第十話
俺が早川に話しかけたのは、一時間目の古典の授業が終わった後だった。
昨日武藤が行き先を決めたのは、すでにLINEで恐らく連絡されているだろうが、俺は謝りたいことがあった。
「早川ごめん。昨日は、悪かった。全部俺のせい」
「……え? なんの、こと?」
本当に分かっていないのか、ただ気にしていない風を装って、俺に気を遣っているのか、どっちなのか判断ができない。
「俺が早川と遊ぶって言っちゃったんだよ。それに対しての謝罪」
「……あ、あー。あれね。別に、全然気にしてないから、大丈夫。むしろ、楽しみだし」
それは本当に思っていることなのか。気を遣っているんじゃないのか?
「じゃあ、和人くん。来週の土曜日、お願いできる? 悪いと思ってんなら、引き受けてよ」
また、あれか。
「やっぱり気にしてた? 悪いと思ってんなら、とか言ってるし」
「いや、そんなことないけどね、和人くんが、申し訳なさそうにしてるから」
「———おっと! やっぱり二人仲良いんだ〜」
「———!!」
背後から突然聞こえてきた陽キャの声に、目の前の早川がびっくりして飛び跳ねた。
「笠原、何しに来たの?」
俺が振り向くと、ボロく所々がハゲた教室に、明らかに浮いている存在がいた。それは、長い黒髪を後ろで縛った髪型の笠原だった。
学校で早川と話したことはほとんど無いから、珍しい光景だと思い、話しかけてきたのかもしれない。
「青野と話しにきた。毎日一回は青野と話すようにしてるし。そしたら、早川さんと話してたからさ」
「うん」
「早川さんとは何繋がり?」
早川とは、接点なんて何も無い。なんでも話していいというなら、身体って答えるけど。
「さぁ? どうだろ。分からない。早川から俺に話しかけてきたから」
ここは早川に全部任せる。俺には手に負えない案件だ。
早川は俺に言われて、びっくりしたような表情を晒した。
あーあ。
でも本当のことなんだ。
「い、いや。その、大人しそうな人だったから、話しやすいな……っと思って……」
今度は不安げな表情で、自信なさげに陽キャである笠原に言った。笠原は悪いヤツじゃないが、陽キャ独特の陰キャが近づきにくいオーラが、身体から噴き出している。
「そっかー。まぁ、納得……かな? よし、早川さん、仲良くしようね。休日に遊ぶ仲になるんだしさ」
笠原は満面の笑みを浮かべ、それを早川に向けた。
早川はドン引きしながらも、ほんの少し、俺にだけ分かるくらい口角を上げて、微笑み返した。
早川の下ろしている茶髪が、窓から入ってきた風になびいた。