第3話その9 『和解』
「……そいじゃあ、改めてお話を始めましょうか皆さん」
大図書館の最奥、ガリレイの自室にてお茶とお菓子を用意したケプラが会話の糸口を切り出した。ここに座る者達の沈黙はこれを機に破られる。
「……イルマ君、サヤマちゃん。君たちには多大なる負荷を掛けた事をここに謝りたい。本当に申し訳ない。済まなかった」
ガリレイは心からの謝罪をする。本当ならもっと早くに示すべき態度をようやく2人の前に曝け出す。
可愛い後輩達を激しく痛めつけたのだから、気を失うまでに追い詰めたのだから、二人からすれば命の危機を感じさせるほどに酷く暴力を振るったのだから謝らねばならない。当然の帰結だ。
心は体を動かして形あるもの作り出す。
下げた頭はより深く、手を前に出し足を伏せ、やがて頭は地に辿り着き意思を伝える為の完全なる形を作り出さんと目指すのだが、初動でイルマに止められる。
「先輩、それ以上はいけませんよ。貴方はもう充分過ぎるほどに俺たちに態度を示してくれました。もう充分伝わりましたから、どうか頭を上げてください」
「いや、しかし……」
「そうですよガリレイ先輩。もう伝わりましたから、だからこれ以上自分を責めるのはお辞めください。大丈夫ですから。先輩は悪くありませんから」
先ほど友の生存を一番に想い、力を暴れさせる自分に対して相当な程の懇願を涙ながらに繰り返していたサヤマでさえ手を前に出してこれよりを鎮めにきた。ガリレイは頭を上げる。
「だけど……」
なおもやはり罰が悪く、彼らの許しを許容できずに前のめりな姿勢を取らせるのはこれもまた意地のせいだろう。
行き場を失った意固地はあちらこちらを彷徨いて、おろおろとした態度を取らせる。
「……そうですよね。こういう時って周りが言ったって落ち着けませんよね。なら先輩、手を出してくれませんか」
イルマが片手を差し出した。
「え、あ、こう?」
イルマの手と合わさる様にガリレイも片手を差し出すと彼の両手で強く強く握られた。これは握手だ。
「これで先輩とは仲直りですよ。俺は怒ってませんから、誰も先輩を責められる人なんて居ませんから。だから後は先輩がそれを受け止めてくれればいいんですから」
「……そうですよガリレイ先輩。イルマ君もこう言ってるんですし、ね?」
イルマの後にもサヤマが両手で強く、そして優しくガリレイを包み込んだ。
「……はは、君たちは随分出来た後輩だね。先輩として嬉しい限りだよ」
彼らは心からの許しを与えてくれたのだと、ジンジンと熱くなった手がガリレイに強く認識させる。この痛みを自分の最奥まで届く様にと手を開いては硬く握り締め深く味わって、
「ありがとう。本当に、ありがとう。おかげでボクは救われたよ」
ガリレイは声を震わせ目から溢れる涙を静かに拭う。
────ここで一つ断って置きたいのだが、人の作りは少々気難しくて『他者からの許しを得る』、言葉変わって『他者の気持ちを知る』為にはそこに"痛み"が伴わなければならないと考える作りとなっている。
だから公として"罪に対しては罰を与える"という現象がまかり通っている訳だ。鞭打ち然り石抱然り、始まりは決して悪趣味権力者達の娯楽趣味を満たす為ではない。
考えた事は無いだろうか、何故犯した罪を許される為に痛みが伴わなければならないか、何故苦痛が伴わなければならないのか。
それは被害者の許しを加害者に伝えてやる一番有効的な行為となっている為だ。人はそれを深層心理か本能的にか頭の隅で理解している。
『貴方が犯した罪の程は被害者にとってはこれ程までの苦痛でありましたから、だから貴方も同じ苦痛を味わいなさい。苦痛の全てを味わった時、貴方はそこで許される』
これは人が人として生きる為に忘れてはいけない鉄則の掟だ、人の秩序だ。
これを通さずしてのうのうと生き続けようとする愚者は人である事を捨てた畜生であると非難されるべき存在だ。決して認めてならない存在だ。
こうした存在が近年作者の耳によく届くものだから、少なくともこれを読んでいる読者様方にはそれを忘れてくれるなと思い作者は出張って書き記す。
結局のところ、人が他者を理解する為にはその者同士で『同じ景色を味わう』他に無いのだから。
行為の形は代入しても目に見えぬ式の和が等しくなる様に同程度の何かで補ってやる為に生み出された物が"罰"なのだ。
『罪には罰を』
そうして人は他者を学びゆく。
そうして人は気持ちを知っていく。
そうして人は繋がっていく……。
話を戻すと、
イルマやサヤマがガリレイの手を痛いほどに強く握り締めたのは、やはり彼女の行いを全て許したと伝える為である。これは確かに伝わった。
「……しかしボクは驚いたよイルマ君。君はどうしてボクの考えがわかったんだい? 確かにボクは全力で君を追い詰めていたはずなんだけれど」
表情から心理が伝わって彼が油断をしない様に動作の一つ一つの度に"演劇部"の扱う『女性権』を適用していたものなのだが、とガリレイは疑問をぶつける。
「あ、それはこれのおかげですよ」とイルマは自分の首輪を軽く引っ張った。
「俺も突然の出来事にパニックになってたんですけど、コイツのおかげで先輩が俺の事を拒んでいる訳では無いんだって考えられました」
「それは?」
ガリレイが再度質問するとイルマとサヤマは少し見合って驚いた様子を浮かべる。
「あれ? 先輩はこれを知らないんですか。これ昨日生徒会から届いた物で知的委員会の贈り物って書いてあったんですけど……」
「技術開発部の方々が急遽作成してくれたって聞いてますけど……」
ガリレイはケプラに目を向ける。
「おかしいっすね? こっちにゃ何の連絡も届いてないっすよね?」
「……ふむ。まあそれは後で確認しておこうか。それでどういった効果のある物なんだい?」
「えっとですね────────」
イルマの説明を聞くと彼の首輪は『絶対不可侵領域』を2m方々に作り出す道具であって、これは死兆星を宿すイルマと他の一般生徒がなるべく触れ合わない様に、万が一の予防策として開発された物だという。
「効果の程も確かな物でしたよ……ぐすん」
「大丈夫だよイルマくん。私やクラスの皆もいるから独りじゃないよ」
「うぐぅ……。ありがとうサヤマさん。本当に助かるよ」
どうやら放課後に渡されて彼らが校舎から離れるまでに他の生徒とすれ違う度に『死兆星』を目にして怯えた者達は謎の力で壁に押しやられたらしい。
その光景を見た者が声を上げ、やがて悲鳴は連鎖的に大きくなってしまったらしく当のイルマは申し訳ないと歩み寄ることもできず、
まさしく取りつく島も無いままにサヤマに手を引かれ校舎を後にしたのだった。
そんな報告を受けて可哀想な後輩を思う気持ちも湧くのだが、それよりもその仕掛けが気になったガリレイはイルマの首元へ手を伸ばす。
「少し調べてもいいかい? とても気になって仕方が無いんだ」
「あ、はい。どうぞ」
「権力行使 指定領域は"知" 知る権利 発令」
ガリレイはすぐに権力をかざした────────。




