第1話その9 『サヤマInter 2 お昼休み』
「────おまたせサヤマさん。それじゃあお昼にしようか」
4つ目の鐘の音と共にイルマに声をかければ「少しばかり待っててね。今、準備をするから」と彼から返されたので、サヤマはぶらりとお昼を手元に下げて手持ち無沙汰に辺りを見渡す。
こんなにも賑やかであっただろうか。
教室には多くの者が残りそれぞれが場所を確保して弁当の箱を開けている。近くの椅子や机の並びを変えて複数人で食卓を囲む姿も見られる。まるで屋台だ。
並んだ多くの食材の匂いに釣られてか談笑する者の声に誘われてか、ふと気がつけば他のクラスからの来客もある。こんな一面も持っていたのか。
「サヤマさん?」
「……あ、ううん。なんでもない」
初めて知ったクラスの新たな一面に感心していると彼は膝を曲げ私の顔の前で手を振った。こちらから声をかけたのに待たせた様で罰がわるく「ごめんね」と謝ると「なんでもないよ。さあお昼にしよう」と彼は返す。
彼もまた同じように思うだろうか。この賑やかな光景かこれからも続きますように、と……。
「────でさ、これがまた可愛いんだ〜。僕の姿が見えるとね、ちょこちょこって寄ってくるんだ。それで脹脛くらいに体を擦ってさ、尻尾を立てて地面で軽く足踏みをするの! 僕が撫でられる様にしゃがみ込むとね、また膝に顔を擦って今度は背中の方に回るんだ。姿が見えないからって僕は手を横にして指を擦り合わせれば今度はその手の方へ帰ってくるんだ。いや〜猫って可愛いよね! 奴ら卑怯だよ、かわいいの暴力だよ全くもう!」
彼の隣人のサカドの席を借り、横並びにくっつけて供にするお昼はいよいよ佳境を迎えていた。彼は自宅付近にいるという野良猫の話に夢中になって身振り手振りで感情を表す。ああ忙しない。
「私も猫飼ってるよ」
どうどうと宥めに出した両の手が彼によって振り回される。「本当に! 数は名前は!? ああ、いいなー僕ね、猫を飼うことが昔からの夢でさ。本当に好きなんだ。なんで好きなんだろうね。わからないけど好きなんだ!」……やぶへびだったか。
私の答えを待つまでもなく進んでいくそれはもはや止めることなど出来ず、とにかく受けた質問を1つずつ返そう。
「え、えっとね。数は1匹で、名前はサマンサ」
「サマンサ! いい名前だねー! 色はどう? 尻尾は長い短い? 僕は長めなのが好きだなぁ」
「い、色……、色は黒でね、尻尾は長めそれと細くて、瞳の色は青色の女の子」
「黒猫の女の子! ああ〜! 好きだなぁ。きっとサヤマさんみたいにおしとやかで可愛いんだろうね」
「へ?」、思わず情けない声が出た。
「可愛いだなんてそんな事ないよ」
腰まで伸びた長い髪は前では目元まで掛かって視線を隠し標準にも満たぬこの小さな身体は力なく声は小さい。存在を隠すならばうってつけで、一言で言えば地味で表される私を褒められたらそれは驚く。すると、どうだろうか。彼の動きがピタッと止まる。
「サヤマさん、そんなこと言っちゃいけないよ」
「え」
なんと力強くそして真っ直ぐに向けられた視線だろう。蛇に睨まれたカエルが如く私は固まる。
「いいかい女の子って言うのはね、それは須くかわいいって言われたい生き物なんだ。かわいいと言われるために生まれてきて、かわいいと言われる為に己を磨く。かわいいと愛でられ愛を受ければ、かわいいを作る毛は艶やかになり滑らさを増す。かわいいと褒めれば褒めてやるだけそれに呼応してやがて無限のかわいさの極地へ辿り着くんだ。だからね、猫に対してかわいくないだなんて言っちゃあいけないよ。たとえそれが飼い主だとしても、ね」
ああなんだ、猫のことか。
「あぇ……えへ……へへ…………、ごめん」
声にもならない声とはまさしくこれの事かと思えたし、なぜ私が謝ったのかもわからぬままに、途中から何を言われているのか理解に欠けた話は結論として私の飼う猫への言葉と言うわけだ。
私が一人勝手に舞い上がっただけなのか。しかし彼は確かに言ったし、それを最後まで訂正することはない。
(それを言うならおしとやかでは無くて、ただの物静かなんだよなぁ……)なんて、心の中で彼に呟く。
もちろん 彼の耳には 届くまい。