第1話その6 『嵐の前の静けさ』
その日はとても穏やかな1日だった。
クラス中に広がる怒号はなく、机が蹴飛ばされる気猛々しい音も響かない。休み時間になると、いつもより多くの者が部屋に残り、そこにいる者たちの和気藹々とした声がいっぱいに広がりとても明るく暖かな雰囲気が廊下の方まで伝わった。まるでお祭りの様な光景だ。
ただ一人、イルマを除いて。
その日のイルマの内情は人一倍に荒れ狂っていた。荒れ模様は朝の点呼から始まり、授業合間に挟まれる休み時間、お昼休み、果ては放課後の門をくぐるまで、長きに渡って続いていた。
その理由はただ一つ、サメジマの存在である。
その日サメジマは朝の点呼が終わると姿を消して、ついに終わりまで帰ってこなかった。昨日交わした少しばかりの口論は午後の予鈴によって断たれたままだ。
門の外から夕暮れに染まる校舎を振り返り、イルマは軽くため息をつく。1日を通してのし掛かった重いものが肩から降りるのを感じたからだ。
朝、サメジマが登校した時も合間合間の休み時間も、サヤマと過ごしたお昼休みも、そして今、門を潜り抜けるに至るまで。イルマにはとても強い緊張感と何事もなかったという安心感が繰り返し繰り返しその内を通り過ぎていった。そこにあるかもわからない、サメジマという存在に怯えながら……。
黒に染まりゆく帰路を歩きながら、1日を振り返りイルマはまたも疲れを感じた。そして、サメジマという存在の強さを改めて認識した。
しかしながら一方で、
(今日何もしてこなかったのは意外と僕の意思が彼に伝わって、そして彼は理解してくれたのかしれない。これからはもう彼も態度を改めるかもしれないって事なのかな)
なんて考えて、そんな輝かしい期待の先の光景を思い浮かべると心が晴れ晴れとしてきて躍り出しそうになった。
────そんな時だ。
「おーい、イルマぁ。ちょいとツラ借せや」
声の方へ視線を向けると男が一人、手招いている。
イルマの心に雲がかかった……。




