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表と裏と① 奇術部の者たち

なぜか「表と裏と②」が先に投稿されてしまったため、投稿しなおしました。

「なんだか緊張しますね」

 隣を歩く由香里は、さっきからしきりに髪を撫でつけている。


 部活終わりのところを迎えに行ったのが、今から15分ほど前のことだ。

 女子陸上部員で満たされているトレーニングルームに入るなど、牧野にとっては初めての経験だった。汗と制汗剤の入り混じった匂いに、自然と下半身が熱くなる。なんとか由香里を連れ出したまではよかったが、他の女子部員たちからはずいぶん白い目で見られた。姿が見えなければ天国だろうに、と思ったことは、由香里には内緒にしていた。

「まぁ、紹介するって言っても、たいしたことはないよ。うちの部長は厳しい人じゃないし、他の部員もそう。もともと、あんまり干渉し合わない部活なんだよ」

 由香里の緊張を和らげようと、牧野は大げさな身振りで説明する。


 あれから三日後、由香里からメールで返事が届いていた。奇術部に入部することはできるが、週に二回程度しか顔を出せないこと。手品に関しては全くの素人であること。景虎が不機嫌になったままで困っていること、などが書かれていた。牧野はそれに対して簡単な返事を書き、奇術部の部員たちに紹介したい旨を伝えていた。

 今日が記念すべき顔合わせの日である。

「まず三年生が四人。部長は豊田っていう人で、一番体格がごついからすぐ分かると思う。副部長は沢村先輩で、眼鏡をかけた痩せてる人。この二人は、けっこう頻繁にペアを組んで手品をやってる。外見は全然違うんだけど、中学の時からの付き合いって言ってたな。で、二年生は俺と、同じクラスの相川ってやつの二人だけ。一年生はまだ一人しかいないんだけど、岸本っていうの、知ってる?」

 牧野に問われ、由香里は首をひねる。

「背が低くて、いつもむすっとした顔をしてる奴なんだけど……」

「うーん……。見たことはあるかもしれませんけど……」

 由香里は眉を寄せて考え込んでいる。

「まぁ確かに、目立つタイプではないかもな」

 牧野はそう言うと苦笑いを浮かべた。黙々と練習に励む、地味な男の姿が頭を過ぎる。

「とりあえず今日は、顔と名前を憶えてくれるだけでいいよ。さっき言った通り、他の人と絡むことは少ないから。ただ、奇術部としてショーをやるときには、皆で舞台を作ったり、お互いに助手を務めたりするんだ。兼部してる安藤さんに頼むことは少ないと思うけど、忙しいときに手伝ってくれると、助かるかな」

 由香里は慎重にうなずいた。牧野はそれを見て、少し罪悪感を覚える。そもそも奇術部は部員の絶対数が少ないのだ。今の三年生が抜けると、部の存続すら危うくなるほどに。

 そういう微妙な事情は、まだ話せない。牧野はそう判断すると、口を閉じて前を向いた。いずれは分かるとしても、ネガティブな情報は、今の段階では伏せておきたかった。

(一歩ずつ、だな)

 自分にそう言い聞かせると、ゆっくりとした足取りで階段を昇っていった。


 ドアを半分だけスライドさせて顔を覗かせると、集まっていた部員たちが一斉に牧野のほうを見る。これから連れてきますから、と言って部室を出ていったから、練習を中断して待っていてくれたのだろう。

「おう牧野、思ったより時間がかかったな。待望の女子部員を連れてきたか?」

「他に女子部員がいないような言い方ね」

 部長の豊田の言葉に、三年の脇田が反応する。薄い顔に栗色のショートヘアがよく似合う、奇術部唯一の女性部員だ。最初はもう一人の女友達と一緒に入部したのだが、その友達が二年生のときに退部して以来、一人で活動を続けている。一見クールだが後輩の面倒見がよく、牧野も入部したての頃は、脇田から手品の基礎を教わっていた。

「いやほら、脇田はもう、あんまり女子ってことを感じさせないし……って、痛っ」

 豊田の足に蹴りが入る。部員たちにとっては見慣れた光景だ。

「……中に入れていいスか」

 牧野が言うと、脇田は追撃の手を止める。防御の姿勢をとっている豊田が鷹揚な声で、「おお、もちろん」と言った。

 後ろに控えている由香里に目で合図を送り、ドアを全開にする。彼女は牧野の脇を抜けて教室に入ると、運動部らしいきびきびした動きで頭を下げた。

「は、初めまして。一年二組の、安藤由香里です。牧野先輩に誘われて、奇術部に入ることになりました。手品のことは全然分かりませんが、よろしくお願いします」

 由香里は一気にそれだけ言うと、頭を下げて部員たちの反応を待つ。一拍おいて、上級生たちから感嘆の声が上がった。

「さすが陸上部に入ってるだけあって、しっかりしてる。岸本も見習ったらどうだ?」

 豊田に水を向けられても、岸本はちらりとそちらを見ただけで、ろくに反応もしなかった。

「背が高いねー。何センチ?」

 脇田が近づいて、由香里を見上げる。脇田で160センチメートルぐらいだろうか。並ぶとさすがに、由香里の背の高さが際立つ。

「170センチ、です」

「すごいねー。手足も長くてうらやましいな」

「そんなことないです。先輩もすごく美人で、大人っぽいっていうか……」

 由香里の言葉に、脇田は目を丸くして笑い出す。

「あはは、ありがとう。いいよ無理しなくて。陸部は厳しい子が多いけど、ここはあんまり、そういうのないし」

「いえあの、決してそういうわけでは……」

 由香里は懸命に取り繕おうとするが、あまりうまくいっていない。もともと脇田は、けなされても褒められても反発してしまうタイプなのだ。

 ちなみに青野台高校の女子の間では、陸上部は「リクブ」、水泳部は「スイブ」など、少しだけ略して言うのが一般的だ。それにどれだけ意味があるかは分からないが、流行というのはそういうものである。

 では奇術部は何というかと言うと、これはそのまま「奇術部」だ。いい略し方がないのと、そもそもマイナーな部活すぎて呼ぶ機会がないという、二つの理由があった。


 そろそろいいだろうと思い、牧野は沢村のほうを見る。沢村は彼の意図を察し、声を上げた。

「よーし、じゃあ自己紹介もしてもらったことだし、こっちの部員も紹介しよう。まずは部長からだ」

 おう、と豊田が右手を挙げる。

「部長の豊田だ。得意な手品は、でかい手と体を生かしての物体消失系だ。ただまぁ、手先はあまり器用じゃないから、失敗することもある。沢村にいつも助けてもらってるよ。陸上部と兼部だと聞いてるから、あまり来れないかもしれないが、よろしく頼む」

 豊田が言ったのに合わせて、由香里も頭を下げる。

「で次に、奇術部マドンナの脇田さん」

「だから、その紹介やめてよ。表現が古い」

 脇田が露骨に嫌な顔をする。

「女子があたし一人で寂しかったのよ。もう大歓迎。よろしくね」

 脇田が差し出した手を、由香里がおずおずと握り返す。何かの感触を感じて手を離すと、そこには袋に入ったチョコレートが出現していた。

「お近づきのしるしってことで。先生には内緒にしてね」

 脇田がウインクする。

「ありがとうございます」

 由香里は頭を下げる。マドンナっぽい、と思ったが、口に出すのは止めておいた。

「次は同じく三年の薬師丸……」

「初めまして。素敵な女性に出会えて光栄です」

 一番右端から、背の高い男が大股で近寄ってくる。緩いウェーブがかかった髪形で、妙に動きが大げさだ。

「スタイルがいいと、舞台での見栄えもよくなるよ。僕と組めば、もっとよく見えるんじゃないかな」

 そう言って手を差し出すと、さっと花を出して見せた。由香里は恐る恐るそれを受け取る。

「あ、ありがとうございます……」

 薬師丸は顔を近づけると、にっこりと笑ってみせる。

「セクハラ」

「ダサッ……」

「ダサい……」

 途端に部員たちから非難の声が上がる。ずっと無言だった岸本でさえも、辛らつな言葉を浴びせかけている。

「うるせーな。ダサいって言うなよ。これくらいやる方がいいんだって」

 振り返ってぶつぶつと文句を言うと、薬師丸は来た時と同じように大股で元の位置に帰っていく。

「ごめん、悪いやつじゃないんだけど……。気を取り直して、牧野は知ってるから……、次は二年の相川」

 沢村に呼ばれて、相川は不機嫌そうに立ち上がる。

「俺は入部したときから、牧野と組んで手品をやってる。牧野の助手って聞いたけど、それはつまり、俺の助手ってことにもなるから。兼部だからって、あんまり適当なことはやらないでよ」

「は、はい。頑張ります」

 面食らったような表情の由香里が頭を下げる横で、牧野は小さくため息をつく。沢村は苦笑しながらその光景を見ていた。

「次は、一年の岸本」

 呼ばれた岸本は、由香里を一瞥すると、申し訳程度に頭を下げる。

「知り合い……ってわけでもなさそうだな。まぁ、こいつは誰にでもこうだから、気にしないで」

 由香里も困惑気味に頷く。

「で、最後に俺が、副部長の沢村。まぁ、部長がこんなだから、事務的なことは俺がほとんどやってる。何か分からないことがあったら、俺に聞いてくれれば早いよ」

 よろしくお願いします、と、由香里はまた頭を下げる。全員の自己紹介が終わると、部室にはリラックスした空気が流れる。

「今日は顧問の先生が来れなくなっちゃったから、また今度紹介するよ。ていうか、もう知ってるんだっけ?」

「あ、はい。入部届を出すときに一度……」

「じゃあ大丈夫か。ほとんど来ないから、あんまり覚えてなくてもいいけど」

 沢村はそう言って笑う。

「今日はもうあんまり時間がないし、適当に過ごしてていいよ。特に決まったメニューはないんだ」

「ショーは自分たちで構成を考えるし、手品は基本的には個人技だから。組んでやるときなんかは、その都度打ち合わせをするんだ」

 牧野が横から補足説明をする。由香里が頷いていると、突然相川が、「そういえば」とわざとらしい声を上げた。全員がそちらに注目する。

「安藤さん、だっけ。君、何か得意なことがあるんだろ。手品に使えるような。それで牧野がスカウトしたって聞いたけど、せっかくだし、今ここで見せてくれない?」

 突然の提案に、由香里は混乱した表情で牧野を見る。牧野は危うく舌打ちしそうになるが、ぎりぎりでそれを堪えた。

(こいつ、最初からこれを言うつもりだったな)

 牧野がきつい視線を向けても、相川は涼しい顔をしている。

「へー、そうなんだ。手品に使える特技ってなになに? 私も見たいな」

 脇田も乗り気である。気付けば、部員全員が由香里に注目していた。

 周りから好機の目を向けられて、由香里は思わず顔を伏せる。牧野は彼女の唇が震えていることに気が付いた。

(何とかしないと……)

 牧野は、全員の視線から彼女を遮るように一歩前に出た。

「よーし」

 両手を揉み合わせながら、全員の注目を引き受けるように声を上げる。顔には笑みを貼り付け、ぐるりと部員たちを見回した。

「じゃあ、ちょっと準備をさせてもらえませんか。簡単な打ち合わせをするんで、その間に机を一個出してもらえると助かります」

「どの机でも、俺らが選んでいいのか?」

 豊田の問いかけに、牧野は軽く頷いてみせる。

「どれでもいいです。あ、変な仕掛けはしないでくださいよ」

 そう言うと由香里に目で合図を送り、教室の外に出るよう促す。部員たちが動き出したのを見届けて、牧野は後ろ手でゆっくりとドアを閉めた。


「ごめん」

 開口一番、牧野は由香里に謝る。

「相川には一度説明したんだ。あ、いや、君の力はさっきもあいつが言った通り、手品に使えるすごい特技、とだけ説明したんだけど……。まさかここで言い出すとは思わなかった」

 由香里は手で胸のあたりを抑えると、牧野に向き直る。

「こちらこそ、すみません。突然だったので、びっくりしちゃって……」

 そう言ってから、彼女は何度か深呼吸を繰り返した。

「実を言うと、ここで牧野先輩の手伝いをやる以上、誰にも何も言わないでいることなんてできないって、とらにもきつく言われてたんです……。私も覚悟してたつもりだったんですけど、いざとなると、頭が真っ白になっちゃって……。今は、だいぶ落ち着きました」

 牧野はそれに頷くと、部室の方を振り返る。

「みんなにああ言っちゃった手前、何もやらないで終わることは、たぶんできないと思う。だから今回は、責任とって俺が何とかするよ。安藤さんは俺が言う通り、何かやってる風に演技してくれないかな? ちょっと先輩たちの目が怖いけど、やるしかない」

「……いえ、待ってください」

 そう言われて顔を戻すと、今までとは違う、静かな決意を秘めた目が彼を見つめ返していた。

「……私、やります」

「……ホントに?」

 彼女はゆっくりと頷いた。

「だっていずれは、もっと大勢の人の前で力を使うことになるんですよね? ここでできないようなら、本当に大事なときにだって、きっとできません。それに……」

 彼女は一度言葉を切ると、どこか不敵な笑みを浮かべた。


「それに先輩、これから私は、手品を、やるんですよね?」


 強気な言葉に、牧野は訳も分からない衝動が込み上げてくる。

「なんだよ……、俺よりよく分かってるじゃないか。そうだよ。ここで俺がビビッててどうすんだって話だよな……。よし、安藤さんがそう言ってくれるなら、俺にも考えがある」

 牧野は由香里の目を見て頷き返すと、これから行う「手品ショー」の計画を、詳しく説明し始めた。


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