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3.存在の大きさ


俺の通う高校は幼稚舎から大学までエスカレーター式だ。中学や高校から外部生として入ってくるやつもいるけど、俺は両親に強く勧められて幼稚舎からここにいる。

知る人ぞ知る名門校なので、周りの人も頭が良く、ついていくのにはそれなりに勉強しなければならない。

昨日も夜遅くまで課題に取り組んでいたら、朝起きるのが遅くなってしまい慌てて家を飛び出し、息を切らしながら教室に滑り込んだ。


何とか間に合ったらしい。授業が始まる3分前だった。

だが、教室が異様な空気に包まれていた。いつもなら騒がしい教室が、今日はかなり静かだ。というより、皆賑やかに話すのを躊躇っているようだった。

周りを見渡していると、優羅が声をかけてきた。


「おはよ、朔斗」

「優羅。今日はやたら変な空気だな」

「……あそこ見て」


優羅が指さした先には、教室の窓際の隅の席で、窓の外を眺める水澄がいた。


「もう平気なのか?」

「そんなわけないでしょ。私も止めたんだけど、学校行くって聞かなかったの。でも学校着くなり自分の席に座って窓の外眺めたまま動かないから」

 

それで皆気を遣って教室が変な空気になっているらしい。

恐らく彼の母が亡くなったことはもう広まっているだろう。太陽のような存在だった水澄がこうして隅に座っているだけで、まるで教室に光が当たらなくなったようにさえ感じる。

それだけ、水澄の影響力は大きかった。


「お願いなんだけど。水澄についていてくれない?」

「……何で俺が」

「昨日は朔斗に反応してたから。男同士だし、きっと気を許しやすいでしょ。それにこのままだと彼、窓から飛び降りかねないし」


ここは4階だ。ここから飛び降りれば下はコンクリートだからまず助からない。

水澄の顔を見る。

中性的な顔立ちがぐにゃりと歪み、姉と重なった。

姉が屈託なく微笑み、そのまま顔を歪めて泣き始める。表情が消え、虚な瞳で窓を開け始め――


「朔斗、何ぼーっとしてんの。大丈夫?」

「……っ、ああいや、平気」

「勉強頑張りすぎ。いつも成績は1番だし、本当にすごいと思うけど、ちゃんと休みなよ」


言われるがまま頷けば、優羅は同じようにして頷いた。

ちらりと水澄の方を見ると、見かねた男子生徒のうちの一人が話しかけている。が、全く反応しない。


「じゃ、そゆことで。校内だけでいいから、よろしくね」

「ああ」


面倒だと心の中で思っているはずなのに、口は勝手に動いていた。

了承したものの、何をすれば良いのか分からない。

つい先日まで、水澄が俺についてきていたのに、俺が今度は水澄にひっつくことになるとは。

気分は乗らないが、仕方ない。


「東雲」


声をかければ、水澄はぴくりと肩を動かし、ゆっくりと振り返った。

瞳は底なし沼のように真っ黒で、母親譲りの茶髪だけがやけに明るく感じた。


「おはよう」

「……おはよう、朔斗」


とりあえず挨拶を交わすも、そこから何を話せば良いのか分からない。俺から話題を振ることはなかったし、こんな水澄は見たことがないから、戸惑う。

水澄はそんな俺を見て、ぽつりと呟く。


「昨日はありがとう」

「ああ」


葬式に出たことか、それとも声をかけたことか。

どちらかは分からなかったが、とりあえず返事しておく。


「朔斗、今日一緒に帰らない?」

「え……」

「お願い」


水澄は少しだけ俺の袖を掴んだ。

突然の誘いに狼狽える。

いつもなら、「嫌だ」「えー?けちだなぁ」なんてやり取りするんだろうが、今日はそうもいかない。

この手を離せば、転がり落ちてしまう。姉のように。

それだけは、嫌だ。


「いい、けど。本当に俺でいいのか?」

「うん。朔斗がいい」

「分かったよ」


頷けば、水澄は俺から目を離し、また窓の外を眺め始めた。その直後に担任の先生が教室に入ってくる。異様な空気に気づくも、事情を知っているのか、そこに触れることはなかった。


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