第3話その12『天命とは』
新たな訪問客の分、お茶を追加したガリレイは本題へと入る。その横では新聞部の2人がメモ帳を取り出して会話を取りこぼさんとし、レオナルドは腕を組んで事の成り行きを見届け、サヤマも一通り聞くことに専念する。
「さて、イルマ君。『天命』についてのボクの見解を述べる前に、使用者である君からの情報も得たいから一つ語って貰えるかい? 能力を行使中の君の体験を」
「体験ですか……、うーん」、イルマは悩む。
如何様に言葉を並べれば伝わるだろうか、と。なるべく詳細な情報を届けんが為に頭を悩ませる。腕を組んで俯きがちに。
そんな様子を思い遣ってガリレイはお茶を啜り促進する。
「なに、特別頭を悩ませる必要は無いよ。君の感じたままをそのままに口に出して貰えればいいからさ。一つ一つをゆっくりと並べてごらん」
時間はたっぷりとあるからね、と付け足してまた啜る。その返しにイルマもお茶を啜り、ポツリポツリと自らの体験を溢し始める。身振り手振り、時折上を向いたり首を揺らして下を向いたりと。
「えっ……と、そうですね。今回、『天命』を使って思ったのは"楽しい"って気持ちでした」
「ふむ、"楽しい"?」
「はい。『解放祈願』を行使した時は、こう……何て言えばいいのか、頭で思い描く通りに身体を完全に動かせるというか……本をはたき落としたりして……、うーん、そんな感じですね。それで小さい頃にみた番組を思い出して……、だから楽しかったです」
「ふふふ。そうか、途中で笑い声を上げていたのはそういう事だったのかい」
「えへ、まあ……はい」
自己の気分の昂った状態を改めて思い出し、また、それが彼女にも筒抜けであったようだと、恥ずかしさ故かイルマは頭を掻いて続ける。
「あとはそうですね……あ! 新しく使えた力、『安全祈願』の方なんですけど、アレはその場で急に頭の中に流れ? 浮かんできたモノでした!」
ああ、そうだそうだ。と人差し指を激しく揺らすイルマにガリレイは「ほうほう」、と頷いた。
「あの時は本の波に押し潰されるって思って……、それで何とかなれって感じで……そして、うまく出来ました」
一人手をグーにしてガッツポーズを決め、したり顔をするものだから隣のサヤマはクスリと笑う。
「あの時そんな感じだったんだ。ふふふ」
「いやあ、えへへ。咄嗟だったからねホントに、へへへ」
ここでふと、ガリレイは訪ねる。
「ふむ……。ちなみに同じ事を今できるかい? 『解放祈願』の行使と『安全祈願』は……、ここに出してみる事は、どうだい?」
ガリレイは指をくるりと回して椅子に座る者を能力で包んで見るようにと指示をするのだが、イルマは首を横に振った。
「いえ、『解放祈願』は今も使えるってわかるんですけど『安全祈願』の方は今は……出来そうにありませんね。試しにやってみますけど」
その場で立ち上がり手を前に出して試みる。
「天命成就、安全祈願、我らを守り給へ……、出来ませんね」
「う……ん。なるほどねぇ」
その光景もある程度予測がついていたのか、ガリレイは納得した様子で目を伏せて、眉間にしわを寄せ鼻根を摘みながら自身の見解を述べ始めた。その仕草に新聞部のお姉ちゃん"ペーパ"は弟の"ニュース"を肘で小突いてメモを取らせる。
「んー、とねぇ……イルマ君」
「はい」
「ボクの見た限りだとね」
「はい」
「君の、『天命』とは"精神に左右される力"……である様に思えるんだよね」
「"精神に"……。あー……確かに……、はい」
「"精神"が合わなければ"心に"、でも」
「"心に"……あー、そっちの方がしっくり来ますね。こう、『やってやる!』って感じ? に思えた時に発動出来ますから。確かにそうですね、しっくり来ました」
そうですそうです、と頷くイルマにガリレイは続ける。
「そこがまたボクらの『権力』とは異なるところだよね」
「異なりますか」
「うん。異なるね」 お茶を啜る。
「ボクらの宿す『権力』はいくら使ったとしても疲れないし、気を失わない。いや、もちろん"身体の自由"の様に自身が直接的に行動を起こす力であればそれは確かにそうだけど、それでも"過度な権力行使"は一切ないよ」
「使い過ぎても疲れない……」、とイルマは自己なりの解釈を呟き、「なるほどなるほど」、と見習いのニュース君は筆を走らせる。
「それにね、イルマ君。ボクがこの様にして考えるのは君の力、『安全祈願』の防御が弱まったのはボクの行動理由に気がついてから……、つまり"安心して気が抜けたから"と、ボクは踏んでいるのだけど、どうだろう」
「気が抜けた……、まあ、そう、ですねぇ…………」
イルマは先程の自分を振り返る。
そもそも、"何故、イルマはガリレイの行いとは『天命』を試すモノだ"と見抜けたかといえば、これは彼の首輪の『絶対不可侵領域』のおかげだ、と先述した通りである。彼を拒む者は近寄れなくなる性質だ。
────────では、ここで我々もその場面をイルマの視点に立って振り返ってみよう。より深く知る為に。
まず、『解放祈願』を用いて本を蹴散らし、その後に隙ができたガリレイへ拘束のために飛び掛かれば、伸ばした腕は彼女を掠める程に近寄った。
この距離ならば充分に2m方々へ展開される領域内であるので"彼女が自分を心から拒んでいるのなら"そもそも謎の壁によって弾かれるのはガリレイの方であるはず。しかし、そうはならなかった。
逆に吹き飛ばされたのは自分の方で壁に叩きつけられ酷く痛手を負う事となる。こちらは"身体の自由"なる力によっての事なのだが、ともかく『拒まれてはいない』、その事実が一つ浮き彫りとなる。
そこで次に深手を負ったイルマが力なく上半身を起こす際に考えたのは『なぜ、彼女は権力を振るうのか』の一点であった。何故であろうか。
さらに考える。
『ならばガリレイとは?』、と。
たった一日ばかりであるが自分の見て知る彼女を考える。
ガリレイとは6つ星で、3年生で、白衣を纏う知女で、大図書館の最奥に潜む者で、小さな大賢者で、学園を知る者で……、"知的委員会の委員長"だ。
ここで一つ、『おや?』と思う。
加えて昨日の面会だ。知的委員会の二人によってなされた事は全てが"知るための行為"であったぞ、と。
『おやおや?』
さらには、この特異な力を宿した自分の現状を丁寧に説明し、それでばっさり切り捨てる事もなく共に今後の活動理念も引き出して、最もを連ねれば"反対意見が多数を占める場面を容易に想像できる状況"において賛成意見は幾つだろうか彼女によって3ヶ月の観測期間が設けられた。
これを"優しさ"と捉えずに何と感じよう。
『そうだ優しい人である。ガリレイは優しい人である』
ともなれば、『そんな優しき人が目前で理由もなく権力を振りかざすだろうか、いやそれは無い』とまで辿り着き、
ではなぜ、『何がために彼女はそれを為すのか』とまで来ればそれはもちろん『知る為にではないか』と気がついて、"何を知る"など考えるまでもなく、絶対的な権力蔓延る学園に突然として現れた自分が持つ不確かな異能『"天命"を調べているのだ』との考えに至り、
言葉を交わさぬ理由は確かではないけれど、底にある優しさを基にして考えれば"そこから何かを悟られぬように努めているのだ"と推測できて、
然れば、『痛めつけるのが目的ではなく何かを見定めている、あるいは試されているのだな』と結論を出し、しかし確たるは無し故に"万が一"にでもサヤマを危険に巻き込む訳には行かないからと、黒い膜の中で留まらせやっと力なく上体を起こしたのであった。
なるほどこうした考えに至ってしまえば最早それまでに抱いた危機感は薄れてしまい陰ながらに安堵が訪れ、その後はここまでのイルマの考えを裏付けるようにガリレイはイルマを遠くへ放り投げるだけにすませ追撃はせず、何の力を持たないサヤマへと照準を定め結果黒い防御膜は破られた、という訳であったのだ。
そしてこれを彼女は"安心して気が抜けた"、言葉変われば"気の緩み"として捉え、つまり『天命とは精神に左右される力である』と導き出したらしい。
「"天命"は精神に、心に左右される力……」
振り返りを済ませ、確かに彼女の言う通りだと納得したイルマは噛み締めるように呟いた。正体不明の不確かな己の存在が少し確かなモノとなった気がして、また彼女に深く感謝するように……。




