表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

千年の魔女

世界の三分の一を破壊した魔王の息子だった件

作者: 如月いさみ

軽いファンタジーの短編です。

軽い気持ちで読んでいただけると助かります。

且つて世界には二人の王と四人の守り人しかいなかった。

王は神族の神王と魔族の魔王。

四人は世界の中心にある世界結界石を守る四兄妹。

無垢の平和な時代が続いていた。

が、しかし。

魔王が四兄妹の末妹を攫い無垢の時代は終わりを告げた。


結界石の力が放出され始めると世界には人やエルフ、ドワーフが誕生した。

やがて、世界を手に入れるため魔王は怪物や魔物を産み出し放出し、世界に混乱と悲劇をまき散らした。


それを食い止めるために神王と人々、エルフやドワーフが魔王を倒すべく立ち上がり、世界で初めての戦争が勃発した。


その中で四人の特別な力を持つ英雄が現れ彼らの内の二人の命と世界の三分の一を引き換えに魔王を倒したのである。

それを…原始一〇〇年戦争…とのちの人々は名付けた。


ただ、その荒廃した土地から何時頃からか魔物や怪物が放出されるようになり魔王は復活したのではないかという噂が流れた。


多くの国や町は魔法陣を張って魔物や怪物が侵入しないようにしているが一歩外へ出ると危険が待ち構えている状態であった。

その為、復活したと言われる魔王を倒す勇者を目指す若者が増え、国の騎士となり力をつけようとする志願者は後を絶たなかった。


ただ勇者になるには…必ず千年の魔女と契約をして特別な力を手に入れなければならないと言われていた。


アーサーは島の学校の一角で大きく息を吐きだすと

「よし!」

と両手をぐっと握りしめて

「俺は魔王を倒す勇者になる!!」

と叫んだ。


学校の授業で歴史を学んだばかりで世界を混乱させる魔王の打倒に島の子供達の機運は高まっていたのである。


周囲にいた彼の友人も片手を空に向けて上げると

「俺も!」

「一旗揚げる!」

「勇者になって島を守る!」

と叫んだ。


もちろん、未だ一〇歳の彼らが国の騎士になるのは土台無理で昨今は木の棒を使って剣術の練習に励むばかりであった。


神王の守りが固いエデン群島の西の端にある名もない小さな島。

アーサーはそこで生まれ父親であるアシュレイと二人で暮らしていた。


ただ、島には三つの村があり、今いる親友のラッシもトニーもニールもそれぞれ村に所属して暮らしているが、アーサーの父親であるアシュレイは村には所属せずに島の入り江の近くに一軒家を作り生活していたのである。

普通ならば変わり者と言われるような暮らし方であった。


しかし、アシュレイは以前に村に魔物が襲来した時に片っ端から倒し、村の人々から島の守護神として頼られていたので変わり者呼ばわりされることはなかった。

その強さに憧れる子供たちも少なくはなかったのである。


アーサーは学校が終わって友達と剣の練習をすると陽が西に傾き空が朱になるのを見ると一人森を抜けて家へと戻った。


「ただいまー!お父さん!!」


紫紺の髪をした美丈夫な青年の姿をした男性が小さな畑と木々に囲まれたひっそりとした一軒の家から姿を見せ

「戻ったな、アーサー」

と笑顔を見せた。


島の守護神であるアシュレイ。

彼の父親である。


島のそれぞれの村の女性から言わせてもかなりの美形で人気が高かった。

俗にいうモテモテと言う事だ。

しかもアーサーから見ても殆ど年を取った感じがない。


もっとも、アーサーが生まれてから一〇年なのでそういうものだと言えばそうなのだろう。

アーサーはアシュレイの後ろについて姿を見せたもう一人の男性に目を見開いた。


「ユーリさん!」

今日来てたの!?


ユーリと呼ばれた男性は静かに笑みを浮かべると駆け寄ってジャンプして抱きつくアーサーを抱き留めると

「ああ、今日はアシュレイ様に報告があってね」

アーサー君に会えて嬉しいよ

と笑みを浮かべ

「学校が終わってから友達と遊んでいたのかい?」

と問いかけた。


アーサーは頷くと

「俺、千年の魔女にあって勇者になるんだ!」

世界を混乱させるにっくき魔王を倒すって決めたんだ!

おー!と腕を上げた。


…。

…。


ユーリは目を見開きチラリとアシュレイを一瞥した後に

「そう…か」

魔王を、ね

と呟き、曖昧に笑ってアーサーを降ろすと頭を撫でた。


アシュレイはふっと笑って

「魔王を倒すか、豪儀だな」

流石、俺の息子だ

とユーリを見ると

「リーアには明後日の夜にマロンの港の酒場で会うと言っておいてくれ」

と言い

「お前達はまだ動くな」

それから…気を付けてな

と優しく前髪を撫でた。


ユーリはふぅと息を吐きだすと

「わかりました」

と答え、連れてきていた翼竜に乗ると空へと舞い上がった。


アーサーは大きく手を振ると

「またね―――!ユーリさん!!」

と叫んだ。


家の横に翼竜がいたのでユーリが来ていることはアーサーにはすぐにわかった。

そう、彼は時々父親のアシュレイを訪ねてくるのだ。


長身で凛としたハンサムな人物でアーサーは密かにどこかの国のVIPだと思っていたのである。


父の尋常でない強さ。

もしかしたら自分もいつかそういう力が発揮できて勇者に慣れるかもしれない…と密かにアーサーは思っていたのである。


アシュレイはユーリを見送るアーサーの頭を撫でると

「そろそろ夕食にするか」

と優しく笑みを浮かべて家の中へと誘った。


空は朱から深い藍を溶かし込んだ夜の闇の色へと変わり始めていた。

その中を翼竜で飛来しながら、ユーリは一人大いに頭を悩ませていた。


「父上…」

ヘロヘロヘロと思わず額を竜の背に付けた。


彼の向かう先は原始一〇〇年戦争で荒廃した北の大地。

そして、そこの果てにある地上魔王宮であった。

南の大地には反対にエデンと呼ばれる大陸がありそこに下天神王宮がある。


それぞれ魔王宮には地界へ通じる道があり、神王宮には天界へ通じる道があるのである。


ユーリは魔王の息子で長兄であった。

しかも…彼の父親はアシュレイその人で、アーサーは紛れもなく彼の弟でありアシュレイの…つまり、魔王の息子だったのである。


ユーリは地界へ戻ると魔王宮で待っていた二人の弟を前にガックシと崩れ落ちた。

「我が愛おしい末弟のアーサーは…魔王を倒すべく勇者になりたいらしい」


衝撃の告白を聞いた次兄のアレンと三男のドロスはドン引きすると

「まじか!!」

「弟よ――――!」

と叫んだ。


まさかである。

よもやである。


ユーリはさめざめと泣くと

「…母上が命を賭して残してくださった愛しい弟が…父上を倒すべく勇者になろうと志すとは」

涙があふれて止まらない

と呟いた。


アレンもまた

「兄上、俺も同感です」

それを聞いた御父上のお心を察すると更に涙が

と抱きついて涙にくれた。


ドロスも天を仰ぐと

「何たる誤解、何たる不憫」

弟よ…せめて地界へ来たいと言ってくれればいつでも喜んで迎えにいくのに

と涙を袖で拭った。


周囲に控える魔族たちもしくしくと涙に暮れていたのである。


そんな地界のことなど露知らずアシュレイは野菜スープとパンとチーズをテーブルに置くと

「それで剣の練習をしていたのか」

と笑みを浮かべていた。


アーサーは大きく頷くと

「うん、うん」

お父さん強いだろ?

「俺もきっと強くなると思うんだ」

と答えた。


アシュレイは少し考えると

「アーサーはミーアの血が濃いから…魔職向きだな」

と思い

「剣士だけが戦士じゃないから魔法の方も勉強した方がいいかもしれないと思うが」

と助言した。


アーサーはむっと顔をしかめると

「杖より剣が俺は好きだ」

お父さんの戦っていた姿かっこよかったし

とパァと笑った。


アシュレイはふっと「流石ミーアとの子だ。我が子はみんな可愛い」と親ばかなことを心で思いつつ

「そうか、頑張れ」

と頭を撫でた。


深々と夜の闇は世界を覆い、翌日の午後にアシュレイとアーサーは島とマロン王国を結ぶ定期便の船に乗ってマロンの港を目指した。


海上にも怪物がおり、船には必ず傭兵か兵士が乗り込んでいた。


島を出て暫くして流れてくる声にアシュレイは小さく息を吐きだした。

「ローレライか」

歌声で人を呼び寄せ船を転覆させる怪物である。

幻影の姿は女性であるが実体は巨大魚である。


アシュレイは横で座っていたアーサーを見ると

「アーサー、少し目を閉じてなさい」

と告げた。


こういう時の父には逆らわない方が良いとアーサーは知っていたので目を閉じると

「お父さん、船の上だからあんまり無理するなよ」

と呟いた。


アシュレイはにこやかに笑むと

「もちろん」

とアーサーの前髪を上げて

「ミーア、アーサーを守ってくれ」

と額にキスを落とした。


自分とアーサーだけなら簡単に回避できる。

だが、それではダメなのだ。


「一応、人の中で暮らしているからな」

それに

「ちょうど全員寝ているからやりやすいと言えばやりやすいか」


アシュレイは全員が眠っている状態で船が勝手に方向を変えるのを感じながら船の先端へと足を向けた。


美しい女性が歌を奏でる。

人々にはそう見えるのだ。

が、アシュレイはふっと笑うと

「残念ながら、魔王の俺には口を開けたお前の本体が見えるな」

と呟き

「狙った獲物が悪かったと思え」

と手を前に出すと

「いでよ、我が片翼…全てを切り裂く剣となれ」

と黒く妖気を纏った長剣を手にした。


波はうねり、船は波の間を巨大魚の口へと向かっていた。


アシュレイは前を見つめ

「ローレライ…一言だけ警告してやる」

三秒だけ待ってやる

「その間に去れ」

と剣をポンポンポンと手の上で弾かせた。


だが、波は止まず船は魚の口の近くへと迫った。

つまり、去るつもりはないという事である。


アシュレイはにやりと笑うと

「愚かな」

と呟くと剣をゆっくり振り上げ

「滅せよ!ローレライ!!」

と言うと同時に闇の電光を走らせて叩き下ろした。


海すらも裂けるような衝撃が走り、巨大魚は消滅した。

後にはローレライの妖気が僅かに残ったものの直ぐに大気に消え去ったのである。


僅か一瞬の出来事であった。

波は収まり船もその場に止まるとゆらゆらと穏やかな波に揺れるのみとなった。


アシュレイはすっと空を見上げると上空に僅かに見えた影に目を細めた。

「…見学していただけか」

そう呟き、踵を返すと起き始めた人々の間を縫ってアーサーの元へと戻った。


アーサーは目を閉じたままちょこんと座って父親の帰りを待っていたのである。


アシュレイはフワリと笑うと

「アーサー、もう大丈夫だ」

と頭を撫でた。


アーサーは目を開けると

「お父さん、やっつけたんだな。すっげぇ」

と腕に抱きつき、再びマロン王国の港へと向かい始めた船の窓を見た。


遥かその上空を白馬で駆ける人物がにやにやと笑いながら

「いやはや、子供を連れている子煩悩な魔王にケンカを売るとは命知らずだなぁ」

というか

「そう言う考えがないか、どこぞの愚かな奴が誕生させている怪物には」

と呟き、船と同じマロン王国に向かって姿を消した。


アーサーとアシュレイを乗せた船は無事にマロンの港に到着し、二人は降り立つと迎えるように姿を見せた人物に目を向けた。


先程、白馬で上空を通り抜けた人物であった。

長い金色の髪に透き通った肌。

黙っていれば高名な彫刻家が作る神のような姿であった。


彼、ルシフェは二人を前にすると

「久しいな、アシュレイ」

相変わらずの子煩悩ぶりだったな

「ローレライも愚かだな、アーサー君を連れたお前にケンカを売るとはな」

とニヤニヤと笑った。


アシュレイはふっと笑うと

「ルシフェ、一つ言っておくが俺が子煩悩だというわけではない」

と言い

「子供が可愛すぎる」

ただそれだけだ

と胸を張って答えた。


…。

…。


それを子煩悩と言うのだろう、とルシフェは思ったものの敢えてスルーすると

「リーアに会いに来たんだろう?」

俺も今回は加わるので宜しく頼む

と告げた。


その意味。

アシュレイは頷くと

「わかった」

と答え、横でじっと見上げているアーサーに目を向けると

「先に宿屋へ行くか」

と笑みを見せた。


アーサーは頷き

「あの、俺」

マロン王国のお城見に行きたいけど

「時間あるかな?」

と聞いた。


「勇者になるには騎士になった方が良いってみんな言うんだ」

だから

「どんなのか見ておきたい」


アシュレイは頭を撫でながら

「話が終わってから連れて行ってやる」

と告げた。


ルシフェは少し考えると

「勇者って…こっちで流行っているあれか」

と呟いた。

アシュレイはそれに

「ああ、あれだな」

と短く応えた。


ルシフェはアーサーを見ると

「アーサー君は勇者になりたいのかぁ」

と問いかけた。

アーサーは大きく頷くと

「うん、世界を混乱させるにっくき魔王を倒して平和にするんだ!」

と腕を上げた。


ルシフェはアシュレイを一瞥したものの直ぐにアーサーに向くと

「だったら、君が大きくなったら私の知り合いの王に騎士になるように紹介してあげよう」

エスター王国か

「まあ、インガスかセダなら口利きできるよ」

と告げた。


アーサーは目を見開くと

「インガスとかセダって英雄王のいる国だよね!」

すごーい!!

「エスターは、良く知らないけど」

と身を乗り出すように驚いた。


インガスとセダは歴史にも出てくる国である。

生き残った英雄の二人がそれぞれ建国した国である。

その英雄王と知り合いとは。


目をキラキラさせて見つめるアーサーにルシフェはニヤニヤ笑うと

「まあ、それまでは勉強頑張った方がいいね」

と告げ

「アーサー君はミーアちゃんに似ているな」

確かに可愛い

とフムフムと頷いた。


アシュレイはそれを察するとアーサーに向いて

「宿屋へ行くぞ」

城の見学は連れて行ってやる

と言い、歩き出した。


ルシフェは笑みを深め

「じゃあ、アシュレイ」

後でな

と言い、酒場に向かって足を踏み出した。


アーサーは肩越しにルシフェを振り返り、ちらりと父親であるアシュレイの顔を見上げた。


父は村から離れて一人で生活している。

アーサーが知っている知人はユーリという男性と時々こうしてマロンの港町で会うリーアという女性である。


ユーリは何処かの国のVIPだと思っているのだが、真実は知らない。

リーアはアーサーの母親の姉で踊り子をしながら旅をしていると聞いている。


ずっと側にいる父親のこともまして母親のことなど何一つ知らないのだ。


アーサーは不意に足を止めると足を止めて見つめ返したアシュレイに

「お父さん、俺…お母さんにあった事ない」

お母さんはどこにいるのかなぁ

と呟いた。


母親の名前はミーアという。

知っているのはそれだけだ。


抱かれた記憶も何一つない。


アシュレイは一瞬目を見開いたものの直ぐに視線を伏せるとアーサーの前に屈んで

「ミーアはいつもアーサーの側にいてお前を守ってくれている」

今は会えないが何時か会える時がくる

「俺はそう信じている」

と優しく微笑んだ。


アーサーは少し考えて

「お母さん生きてるの?」

と聞いた。


アシュレイは抱き締めると

「生きている」

ミーアは生きている

「お前と共にある」

と頭を優しく撫でた。


父親は優しい。

本当に優しく自分を愛していることが分かる。

そして、母親のことも凄く愛しているのが分かる。


アーサーは頷くと

「うん、俺も信じる」

と言い

「お母さんにあったら、俺…強くなってお父さんみたいに人を守る勇者になるって言う」

喜んでくれるよな

と告げた。


アシュレイは少し苦く笑いながら

「そうだなぁ、アーサーが幸せならそれだけでお母さんは喜んでくれると思うぞ」

と答えた。


アーサーはへへっと笑い

「早くお母さんに会いたいな」

と言い、アシュレイが宿に入るのに続いて宿へと足を踏み入れた。


その夜。

アシュレイはアーサーを連れて町中にあるカオスという酒場へと姿を見せた。


そこには金色の髪の明るく綺麗な踊り子の女性と港であったルシフェが待っていた。

女性はリーアでアーサーを見るとギュウギュウと抱きしめて

「アーサーちゃん、元気そうでよかった」

何時もアーサーちゃんに会うが楽しみで仕方ないよ~

とキスを落としまくった。


いつものことである。


アーサーはあわわともがきながら

「リーアお姉さん、俺あと勇者になるんだ」

お父さんみたく強くなって勇者になって魔王を倒すんだ

とにぱっと笑った。


リーアは目を見開きチラリとアシュレイを見た。

「…そう、か」

魔王を倒すんだ

と言い

「でもね、魔王がどんな存在か知ってる?」

と聞いた。


アーサーは頷き

「世界に怪物とか魔物とかまき散らす悪い奴だろ」

知ってるよ

と答えた。


リーアは息を吐きだすと

「どうだろうね、魔王とちゃんと向き合ってみないとわからないよ?」

アーサーちゃんはこれから色々学んで知って向き合って

「それから勇者になるといいかもね」

と額にキスをした。


アーサーは口を尖らせつつ

「勉強しているよ」

と言い

「けど、分った」

俺頑張って勉強する

「騎士になるには一四歳にならないとだめだからな」

と胸を張った。


リーアは頷きながら

「本当にルシフェのとこのあやつらよりアシュレイの子供の方が素直」

とアーサーを椅子に座らせた。


ルシフェはフフッと笑いながら

「何を言う」

私の息子たちは出来が良いぞ

「私の分身なのだからな」

と胸を張った。


リーアはケッと

「それが問題なのよね~」

とぼやいた。


アシュレイはアーサーを見ると

「食事が終わったら話をするから宿屋で休んでおきなさい」

と告げた。


アーサーは「はーい」と答えると食事を終えて、酒場を後にした。

その彼の後ろを二つの影が守るように付き従っていたのである。


アシュレイはアーサーが酒場を出るのを見送るとリーアとルシフェの方に向き直り

「それで、神王が出張るほどのことがあったのか?」

と聞いた。


ルシフェは表情を改めると

「先のアーサー君の話…どこが出所か今神族で探っているんだがコルダとカルカスを行き交っている船の乗組員かららしい」

しかも

「乗組員は全員その後に姿を消してしまっている」

と告げた。


「勇者になるには…千年の魔女との契約が必要…お前なら分かるだろ?」

アシュレイ


アシュレイは視線を伏せると

「ミーアの行方か」

と呟いた。


リーアは息を吐き出し

「魔王は敵というのも原始戦争と変わらない構造ね」

あの二人が生きていると思っていいわ

と告げた。


ルシフェは腕を組み

「それもあって、アーサー君にはエスターかインガスかセダを進めたんだが」

私としてはエスターが一番良いと思っている

「四兄妹のジークとトールが管理する国だからな」

それに背後は魔族の支配下である北の大陸だ

と告げた。


アシュレイは二人を交互に見ると

「それは俺とアーサーにエスターに行けと言っているのか?」

と問いかけた。


リーアはあっさりと

「行ってくれると助かるわ」

ジーク兄さんもトールもアーサーちゃんは可愛い甥っ子だもの守るわ

と告げた。


ルシフェは「それに」と言うと

「ここのところこちら側に魔物の数が増え過ぎている」

エデン群島にしてもその周辺にしても

「神族で守る続けるには難しくなっているのが事実だ」

と告げた。


「不穏と言えば不穏だ」

二人の行方も掴めていない


アシュレイは二人を見ると

「わかった」

アーサーを守るためだ

「それにミーアを未だに狙っているのなら…あの二人を今度は逃すつもりはない」

と告げた。


リーアは安堵の息を吐きだすと

「二人とも安心するわ」

と微笑み

「明日にはセダとインガス、そしてエスターに向かうわ」

アーサーちゃんと貴方がエスターに行くことを報告しないといけないから

と告げた。


ルシフェもまた

「我々の方も噂の出所を探しながらあの二人の行方を調べる」

魔族の方は

「情報が分かるまでエスターの守りを頼む」

と告げた。


アシュレイは頷き

「わかった」

と答え、立ち上がった。


アーサーはベッドの上でウトウトしながら窓の外の月を見つめていた。

昨日の続きが今日で。

今日の続きが明日で。

何も変わらない明日が来ると思っていたのである。


運命の転換期が迫っているとはこの時は全く予測すらしていなかったのである。


この日、空は青く晴れ渡り風も心地よく吹いていた。

アーサーは父親であるアシュレイと共にマロン王国の王城を見て帰宅の途についた。


船は行きと違って魔物に会う事もなく二人が暮らしていた島へと到着し、次の島に向かって出港した。


その直後であった。

空から幾つもの黒い影が集まり島を取り囲んだ。


アーサーは見上げる青空と共に浮かぶ無数の怪鳥の姿に息を飲んだ。

「お父さん…」


アシュレイは目を細めると

「やはり…動き出したか」

と言うとアーサーを担いで学校へと駆け出した。


バラバラに人がいたのでは全員を守ることはできない。

その時のために村人には異常があれば学校へ集結するように頼んでいたのである。


三つの村の人々は全員が学校に集まっており、駆けつけたアーサーとアシュレイを見ると

「アシュレイ殿…守ってくだされ」

「頼む」

と口々に告げた。


若者は桑などを手に戦う気満々でアシュレイを見ていた。

ラッシやトニー、ニールも木の剣を手にアーサーの元へと駆け寄った。


ラッシはアーサーの前に立つと

「アーサー、無事だったんだな」

俺達も戦うぜ

と告げた。


アーサーも木の剣を手に

「俺も戦う」

と告げた。

が、それにアシュレイは息を吐きだすと

「無駄死にするだけだ」

と言い、集まる若者を見ると

「お前たちはとにかくここに集う村人たちを守ることだけに集中しろ」

後は俺がやる

と一歩村人の下から離れた。


無数の怪鳥が舞い、村を襲っているのが見えた。

学校へも襲ってくる様子である。


アーサーは慌てて足を踏み出し

「お父さん!俺も…」

と言いかけて、肩越しに振り向いた父親の表情に動きを止めた。


アシュレイは微笑むと

「大丈夫だ」

お前を守るためなら

「この空を焼き尽くしても俺は平気だからな」

と言い、怪鳥を睨むと

「姑息な手を使うのは数百年経っても変わらないな」

と手を前に出すと左にだけ大きな黒い羽根を広げた。


その姿は伝説の中にある魔王の姿であった。

黒き大きな片方だけの一二枚羽。


アシュレイはにやりと笑い

「これだけの数だ」

手加減はしない

と言い

「いでよ、我が片翼…全てを焼き尽くす剣となれ」

と手の中に現れた巨大な剣を握った。


アーサーは目を見開き

「お父さん、が、まさか」

ま、おう?

とその場に座り込んだ。


まさかである。


人々も悲鳴を上げたり震えたり、動揺の声が広がっていた。

チラリとアーサーが親友のラッシを見るとラッシもトニーもニールもまた腰を抜かして座っていたのである。


アシュレイは空へ舞い上がると剣を大きく薙ぎ払い

「滅せよ!」

我が剣の炎の餌食となれ!!

と島を覆うように飛んでいた怪鳥の半分を一振りで焼き払い、逃げるように舞い上がる残りの怪鳥も次の一振りで消滅させた。


そして、何もない空間に向かって一振り振り下ろした。


途端にそこに一つの人型をした薄い揺らぎが現れ

「魔王アシュレイ…必ずミーアを手にしてみせる」

お前が手にするべき存在ではなかったのだ

「この世界そのものなのだからな」

ミーアを手にする者こそがこの世界の支配者になる

「お前ではない」

と言うと気配事消え去った。


アシュレイは息を吐きだすと

「ミーアは、千年の魔女である前に、この世界の根幹である前に、ただの女だ」

世界を慈しみ

子供を慈しみ

「俺に光を教えてくれた…ただ一人の存在だ」

お前に渡すわけにはいかない

と呟き、眼下で見上げてくるアーサーを見下ろした。


魔王であることを知られたのだ。

何れ知られることだと分かっていたが…。

「エスターに行った後の方が良かったが」

とアシュレイは地に降り立ちアーサーの前に進んだ。


アーサーは口をへの字にしてアシュレイを見ると

「魔王、だった」

お父さん魔王だったのか?

と聞いた。


アシュレイは「ああ」と短く応えた。


アーサーは抱きつくと

「お父さんなんか嫌いだ!!」

魔王は嫌いだ!!

と叫んだ。


アシュレイは強く抱きしめると

「そうか、俺はアーサーが大好きだがな」

と微笑んだ。


アーサーは泣きながら

「ごめんなさい!」

と強く抱きついた。


ラッシもトニーもニールも腰を抜かしたままアシュレイを見つめた。

他の村人も後退って二人を見つめていた。


これが噂の怖さというものである。


報告を受けたルシフェが空から舞い降りアーサーを抱きしめるアシュレイの横に立った。

「…全く、数百年前と人間は何も変わらないなぁ」

噂だけで決めてかかり

「本当のお前を見ようとしないとは」


アシュレイはハハッと笑うと

「今は言うな」

アーサーに嫌いと言われて少し参っている

と呟いた。


ルシフェはちらりとアシュレイを見ると

「流石、子煩悩」

だがアーサー君は分かっているだろ?

「そうやってお前に抱きついて泣いているくらいだからな」

と笑った。


「行け、後は我々神族が納めておくよ」


アシュレイはふっと笑うと

「頼む」

と言い、泣いているアーサーを見ると

「お前の母親の故郷へ行く」

友達に挨拶しなくて良いか?

と聞いた。


アーサーは肩越しにラッシやトニーやニールを見た。


ラッシは引け腰ながら立ち上がると

「お、お…俺、怖くないからな」

アーサーはアーサーだし

「アーサーのお父さんが今も助けて、くれたから」

俺、魔王こ、わくないぜ

と腕を上げた。


アーサーは涙をぬぐうと

「お、れも!」

みんな、バイバイ!!

「ありがとう!!」

俺、勇者になる!

「本当の勇者になって…お父さんみたいにみんなを守れる人になるからな!」

また会おうな!!

と叫んだ。


ラッシもトニーもニールも腕を上げて

「俺もだからな―――!」

「俺も!」

「錦を飾るからな!!」

と叫んだ。


村人は恐々とアシュレイとアーサーを見て顔を背けていた。


アシュレイは羽根を広げるとルシフェに

「島を頼む」

と言いフワリと舞い上がった。


口笛を吹くと黒い翼竜が姿を見せ二人を乗せて高く、そして、北にあるエスターへと消え去ったのである。


青い空を駆けるように渡りアーサーはアシュレイに抱きつきながら涙を何度も拭って

「お父さん、お母さんのことちゃんと教えてくれるよな?」

俺、お父さんが魔王でもちゃんと好きだから

と笑顔を見せた。


アシュレイは目を見開いて直ぐに笑みを浮かべると

「わかった」

お前の母のこと

「そして、お前の他の兄弟のことも」

話をする

と告げた。


アーサーは目を見開くと

「俺に兄弟いたのか?」

全員、お母さんの子なのか?

「なんで教えてくれなかったんだ?」

と叫んだ。


アシュレイはふっと笑うと

「みんな、俺とミーアの子供だ」

お前もみんなも愛おしい

「可愛い子供達だ」

と告げた。


親ばかであった。


アーサーは笑みを浮かべると向かう先を見て

「お父さんが魔物や怪物を産み出してたわけじゃないんだったら」

誰かがお父さんに罪をなすりつけようとしているんだ

「俺は守ってみせる」

お父さんもお母さんも皆も

「本当の勇者になって」

と誓いを立てた。


世界では魔王は悪の象徴である。

だが、本当の魔王は…アーサーにとってただの親ばかな父であった。


これから向かう母親の故郷であるエスター王国。

アーサーは魔王の息子として一歩を踏み出すのであった。

楽しんでいただけたなら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ