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序 頼れる親友は専属の恋愛軍師様?

 クラスメイトの柘植つげ君は、ひとりでいることが多い。

 ざわついている教室で、いつも静かに本を読んでいる。何の本を読んでいるのかは、わからない。いつも書店の紙カバーをつけているから、それが同じ本なのか、それとも昨日のものとは違うのかもわからない。彼の席の後ろを自然な感じで通ってチェックしたいと思ったことは何度もあるけれど、そんなことが出来るのは、彼の席が一番後ろの場合のみだ。後ろの席との隙間なんてほとんどないわけだから、そこを通ろうとする時点でかなり不自然だし。


 黙っていれば恰好良い、なんて言葉があるけど、常時黙っている人は、ただひたすら『恰好良い』だけになるんだろうか。


 そんなことを、真剣に文字を追っている、その横顔を見て思う。

 

 普段からつんと澄ました顔をしている拓植君は、クラスの一部の人達から密かに『公家くげ君』なんて呼ばれている。色が白くて、目がスッとした切れ長で、狐のお面みたいな顔、っていうのかな。自分からはあんまりしゃべらないし、何か怖いって言う人もいる。何を考えてるかわからないって意味で。そうかなぁ、と私は思う。どんな顔をしている人でも、何を考えているかなんて、普通はわからないんじゃないだろうか。だから、柘植君だけに限らないと思う。


 それで私は、そんな柘植君が気になって仕方がない。これはもう恋なんじゃなかろうか、って思っている。だから頑張ってちょっと話しかけてみたりするんだけど、柘植君はつれない。うん、とか、へぇ、って目を細めてちょっと笑うくらい。



「なぁんであんな公家顔の狐野郎が良いのよ」


 放課後の部室でトンちゃんはそんなことを言う。トンちゃんというのは『富田林とんだばやし千秋ちあき』という、私の親友だ。うっとりするほどつやつやの長い髪を一束つまんで、ちょっとつまらなさそうにそれを振っている。


「何でって言われても……恰好良くない? クールで」

「クール、ねぇ。ま、良いんじゃない? 木綿もめんちゃんが良いなら」


 というわけで、私の名前は『木綿もめん』……ではなく、『木綿ゆう』である。『蓼沼たでぬま木綿ゆう』、これが私の名前。だけど、トンちゃんは私のことを『木綿もめんちゃん』と呼ぶのである。ただ、それはトンちゃんがまぁ機嫌の良い時というか、私がおかしなことをしていない時の呼び方である。私が下手こいてる時の呼び方は……まぁ追々。


「柘植ねぇ、柘植、かぁ」


 ま、良いんじゃない、なんて言いつつも、トンちゃんは何だか納得がいっていないようである。ちくちくと針を動かしながら、ちょっと呆れ顔だ。

 私とトンちゃんは家庭科部所属で、いま作っているのは刺し子の布巾だ。麻の葉文様に挑戦中である。


 ウチの家庭科部は、まぁほぼほぼ帰宅部と大差ないような活動内容で、文化祭などのイベントが近づけば、それなりに忙しくなるんだけど、それ以外の活動なんてあってないようなものである。

 ミシンやアイロン、調理器具などは使い放題となっているが、その辺を使用する際にはきちんと届を出さないといけないし、顧問の先生の立会いが条件となる。十年くらい前にフランベをしようとした女生徒が前髪を豪快に焼いたことがあるらしい。前髪だけで済んで良かった、と顧問の平塚先生は笑っていたけど、いや、女子の前髪ってかなり重要だから! まぁ、それだけで済んだのは良かったのは事実だけれども!! 次の日から学校行けないよ!


 というわけで、それ以外なら――つまり、こういう手縫いの作業であるとか、調理でも火を使わないようなものであれば、顧問の先生に声をかけるだけで良いことになっている。本当はそれでも先生はいないといけないらしいんだけど、ウチの顧問の平塚先生はかなりいい加減なのである。


 私達は家庭科室の大きな机に向かい合って、電気ポットのお湯で淹れたお茶を飲みながら、ちくちくと布巾に刺繍をしているというわけだ。もともと部員も少ない上、先輩方は皆、バイトだの彼氏とデートだのと言ってなかなか来ない。私達は、ただ何となくおしゃべりをしたい時に、こうやって部の活動を口実に残っているのである。


「それで? どうすんの?」


 トンちゃんは、視線を布巾に固定したままそう問いかけてきた。かなりペースが速い。その上、きれいだ。私のとは比べ物にならないほど……っていうか、あれ、これって同じ図案だよね? 何か私のやつと全然違わない?


「ちょっと、聞いてんの?」

「――うわぁ、ごめん。トンちゃんのがきれいで私のと全然違うなーって見入ってた」

「もう、ほんとにアンタは……。この『ヌマ子』!」

「うう……ごめんってぇ」


 そう、この『ヌマ子』というのが、私がちょっと下手こいてる時の呼ばれ方である。


「だから、どうすんの、って」

「どうすんの、って何? お茶? お代わり?」

「そうじゃなくて。いま誰もお茶の話なんかしてないでしょうよ」

「えっと……何の話だったっけ」

「ちょっと勘弁してよね。話振って来たのアンタの方でしょうよ。だから、柘植のこと」

「柘植君のこと? 柘植君がどうしたの?」

「っかぁ――――っ!! もう!! ほんとヌマ子ね、アンタ!」

「ひええ、ごめんなさい!」


 トンちゃんの剣幕に思わず肩を竦め、手に持っていた白い布巾で顔を隠す。するとトンちゃんは「何これ、ひっど……」と言ってくすくすと笑い出した。


「アンタねぇ、どうしてこんなにぐっちゃぐちゃなのよ」

「で、でも、ちゃんと線の上を縫ってるよ?」

「縫い目の大きさがバラバラすぎるの。もう少しそろえなさいよね」

「うう……」

「いや、それより、よ。こっちはいまどうでも良いの。それより柘植よ」

「ううん?」

「どうすんのよ、告白すんの?」

「こっ……告白?!」

「頑張ってみたら? 好きなんでしょ?」

「す、好き……なのかな」

「っはぁ?! アンタ、さっきから恰好良い恰好良い言ってたじゃないの」

「言ってたけど……。じゃ、じゃあやっぱり好きってこと? てことは告白するの? 私?」

「何であたしに聞くのよ」

「だって、よくわかんないんだもん、そういうの。ただ、もうちょっと仲良くなれたら良いな、っていうか」


 告白。

 告白? 私が? 柘植君に?


 ああ、でもこの思いは言わないと伝わらないのか。そりゃそうか。そりゃそうだ。


「でも、柘植君、きっとモテると思うし……」

「モテないわよ、柘植なんて」

「どうしてそんなこと言うの! 柘植君は、現時点で私にモテモテなんだよ!?」

「うん、まぁ……木綿ちゃんにはね。だけど、木綿ちゃん以外にはモテてないと思うわ、あたし」

「そう……かなぁ」


 縫い目の大きさが揃っていない麻の葉文様を、つぅ、と指でなぞる。


「いまが狙い目なんじゃない?」

「ううん……、うん」

「いまのうちに唾つけとくのよ、もしかしたら、これから先、木綿ちゃん以外にも柘植の魅力に気付く子が出て来るかもしれないじゃない」

「唾って! 汚いよトンちゃん」

「馬鹿、ヌマ子! ただの慣用句よ!」

「あ、ああそっか……」


 私達は高校二年生で、この春にクラス替えをしたばかりなのだ。前のクラスで仲の良かった子は皆バラバラになっちゃって、トンちゃんだけが運よく同じクラスだった。柘植君はほとんどかかわりのなかった一番端っこのクラスにいたみたいで、私は、この春からその存在を知ったのである。前のクラスでも友達はあまり多くなかったのか、休み時間などでも彼を訪ねて来る人はほぼいない。

 

「でも、どうしたら良いかわかんないよ、私」

「あれ? いままで好きな人とかいなかったんだっけ?」

「いなかったわけじゃないけど……。たぶん幼稚園の時とか、そういうやつだし」

「やぁっだ! 木綿ちゃんったら可愛いっ! そういうことなら、このトンちゃんにお任せよ!」

「ほんと? トンちゃん、協力してくれるの?」

「任せなさい、あたし、こういうの得意なんだから! 恋愛軍師トンちゃんとお呼びなさい!」

「恋愛軍師……! 何か強そう!」


 と、胸をポンと叩く。

 確かにトンちゃんは手芸だけではなく、もう女子力の化身みたいな頼れる親友なのである。そんなトンちゃんがサポートしてくれるというのなら、きっとうまくいくだろう。


「頑張るわよ、木綿ちゃん。そうと決まったら短期決戦よ!」

「えっ? 短期決戦なの?!」

「あったり前じゃない! こんなのだらだらやってったって駄目なのよ」

「わ、わかった……」


 という経緯で、風薫る五月、恋愛軍師トンちゃんと共に、私の恋愛大作戦は始まったのだ。



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