第3話その2『共同生活』
イルマが目を開けると腕の中で彼女は眠っていた。
背をこちらに向けて力無く横たわる彼女をイルマはそっと引き寄せて抱きしめる。
彼女からの反応はなかったので今度は頬からお腹にかけて撫でてみる。すると、もぞっとした反応を見せ体をくるりと回しイルマの顔に手を押しやって、まるでそれ以上は近寄るなとでも言いたげに片目を薄く開く。
「なんだよぅその顔は。姿が変えられてしまって心の持ち様まで変わってしまったのかい。生意気だなぁこのこの」
生意気な態度にお返しだと彼女の頭を人差し指から小指で押さえ込み、鼻頭から頬にかけて親指を走らせる。どうやら気に入ったらしく目を閉じて口角を吊り上げ八重歯を見せた。
彼女の姿は変わり果てていた。
全身は黒で覆われて頭には大きな耳を備え付け頬からは白いトゲを数本生やし鼻は黒豆みたいになっている。更に口の大きさも小指の第一関節程度しか無い。
まるで人とは思えない姿となった腕の中で眠る彼女を確かめようと、イルマはもう一度頭からお腹へと手を滑らせる。
手はお腹で止まらずにその先へ、長く細い道が続いている。
「これが最高権力者のホクトさんの力か。恐ろしいな。人の形まで変えてしまうなんて、こんなんじゃまるで」
「猫だよ猫。サマンサだよイルマ君」
黒猫のサマンサは大きなあくびをした。
朝食の準備を済ませたサヤマはイルマと向かい合い手を合わせる。
「「いただきます」」
一つ屋根の下で二人は朝食を共にする。
これは昨日告げられたイルマの処遇の内の一つであるから……。
昨日の放課後にイルマの元へ一封の封筒が届けられた。開けてみると手紙と何やら首輪が入っている。
手紙を読むと『拝啓 死兆星を宿す君へ』から始まって以下の事が記されていた。
『・その1 その特異性の調査の為に3ヶ月の間、君を"観測対象者" とする。・その2 期間中は同封した首輪の着用を命ずる』
イルマは手に持った首輪を眺めた。一見して特別なものは何も感じられないが下に説明が記載されていた。
『その首輪は知的委員会技術開発部の協力により急遽作成した特別な代物だ。それを着用している間、君を拒む者が立ち入れない領域、"絶対不可侵領域"を2m方々に展開する仕様となっている。これは万が一の可能性を考慮して君と他者との接触を最大限に軽減する為の処置である。ぜひ協力されたし。また、上記の理由により君には現在の宿舎からの移動も命ずる。これも同封の地図を参照にして本日中に直ちに移動を開始せよ』
封筒の奥に新たな拠点が示された地図が残されていた。場所は学園の端、人里離れた未開拓地を指し示している。
『なお』 文章は続く。
『本来なら宿舎の人数は2名からとの決まりがあるが今回は異例の処置として、また再三の理由により君には個人での生活を送って貰う事をここに知らせる』
「これって……所謂、村八分って事じゃ無い?」
ここまでを共に読んでいたサヤマが口を開いた。
「万が一も何も、触れただけで何が起こるとかってないのにね、ね?」
「え、あ、うん。そうだねサヤマさん。そうだけど……」
イルマが言葉を詰められたのも無理はない。サヤマが急に手を握ってきたからだ。若干膨らんだ頬は手紙の不当性を訴えている様に感じた。
(……まだ付き合いの日が浅いからかな。たまに君にすごく驚かされるよサヤマさん)
「私ちょっと物申してみるよ」
「え!? いや平気だよ俺は!!! あは、あはは!」
さらなる衝撃に乾いた笑がわいて出た。
『やっぱりテメーはいかれてやがるぜ』
サメジマの呟きと仲直りの指切りが頭を過ぎったイルマはこれ以上はダメだと頭を揺らす。これ以上の衝撃はもう正気で居られなくなる。
話題をずらそうとイルマは慌てて手紙に目を戻し次の文書を口にする。
『ただし、協力者の申し出がある場合はその限りではなく、その者との共同の生活を認める事とする』
「だ、だってさ」
「ならそうしよう。私が身をもって皆に知らしめて見せるから」
強い視線を真っ正面から浴びせられ握り拳で意気込む彼女の申し出を断る勇気はイルマには無く、
「あはは。よろしくお願い致します」
「うん、こちらこそ」
なんて言う事しか出来ず。
(これも権力の一つなのかなぁ……。それとも"七星を宿す者" だからかなぁ。ホクトさんにはどこまで見えて居たのだろうか……)
イルマは少し二人の凄みを知った気がした。
なお、イルマの考えは擦りもせずにホクトはこう述べる。
「やはり共同生活の申し出があったね。じゃあ承認だ。3ヶ月とは言え学年が違うからね。やっぱりガリレイにはこの方が……え、違う?……それじゃあ誰からだい? ……あっはっは! サヤマちゃんか。こりゃあ面白いや。いやいや良いよ承認だ。どうせ万が一なんてありゃしないから。彼らが望むならそれもまた良し。それだけさ」
こうして二人の共同生活が始まった。




