2.良い人
葬式が終わり、ぞろぞろと人が帰っていく中、歩く俺の隣に一台の車が止まった。
「よ。乗ってけ、送ってってやる」
車の窓から顔を覗かせたのは、姉の元彼氏である笹沼恭介。服装や髪は真面目そうだが、性格はすごくさっぱりして少し大雑把なところがある。俺にもこうして面倒を見てくれる優しい人だ。
俺はぺこりと頭を下げ、助手席に座った。
「どうだった?」
「普通です」
「普通って……まあなんでもいーけど。確か、クラスメイトの母親だっけ?」
「はい」
「若いだろ。こりゃまた、なんで?」
「事故らしいです」
「そうか……」
それきり恭介さんは黙ってしまった。
助手席の窓から、景色が流れていく。一度見えたものが、次の瞬間には見えなくなっていく。
奇妙な間が心地悪くなり、俺は何も考えずに言葉を発した。
「新しい恋人、作ったらどうですか」
ミラー越しに、恭介さんが少しだけ眉を寄せたのが見えた。どう返そうか考えあぐねているみたいだった。
「2年も経つんですよ。……姉が死んでから」
「そんな簡単に替えが効くかよ」
突き放したような口調でもなく、どこか諭すような声色。やっぱり、どこまでも良い人だ。
「お前こそ平気か」
「……」
「双子の姉貴だろ。唯一の家族だぞ。葬式で思い出したんじゃねぇのか」
俺は黙った。
「はい」とも「いいえ」とも答えられない。
死ぬ間際の姉の顔が脳裏に浮かぶ。その顔は、今日葬式で見た水澄の顔とそっくりで。
……ああ、思い出したくない。
頭を振る俺を、ミラー越しに恭介さんは見やり、話題を変えた。
「そのクラスメイトとは仲いいのか?」
「……別に普通ですよ」
「そいつの母親の葬式に呼ばれたくらいだから仲良いだろ。どんな奴なんだ?」
恭介さんの言葉で、俺は教室での水澄を思い返した。
普段の水澄は今日の姿とは程遠い。
底抜けに明るくて、顔立ちも端正で、男女問わず人気者。成績も良くて、先生からも生徒からも気に入られている、そんな人物。
教室で友達に囲まれる彼と、隅で本を読む俺。全く対照的で繋がりなどない。ただ、よく相手から突っかかられることも多かったような……気もする。
でも別に仲良くないし、俺自身、彼のことは好きじゃない。寧ろ苦手なくらいだ。
「クラスのムードメーカーって感じですね。俺とは真逆のタイプ」
「よく話すのか?」
「どうですかね。俺から話すことはほとんどないけど、相手はよく話しかけてきます」
そういえば、俺が資料運びとかしてる時もどこからともなくやってきて手伝おうとしたり、ペアを組む時も俺を誘ってきたりしてたっけ。
お節介で、俺からすれば鬱陶しく感じる時も多かった。
でも、今日の水澄は違う。何をしてもおかしくないような危険な空気を纏っていた。
死ぬ間際の、姉のように。
――朔斗。
後部座席辺りから、姉が俺を呼ぶ声がする。はっとして振り返るも、勿論誰もいない。
これは幻聴だ。
――ねえ朔斗。私はね――
嫌だ、聞きたくない、こないで。
「――着いたぞ」
恭介さんの声ではっと我に帰った。
窓の外を見れば、見慣れた家が目に飛び込んでくる。
両隣の家を圧倒するような大きさと洋風の豪華な装飾が施された家。門なんか俺の背の何倍もある。
こんな家、大嫌いだ。
「何かあったらすぐ連絡しろ。絶対だぞ」
「はい」
「ま、何かなくてもぜってー俺から週1で連絡するけどな。嫌になったら俺んち来いよ。親御さんには許可とってるからな」
念を押す恭介さんの目は真剣だ。
俺の身を心配しているのがひしひしと伝わってくる。
本当に、良い人だ。姉が恭介さんと付き合っていた時、両親からすごく気に入られていた理由がわかる。
「ありがとうございます」
精一杯のお礼を言い車を出て、俺は門を潜った。