスープ。もちろんケーキまでもあった。

「今日は誕生日だから結構腕をふるって作ったんだよ」

 無垢な笑みでそう言う彼女は悪気がないぶん残酷だ。

「いやー。僕ちょっと風邪ぎみなんだよね」

 そう食べ残すための前振りを欠かせない。いや、なんか食べたくないのバレバレかもしれない。ああ、今日もこのご飯を食べるのか……1095食目の食事。まるで何かの飽食番組の終盤のように感じる。

 一口も食べたくなかった。腕も動かないし、肉汁も見たくなかった。

 でも僕はテーブルの前に座らせて200グラム以上あるハンバーグを目の前にする。彼女が折角作ってくれたんだ。どんんだけ不味くても美味しいと言おう。

 意を決して僕はそのハンバーグにフォークを刺した。目をつぶって一気に口を入れる。


 舌が味を知った瞬間、僕は何が起きたのか判らなかった。

口をつけたハンバーグはこの上なく美味しくて肉が溶けているのか舌が溶けているのかわからなかった。ついに、舌が狂ってしまったのだろうか?

「どう? おいしい?」

「ああ、凄く美味しいよ」

「でもご飯は一杯だけだよ」

「どうして? 美味いからおかわりしようと思ってたんだけど?」

「だってまた太っちゃうし健康にも良くないでしょ?」

 不味い食事をとるようになってから僕は確かに痩せたし、ご飯を食べる量も少なくなった。そういえばラーメンの味も今日は酷く濃く感じた。

 まさか……。見上げると彼女がにんまりと笑っていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] すっきりした文体で読みやすい [一言] はじめまして。 結婚して家で食事をするようになり、たまに外食したら味が濃く思えてならなかった。 同じような経験、あります(笑) 結婚あるあるで…
[一言] なかなかできるもんじゃないですね。 この奥さんはすばらしいです。 奥の深いお話、ありがとうございましたm(_ _)m
2009/12/01 01:03 退会済み
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