第1話その10 『祖父の遺したモノ』
祭りの景色は新たな来客によって終わりを迎える。
「おいおいおい、随分楽しいそうだなてめーら。なぁ、俺も仲間に入れてくれや。おぅ、おまえ旨そうなもん食ってるじゃねぇか。どれ、1つ寄越してみな」
男はぶっきらぼうにそう言うと並んだ屋台の品に勢いよく手をつける。店主はただ、まるで献上品かの如く黙って顔を下げ腕を伸ばしそれを彼に捧げるばかりだ。
今の時間に何しに来たかサメジマである。
先程までの賑わいはまるで嘘かの様に今はただ重たい空気がクラスを包む。ただ二人を除いて。
「あれ〜? サメじゃん。なに今日休みじゃなかったの? めっちゃ寝坊じゃん」
「サメっちうぃ〜。心配してたぜおい〜」
「んぁ〜……、ちょっとな。少しばかり手伝ってやろうと思ってよ」
サメジマの連れであるヒダカとタチカワはその真意を理解する事はなく、頭にはてなを浮かべはしたが「まぁ、こっち来て俺のも食うか?」「ならアタシはこれをあげようか」となど、先程までと変わらず呑気な態度で過ごしている。
さて、ここに一人。彼の登場に一際敏感に反応した者がいる。といってもそれは本人に自覚がなく、隣の者の指摘によって改めてそれに気がついたようだ。
「サヤマさん、どうしたの?」
「……え? 何が?」
「いや、ね。左手を隠してどうかした? ケガでもしたかい」
「左手────?」
イルマからの指摘を受けて、サヤマは自分の左手の行方を目視する。なんと無意識的に制服のポケットの中へ収まっているでは無いか。気がつかなかった。
「……ううん。なんでもないの。ここにはね、私の大切な物がしまってあるの。何でだろうね、私は気がつかなかったよ。何でだろうね」
「大切な物?」
いぶかしげな目を向ける彼にこれ以上隠しても仕方がないと、むしろ彼にだけはその存在を知って欲しいと「場所を移しましょう」。
食べ終わったお昼を片付け二人は静かに教室を後にする。
席を立つ2つの影をサメジマはひっそりと横目で追った。
階段をいくつか登って扉をくくれば、そこは風通しの良い屋上だ。そろそろ予鈴の鳴るころだからか、ここにある人影はたったの2つ。イルマとサヤマである。
「……それで、場所を変えてどうかしたのかいサヤマさん」
「んー、とね。本当はそこまで大事って事でもないけど、なんとなく────」
そう、"なんとなく"。
あの場で彼にこれを見せようものなら何か不吉な事が起きるのではないか、サヤマは少しだけ警戒をしていた。
「それは?」
「これはね、私の大切な人からの贈り物。今までの私を支えてくれて、そして守ってくれた物なの」
無意識的に隠れた左手に包まれていたのは彼女の手に収まるほどの小さなペンダントであった。中には白い斑点がポツポツとあり色は濃い青をして、まるで夜空を想わせる。
「うあ〜! とても綺麗だね」
サヤマから受け取ったそれを掲げては舐め回すように様々な角度から見るイルマ。ときに太陽の光にあて、ときに空と並べてはその造りを楽しんでいる。
「うん、とても綺麗なの。私はそれが本当に好き」
「贈り物って言ってたね。それは誰から貰ったんだい」
「おじいちゃん」
「おじいちゃんか」
サヤマの受け答えには話半分に、イルマは今もなおペンダントを楽しんでいる。そんなに気に入って貰えたのかと悪い気のしないサヤマは少しだけ思い出にふける。
サヤマの祖父はサヤマの事を大変可愛がっていた。
サヤマが物をねだればそれを必ず買い与え、またサヤマがねだるまでもなく、サヤマにとって有益だろうと思われる物は一通りとして祖父によって事前に与えられていたのだった。それはお菓子だったり、おもちゃだったり、はたまた勉強机だったりなんなりと一通りにである。
もともと内気で口数の少ない彼女はそこまで多くの物をねだる様な子供でもなかったが、それでもなお身に余るほどの物がサヤマの部屋を埋め尽くしていたのは、それは祖父からの寵愛の他になかった。
また、二人はよく手を繋いで散歩もしたし、本の音読もした。寝る前に祖父が読む絵本はなんと素敵なお話だったか。夢にまで見た程だ。
サヤマもまた、そんな祖父を大事に想っていた。
『私はね、大きくなったらおじいちゃんみたいにやさしくなりたいの! 誰かの為にとってもやさしくなりたいの! だからね、そのときが来るまでおじいちゃんは元気でいてね! 私がおじいちゃんになるのをぜったいに見てもらうんだから!』
『おじいちゃんにはなれませんよ。おばあちゃんになるのです』なんて少しばかりの嫉妬を織り交ぜて祖母は茶化したっけな。家族は笑いに包まれる。ああ懐かしい。
そして7年ほど前。そんな祖父からの最後の贈り物、遺品、つまりは形見が夜空を想わせるペンダントであった。
祖父の最後の言葉は何であったか今は思い出せないけれど、いつからかサヤマはそれをポケットの中へと忍ばせて、困難や理不尽と対面した時に知らず知らずの内にそれを握るようになっていたのだ。
まるで祖父を思い出すかのように。祖父からの何か預かり物を思い出すかの様に……。
キーン、コーン、カーン、コーン……。
予鈴が鳴った。
ハッとして思い出の中から戻ってきたサヤマは次の授業の準備をしなくては、と慌てふためく。
「イルマくん急ごう! 次の授業は遅れたらダメなんだよ! あ、でも教室は別か! じゃあ私行くから! イルマくんまた明日ね! また明日だよ!」
イルマの返事を聞く間もなくサヤマは颯爽と駆け出していた。
浮き足立っていたのかもしれない。
祖父の形見を初めて誰かに見せて、それを綺麗だと感動していた友人の振る舞いに魅せられて、あるいは少し前にあった発言にだろうか……。
わからない。両方かも知れない。
今日は半日でとても多くの事があったから、こんなにも心躍る事は幾年ぶりの事であるかもわからない。なんだか自分がよく分からないけど、とにかくサヤマは浮かれていたのかも知れない。
"だからこそ"、サヤマの頭とその手にも、それが無いことに気がつかない。
大事な大事な祖父が遺した、たった一つの小さな形見が────。




