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表と裏と④ 力の在処

勧誘活動④で牧野が由香里の家から帰るシーンの会話を、一部加筆しました。

 奇術部の部室の一角にある、パーテーションで区切られた小さな部屋から、ぼそぼそとした話し声が聞こえてくる。

 岸本はその話し声に一瞬気を取られ、操っていたトランプを取り落とした。足元に散らばったカードを見てため息をつき、それらを拾い集める。

 部屋から聞こえる声は、一人は牧野で、もう一人は女性だ。脇田の声ではないから、おそらく牧野が連れてきた一年生だろう。岸本はなるべくそちらを気にしないようにしながら、もう一度カードマジックの練習に取り掛かる。


 彼は入部してから今までずっと、誰よりも早く部室に到着していた。初日は部室の鍵のありかが分からず、30分近く部屋の前で待ちぼうけをくらうことになったが、それ以来他の奇術部員が来るまでの時間は、彼にとって貴重な練習時間になっていた。

 しかし、今日はそうならなかった。職員室で部室の鍵が無くなっているのを見た時は、前に使った人間が返却し忘れているのだろうと考えて予備の鍵を借りたのだが、まさか先客がいるとは思っていなかった。基本的に彼は、HRが終わってすぐに職員室に直行する。今日は比較的ゆくりしていたとはいえ、自分より早く鍵を取るためには、相当に急がなければならないはずであった。


 それほどの用事とは何か。


 彼の頭は、彼の意志とは無関係に、妥当な答えを導き出してくれる。

(例えば、誰もいない部室で内緒の話をする、とか……)

 岸本はやりかけの手品を途中で止めると、顔を手でごしごしと擦った。どうにも集中できない。ぼんやりとパーテンションの先を眺めてから、小さくため息をついた。

 一週間前に牧野と由香里が行った、即席の手品ショーを思い出す。

 彼女がやったこと自体は、単純なテーブルマジックだ。コインを机の上で動かしてみせるという、どこかで見たことがある古典的な手品。しかし、あの条件で即座にあれをやってのけるというのは、ちょっと信じられない。岸本も奇術部に入ってから、基本的な手品については一通り勉強したという自負があった。それでも全く、どのようなトリックを使っているのか、推測すらできなかったのだ。しかもあろうことか、自分と同じ一年生の、自称素人がそれをやったということに焦りを感じていた。

 パーテーションの奥からかすかに聞こえてくる言葉に、「能力」という単語が入っていたように思ったが、それでも、それが意味するところまでは分からなかった。


 もしかすると、今まさに、あの手品のトリックについて話し合われているのではないだろうか。


 岸本の頭にそんな考えが浮かび、聞き耳を立てたい衝動に駆られる。

 少しの間その誘惑と戦った後、彼はゆっくりと首を横に振り、もう一度、目の前のトランプに目を向けた。

「集中、集中」

 彼にとっては珍しいことだったが、意識を切り替えるためにわざと声に出して言ってみる。机の上に置かれたトランプの束を手に取り、軽くシャッフルしてから、カードを一枚抜き取った。表に書かれたハートのクイーンを一瞥すると、元の束に戻して再度シャッフルを始める。

(秘密にするってことは、何か理由があるんだろう)

 だったら、それを聞かないのもまた、同じ奇術部員としての思いやりではなないか。

 自分にだって、聞かれたくないことはたくさんあるのだから。

 シャッフルを終えたトランプの束を机の上に置き、彼はそっと一番上のカードをめくる。そこに描かれた柄を確認して、彼は満足げな表情を浮かべた。

 上下さかさまに描かれた二人の女王が、彼に向かって頷きかけているようだった。



 パーテーションの奥では、机を一つ挟んで牧野と由香里が向かい合っていた。ただし牧野は、メモがびっしりと書かれたノートを見ながら何やら唸っている。

「つまり、安藤さんの能力には、こういう制限があるってことでいいんだね?」

「そうですね……。たぶん、それで全部だと思います」

 牧野が見せてくれたメモを目で追いながら、由香里が頷いた。

 開いたノートの一番上には、短く議題がつけられている。その名も、「能力について」。この漠然とした議題は、万が一ノートを誰かに見られたときに、それが由香里のことだと気づかれないように牧野が考えた結果であった。別になくてもいいのだが、メモを取るときにいちいちタイトルをつけるのは、彼の癖であった。

 なるべく人目につかないようにと、できるだけ早い時間を選んで部室にこもった結果、次のようなことがノートに記入された。


・能力を使うときには、手を体の前にかざす必要がある。

・手で持てる重さ以上のものは、浮かすことはできない。

・浮かすことはできなくても、力をかけることはできる。

・目で見える範囲のものしか動かせない。

・熱いもの、冷たすぎるものは動かせない。

・液体は動かせない(もちろん気体も)。


 牧野は、自分で書いた文章を読み返しながら考え込む。

「これを見るとさ、超能力で動かしているというより、単純に、安藤さんの腕の力でものを動かしているように見えるよな。何ていうか、安藤さんの腕の力を、見たものに作用させることができる、というか……」

 ぶつぶつと言う牧野に対して、由香里はきょとんとした表情を浮かべている。

「え? その通りですけど」

「ん? その通り?」

 今度は牧野がぽかんとした表情になる番だった。何をいまさら、という顔をして、由香里が説明を始める。

「だから、私の力で動かしているんですよ。あ、この場合の力っていうのは、そのまま腕の力のことですよ。能力を使うときには、こうやって手をかざして、見たものを押そうとか、持ち上げようって思って、腕に力を入れるんです」

 由香里が右手をかざして力を入れると、牧野は胸に押されるような圧力を感じた。その力を受け止めながら、彼は思わず「おぉー」と声を漏らす。

「そうだったのか……。いやてっきり、もっと得体の知れない力なのかと思ってた。腕の力か……。なるほど……」

「得体の知れない力じゃなくて、すみません……」

 由香里が申し訳なさそうな表情を浮かべているのに気づいて、牧野は慌てて手を横に振った。

「ごめんごめん、そういう意味じゃないよ。それに、腕の力を使うって言ったって、遠くのものを動かせるってのは、十分得体の知れない力だよ。俺の認識を改めるってだけ」

 彼はもう一度ノートのメモを眺める。

「そうか……。そう聞いてから読み返すと、確かにつじつまが合う。液体や気体は、力を与えても逃げちゃうからダメなんだな。……ん? そういえば、熱いものとか冷たいものは、どうしてダメなの?」

「え? だって、熱かったら触れないじゃないですか」

 由香里の返答に、牧野はしばし言葉を失う。

「……熱かったら触れない、か。つまり安藤さんは、能力を使ってものを動かすときでも、それに触ってる感覚があるんだね? 温度も感じると……」

 そこまで言って牧野は黙り込んだ。何かをしきりに考えている様子だ。由香里はその姿を見て戸惑っていた。自分が言ったことで彼がそこまで考え込むというのが、いまいち理解できなかった。

 そもそも牧野が言ったことは、彼女にとっては当たり前のことなのだ。物心がつく頃から、ずっとそうだった。自分の手でものを掴むのも、能力で掴むのも、彼女にとってはどちらも差がないことだ。「熱いものを触ったら、熱いですよね?」と言ったら、相手がその答えに悩む。彼女にとっては、そういう感覚なのである。


 しばらくして、牧野が何かに気付いたように顔を上げる。

「そういえば、水の中にあるものには、触れるの?」

「それは触れますけど……」

「けど?」

「手が濡れるから、あんまり触りたくはないですね」

 その返答に、牧野はさらに頭を悩ますことになった。


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