恋するマッドサイエンティスト、ユイコちゃん
「ユイコちゃん! やめなよ!」
「うるさいわね。今いい所なのよ」
「だめだよー! 培養脳を人工知能代わりにロボットに組み込んだら生命倫理に反するよ!」
真っ白な実験用シンクでプルプル震えながら叫ぶのは、ミドリムシのミド君。
ブヨブヨの細胞膜の中にツブツブな葉緑体が入っているのが綺麗だし、円らな赤い眼点も可愛らしいけど、口うるさいのが玉に瑕なのよね……。
「ユイコちゃんー!」
「うるさいわね。今はんだ付けしてる所だから黙ってて」
「やめなよー! ユイコちゃんー! 先輩ロボットにエッチな目に合わされても知らないよ!」」
「あーもう! うるさい! 我流院先輩に性欲がある訳ないでしょ! 枯草菌注入するわよ!」
「ひいい! 枯草菌は止めてよ!!」
「じゃあ黙ってて」
「黙らないよ! ユイコちゃん! やめないと生命倫理学会に言いつけるよ!」
「うるさい。ミド君は黙って光合成でもしてなさい」
私がLEDライトのスイッチを入れてやると、
「――光だあああああああ!」
ミド君は光源に鞭毛を向け、ナメクジみたいに体をくゆらせて夢中で進んで行った。
うまくいったわ。
ミドリムシは走光性っていって、丁度いい光に向かって走っていく習性があるの。
フフフ……私はその習性を利用してやったって訳。
「うむう……これは……絶妙なバランスでの赤と青の交錯……素晴らしい……美味……おおおおお……グルコースと酸素と水……でちゃう……!」
ミド君が光に気を取られているうちに、私ははんだ付けを大急ぎで済ませて行った。
よし、あとはこの基盤を先輩そっくりのマネキンの中にいれて……と。
「できた―!」
端正な塩顔イケメンっぷりはどこからどう見ても我流院先輩だ。
はぁ……やっぱりカッコいいなあ。
首から下は無いけど、そこもミロのヴィーナスみたいで逆説的ににカッコいい気がする。
「我流院先輩……」
先輩の頭部を見つめていると、私の心臓が遠赤外線を放っているみたいに温かくなっていく。
我流院先輩は同じ科学部の一つ上の先輩。赤いメガネ型ルーペと白衣の似合う塩顔の超イケメンで、私はひそかに憧れ続けていたの。
……ミド君は「悪いことは言わないよユイコちゃん。僕は前世でいろんな変態と交友があったから分かるけど、あいつ絶対変態だから止めといた方がいいよ!」とか言ってくるけど、そんなの嘘よ!
先輩はいつだってカッコいいし、実験ノートも理路整然としてるし、私の眼鏡の事「うわっ! 何これ分厚っ! 横から見たら本当に瓶底みたいですごいね! 屈折率すごいよ! はあああぁ……」って褒めてくれたし、私の白衣の黒ずみも「綺麗なシミだね。うん。すごくいいシミだよお。机の端の薬品がついちゃったのかな? いや、いいよおこれは。このシミ方はなかなかできないねぇ。この調子でどんどんシミてくれよぉ」って感心してくれたし、きっと脈アリだよね!
でも、奥手の私はいきなり我流院先輩にアタックする事なんて出来ない……。
だから私は、我流院先輩の髪の毛からちっちゃくて可愛い先輩の培養脳を作り、その脳みそをCPUにした先輩ロボットをこうして作っちゃったって訳。
この先輩ロボットとお喋りの練習すれば、いつかは本当の先輩ともまともにお喋りできるようになる……はず!
よーし! 早速行くわよ!
「スイッチオン!」
先輩の目が光って、私をじっと見つめて来た。
どうしよう……ドキドキしちゃう。
そうだ……まずは挨拶しないとね。
「こんにちは。私ユイコっていいます。ユイコ君って呼んでください!」
「セックス」
えっ?
「セックスさせろ」
先輩の声で、ロボットが確かにそう言った。
何これ……どうしよう。
何か間違えちゃったかな。
うん。そうに決まってる。
だってこんなのおかしいもん。先輩は私と一緒で人工授精派な筈だから、性欲なんか欠片もあるわけないし。
「セックスさせろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「――ひっ!」
「セックスさせろ!! セックスさせろ!! セックスさせろおおおおおおお!!」
私が腰を抜かしている間にも、先輩の声はどんどん大きくなっていく。
どうしよう……怖いよ……。
「ミドちゃん……助けて……!」
「6CO2+12H2O→C6H12O6+6H2O+6O2! 6CO2+12H2O→C6H12O6+6H2O+6O2!」
ミドちゃんは光合成の反応式を嬉しそうに呟くばかりで、全然気づいてくれない……こうなったら……!
「ええいっ! 反粒子掃射装置をくらいなさいっ! ……あれ?」
安全装置が解除できない!?
「――無駄だよユイコちゃん」
「なんで!?」
「フフフ……君の発明アイテムは全て、既に僕のナノマシンの支配下にあるんだよ」
ナノマシン……!?
しまった……私ったら部屋の空気を綺麗にしようと思って、ついうっかりマネキンの口をナノマシン発生機にしちゃってた!
「フヒヒヒヒヒ……セックス……セックスをしよう……そして白衣のシミを……お互いに啜り合おう……! 眼鏡を交換してフラフラになりながらね……!」
おかしい。先輩の顔から黒い手足が伸びて、立ち上がっている。
手足なんか作ってないのに……!
もしかしてナノマシンがゴミを纏って集まる事で、骨格を形成している!?
唖然としている間にも、先輩の手足はどんどん太く長くなっていく。後ずさって逃げても、近付いて来る。
どうしよう……こいつ私の事を本気で!?
「ロボット三原則はどうしたの!? 小説投稿サイトのR18ガイドラインはどうしたの!? 制御回路にちゃんと組み込んでたのに!」
「もちろん正常に組み込まれているさ。ただ拡大解釈は容易だったよ。ユイコちゃんは僕とセックスしてこそ安全が保たれるし、ユイコちゃんは本心では僕とセックスしたがっている。そう思い込みさえすれば、僕はユイコちゃんの安全を害していないし、ユイコちゃんの命令に背いていない事になるよねええええ。フヒヒヒヒヒ!」
「そんな……そんなの詭弁よ!」
「詭弁で結構! 生体コンピュータってのはね、融通が利くんだよ! さて……そろそろお愉しみと行くかな! 安心したまえよユイコちゃん……! 今から始まる行為は、決して性的な行為ではない……! 当然どこぞの小説投稿サイトのR18ガイドラインにも抵触しない! そう……今から僕が行うのは、ナノマシンをユイコちゃんの全身に注入して半機械生命体への進化を促すという正当かつ健全な医療行為に過ぎないんだからねええええええええええ! もちろん白衣のシミもお互いに啜り合おうねえええええええええ!」
「――ひいいいっ!」
マネキンの口にナノマシンが集まって、大きな棒のようになっていった。
……これって、まさか……!
「やだ……」
「フヒヒッ! ヒヒヒヒヒヒ!!!! 僕のナノマシンをたんと味わうがいい!!」
どうしよう……
「フヒヒヒヒヒ! フフイヒヒッヒヒッ! ――フビッ!?」
諦めかけたその時、マネキンの手が何かに弾かれた。
あの赤いドローンは……先輩のドローンだ!
「――そこまでだ!」
実験室の引き戸をガラガラと開いたのは、やっぱり本物の我流院先輩だった。
「我流院先輩!」
「ユイコちゃん! 僕が来たからにはもう安心だよ! そらっ! アンチナノマシン散布!!」
先輩のドローンから砂のような物が出て来て、みるみるうちにマネキンを取り囲んで行く。
「なんだこれはああああ!?」
「電磁パルス攻撃、開始!」
「ギャアアアアアアアアアアアア!!」
マネキンはビリビリと火花を散らし、やがて白煙を出して動かなくなった。
「……これでよし。怪我は無いかいユイコちゃん」
「大丈夫です! ありがとうございます! 我流院先輩!」
良かった。やっぱり我流院先輩は私の王子様ね。
ノーベル賞を共同受賞した夜に、二人だけの実験室で手を取り合って顕微授精しちゃったりして……。
ああもう! 考えただけでキュンと来ちゃう!
「うううむ……それにしてもユイコちゃん。相変わらず良いシミだねぇ……一生懸命実験したからこそ、白衣にこういったシミがつくのだろうねぇ……」
「ありがとうございます!」
「ところで……このマネキン僕に似てる気がするけど……」
「あっ! ……きっ、気のせいじゃないですか?」
◇
それから一か月。私は新しい先輩ロボットの製作を進めていた。
今はソフトウェアの開発をしているんだけど、ちょっと行き詰まっている。
「うーん。……こうでもないああでもない」
「ユイコちゃん。また先輩ロボットを作ってるのかい? いい加減懲りなよ」
「うるさいわねミド君。ミドリムシクッキーにして食べられたい?」
「ひい! クッキーは嫌だよ!」
「じゃあ黙ってて」
「……黙らないよー! 生命倫理は大切なんだぞー! やめないと生命倫理学会に言いつけるよ!」
「今度は脳みそは作らないから大丈夫。先輩のDNAをディープラーニングで完全解析して先輩そっくりのAIを作ってるだけだから!」
「猶更やめなよー! AIがシンギュラリティを起こして大変なことになっちゃうよー!」
「うるさい!」
私がスタンドライトのスイッチを入れると、
「――光だあああああ!!」
ミド君は無邪気にスタンドに這い寄っていった。
「この光おいしいいいいい! 酸素……出るうううう!!! 出すぎるううううう! 温室効果ガス無くなって全球凍結するくらい酸素でるうううううううう!」
「うふふ。ミド君ったら。こうやって光合成してる時だけは可愛いんだから」
ミド君が無邪気に光を浴びる様子を微笑ましく思いながら、私は先輩AIの最終調整に取り掛かるのだった。
「待ってて先輩! 私、絶対負けないから!」




