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1.災難



すすり泣きに合わせて、ひそひそと話す声が聞こえる。


「あんなに美しくて可愛い人が亡くなるなんて思いもしなかったわ。まだ若かったのにねぇ……」

「本当よね。残されたのはあの子だけ?可哀想に、気の毒だわ」


そんな会話を、俺はどこか他人事のように聞いていた。

肩にのしかかるような重い空気とむせ返るような焼香の匂いは、どこの空間とも一線を引く独特の空気感を醸し出している。


空の棺桶。

遺体の損傷が激しく、修復不可能でとても人に見せられる状態じゃないらしい。

白い花に囲まれた遺影の中の女性――東雲桜子さんは、栗色の髪を(なび)かせながら緩やかに微笑んでいて、誰が見ても美人だと断言するであろう綺麗な顔立ちをしていた。


その遺影の近くには、俺のよく見知った人が立っていた。

東雲桜子の一人息子であり、俺のクラスメイトでもある東雲水澄(みすみ)

ただでさえ色白だった肌が真っ白で、まるでこちらが死人のようだ。母親譲りの綺麗な顔立ちからは生気が全く感じられず、お悔やみの言葉を言う人に対しては全く反応がない。


「へえ、朔斗も来てたんだ」


声に反応して振り返れば、俺とクラスメイトであり、水澄のいとこでもある伏見優羅(ゆうら)がいた。


「まあ、学級委員だし」

「冷たいね、相変わらず」

「……無神経だった、ごめん」

「別に?私はまだ何ともない方。もちろん叔母さんとは仲良かったけど、水澄ほどじゃない」


優羅は、視線を水澄に向けた。

一つも身動きしない水澄を見かね、親戚の一人が彼の肩を抱いて椅子に座らせた。虚な瞳で地面を見つめるその姿は、いつもの様子からは程遠い。


「まるで別人だな」

「そりゃそうもなるでしょ。母親を不慮の事故で亡くしたんだから。今は私の家で面倒見てるけど、ずっとあんな感じ」

「学校は厳しそうか」

「無理ね。何言っても反応しないし、ご飯も食べないの。いつか母親の後追いしないかって、それが心配。……そういえば、朔斗は水澄と仲良かったでしょ?何か声だけでもかけてきてよ。朔斗になら反応するかもしれないし」

「俺が?別に俺は仲良くなんか――」

「それ以外に誰がいるの。さ、早く」


半ば強制的に背中をぐいぐいと押され、俺は仕方なく歩き出した。言葉を選ぶのが苦手な俺にとって、計り知れない悲しみに浸る相手に声をかけるのは気が引けた。


とりあえず水澄の前まで来たものの、何を言ったらいいか分からず優羅の方を見るも、ふいと視線を逸らされてしまった。そっとため息をつき、「東雲」と呼ぶ。


「……さく、と」


水澄が顔を上げた。

どこか虚な瞳に、俺が映っている。目は赤かった。

同情の言葉は、欲しくないだろう。


「ちゃんと食べろ」


俺の言葉に、水澄は一度だけ瞬きをした。

暫く無言だったが、不意に水澄は立ち上がった。そして少し項垂れて、俺の両腕を掴んだ。

長い睫毛を震わせ、顔をくしゃりと歪ませる。


「つらい」


ぽつりと零した言葉は幼い子供のような響きで。

一筋の涙が、頬を滑っていくのを、俺はただ見ているしか出来なかった。


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