第1話その8 『サヤマ Inter 1』
明くる日の朝、サヤマとイルマはまた校門にて挨拶を交わす。
「おはよう、イルマくん」
「おはよう、サヤマさん」
「ねぇ今日も、また一緒に教室へ行こう?」
「もちろんだとも。僕の方こそお願いするよ」
交わし始めてまだ2日ばかりだが、ここまではすっかりと恒例行事とあるかの様にとても自然と二人は話す。誰の目を気にも留める事などはなく。
それはまた今朝の天気から始まって、今度は好きなお茶の種類、中へ詰められる餡の話へ繋がって、さらにその風呂敷を広げようとしたその時に、気がつけば終わりを迎える。
「じゃあサヤマさん」
「あ、うん。そうだね……」
今度はイルマが軽く合図をし、それに応えてサヤマは離れる。
席に着き、隣人と軽く話す彼の姿を遠目にし、あそこが私の席ならばまだまだ話は出来るものなのに……。
サヤマは少し、そんな風に思った。
点呼が始まると今度は始めからサメジマの姿が見られない事以外はいつも通りで、何事もなく時間は流れる。いつも通りに授業を受けて、いつも通りに休みを過ごす。
ただ今日だけは、それが少し違っていた。
合間合間の休み時間でサヤマはイルマの姿を追っていたからだ。
朝の会話の続きをしよう。そう考えていた彼女は1つ目の休みの時間に彼に話しかけよるが、「少しばかり体調が優れないから」と彼は席を後にした。
次の授業にはまた戻り何事もなく過ごす彼を見て、次こそは、と2つ目の時間に声をかける。が、それもまた空振りに終わる。
『もしかして、やはり自分と関わることを彼もまた望まないものか』
嫌な景色が頭をよぎり傷心しかけた3つ目の時だ。
「ごめんねサヤマさん。でもお昼になったらまた一緒に食べよう? 僕も君と一緒に過ごしたいから────」
思わずにやけた。
予期せぬ突然の彼からの誘いにぐいっと口角がつり上がり、身体中の血が顔に集まって頬がジンジンと音を鳴らし、つられて耳は赤くなり、心臓の鼓動を刻む間隔も素早さを増し激しい音を外へ響かせてはいないか、湧き上がるそれらを何とか抑え込もうとその小さな両手で胸元をいっぱいに押さえつけ、きっとだらしのない顔をまさか見られる訳にはいかないと頭を下げて俯きがちな自分は彼になんと返事をしたのだろう。わからなかった。
「────ありがとうサヤマさん。それじゃあ、また後でね」
かくにも、自分は彼に返事をした様である。彼はまた席を離れる。
……今、通り過ぎて行ったものは一体何なのだろうか。
人との付き合い方が不慣れな自分は突然に声を返されて、驚きのあまりに心の臓が縮こまった故の反動か。あるいは何か他の別の理由か。いやいやまさか、それは無い。私と彼とはたった3日ばかりの……、ただの友人だ。
だからこそ、お昼を共にする事になど何も特別な意味はなく、ごくありふれる、かつ一般的な、ただの日常に挟まれる、たった少しばかり長くとられた休息をとるだけの時間でしか無いのだ。ただそれだけのこと……。
悶々とする頭を冷やす様に、サヤマはふるふると振る。
その気持ちの答えを、いつか正しく自分は認める日が来るのだろうか。
そんな想いを、自分の胸の内に秘めながら────。