第2話~ルカージュの現状と戦争の謎~
女神様から説明とスキル付与を受け、斎藤俊介はいよいよ異世界「ルカージュ」に降り立つ―
女神に転送され、俊介はまばゆい光に包まれた。そして光が収束するとともに誰かの声が聞こえ始めた。
「(…異世界に着いた…のか?確か先に女神様のところに寄ったことは秘密なんだったよな。ボロが出ないようにしないと…)」
そんなことを考えていたら一番近くに居た女性から声をかけられた。
「勇者様!」
そう言いながら女性が駆け寄ってくる。
「えっ…と、ここはどこですか?俺は確か家にいたはずなんですけど…」
俺はぼろを出さないように注意しながらとぼける。
「あぁ勇者様!よくぞおいで下さいました!ここは貴方様がいた世界とは別の世界「ルカージュ」です。私達の力だけでは問題を解決することが出来ず勇者様のお力をお借りしたく、身勝手ではありますが召喚させていただいた次第なのです」
女神様が言っていた通り、現地の人達では解決できない状況になっているようだ。
(あぁ良かった。中には呼んでおいて偉そうにしたり、こっちを捨て駒のように扱うような物語もあったからその辺不安だったけど、この世界はそういう心配はなさそうだな…)
異世界物ではたまに勝手に呼んでおいて呼んだ相手をゴミを見るような目で見下してくる人達もいるけど、どうやらルカージュはそういう感じではないらしい。
「…別の世界…ですか?それは帰ることはできるのでしょうか?私勇者でも何でもないただの一般人ですので…」
「えっ…勇者様ではないのですか?でも召喚する対象にちゃんと「勇者に相応しい人」と設定したはずなのですが…」
勇者ではないという俺の言葉に女性は動揺を隠せないようだ。
「そう言われても…」
色々と知っていることがバレないようにとぼけていると、今度は別の男性が話に入って来た。
「いえおそらく勇者様がわかっていないだけで、潜在的に勇者の素質があるに違いありません。召喚魔法は緻密な術式です。間違って召喚するなどあり得ないはずですから」
「そうよねルイス!勇者様!やはり貴方様は勇者様です。今はまだ気付いていないだけで、貴方様の中にはちゃんと勇者としての力が眠っているはずです!だからそれをまずは目覚めさせましょう!そうよね、ルイス?」
「はい、ミツキ様。勇者様の世界ではこちらでいう魔法がないはずですから、不要な力として眠っているのだと思います」
「じゃあその力を早速起こしましょう!」
召喚した存在を置き去りにミツキとルイスはどんどん話を進める。
(俺を置いてきぼりに勝手に話を進めるなぁ。女神様から諸々聞いていたから良いけど、普通なら混乱して大変だぞ。何か面白くないから少しイジワルしてやるか…)
「えーっと…盛り上がっているところ悪いんだけど、俺今すぐ帰りたいんだ。とりあえず再度別の相応しい人を召喚してもらうとして、俺を今すぐ元の世界へ返してくれないかな?」
「!!お、お待ち下さい!勇者様!」
帰りたい旨を口にしたら女性の方がものすごい勢いで詰め寄って来た。
「えっ…何?」
あまりにも詰め寄ってくるから、俊介は思わず素で驚いてしまった。
「召喚魔法は魔力を溜めるのに時間がかかるのです。ですから帰るにしても今すぐというわけにはいかないのです。また勇者に相応しい人物はそう簡単に見つかるわけではありません。実際勇者様を見つけるまで1年近くかかりましたから…」
せっかく見つけた勇者をどうあっても返したくないようだ。
「そうなんですか…」
(女の子が慌てる姿が可愛いからもっと見ていたいが、まぁこれくらいにしておこう)
「わかりました。では今すぐ帰るのは諦めます。ですが帰るのを諦めたわけではありません」
女性が慌てる姿を堪能しつつ、話を合わせる。
「ありがとうございます。今はそれで構いません。では召喚と慣れない地に疲れたでしょうから、部屋を用意させますので今日は城でお休み下さい。」
「城?ここはどういった場所なんですか?」
「そうですね、では部屋にご案内した後に諸々の説明をさせていただきます」
(いやそこ大事なところだろ!とも思うが、相手も召喚で手一杯だったんだろうし、俺はその諸々の事情を知っているからまぁ良しとしよう)
こうしてひとまず召喚儀式は無事に終わり、俊介は異世界「ルカージュ」の現状の説明を受けることとなった。
3人は軽く自己紹介をしたー
まず召喚者はミツキ。この国の王女であり数少ない召喚術師である。
次に補助者がルイス。ミツキの副官であり、暴走しがちなミツキを日々全力でサポートしている。
最後に被召喚者が斎藤俊介。ルカージュとは別の平和な世界「地球」で主夫として日々家事に育児に奔走している。
自己紹介が終わったところで異世界「ルカージュ」の現状と俊介にお願いしたいことの説明がされた。
「まずはルカージュの現状からご説明します。ルカージュは歴代の魔王様と精霊王様が協力して統治し、元々は平和な世界だったのです。ところがある時現在の魔王様がいきなり精霊王様に対し宣戦を布告し、世界は魔王派と精霊王派にわかれ戦争の絶えない暗黒の時代へと突入してしまったのです」
ミツキがルカージュの現状を説明する。
「…なんで魔王が精霊王に宣戦を布告したかってわかっていないの?」
自己紹介後から俊介は素で話すようにした。
「はい…理由は誰にも分らず、当の精霊王様にも分らないらしいのです…」
「そうなんだ…でもいきなりって不自然だから何か理由がありそうだよね」
俊介は現状までの流れを聞いて気になったところをとりあえず指摘した。
「そうですね。でも本当に誰も知らないのです」
「…?魔王に聞けば良いんじゃないの?」
「それはそうなのですが、なにせ力では魔王様の方が精霊王様よりかなり上で、未だに誰も聞き出せないのです」
「それは話し合いに応じないってこと?」
「はい。魔王様が乱心した当初に俊介様と同じように理由があると思った人達がいて、魔王様に接触し聞き出そうとしたのですが、全く聞く耳を持たずに返り討ちに合ってしまったらしく、それ以来誰も魔王様に聞き出そうとはせずむしろ討伐対象となったのです」
「話し合いができないならいっそ滅ぼしてしまえとなったわけか…何か短絡的だね」
「おっしゃる通りです…」
そうミツキに言い放つと、今まで口を挟まなかったルイスが初めて口を出してきた。
「お言葉ですが勇者様。現在の魔王は歴代魔王の中で最強でありとても危険な存在で、話し合いができないのであれば倒すしかないのです」
ミツキを責めたことが気に入らないのか、ルイスは口調を強めにして話に割って入って来た。
「そうは言っても相手はまだ若い女の子なんだろ?寄ってたかって攻撃するのはかわいそうじゃないか…」
「…俊介様。何故魔王様が女性だと知っているのですか?」
俊介のミスを聞き逃さず聞き返すミツキ。
(やっべー!ボロが出た!何とか誤魔化さないと!!)
「あー、俺の元いた世界にも異世界が舞台となっている物語があって、こっちに来る直前に読んでいた話に出て来る魔王が女性だったから、それでこっちの魔王も女性だと思い込んでたわ…」
俊介は最初からある程度事情を知っていたことがバレないように頭をフル回転させ何とか誤魔化そうとする。
(これでは苦しいか…?)
「俊介様の世界にもそういう物語はあるのですか?平和な世界と聞いていたので戦う系の物語はないのかと勝手に思っていました」
「いやむしろ平和だからこそそういう物語が好まれるんだよ。自分もこんな風に戦ってみたかったとか、こんな風に活躍して見たかったとか…ね」
(あぶねー。何とか誤魔化せたっぽいけど、もっと気を付けないとな)
どうやらミツキは俊介を信用しているらしく、疑おうとしない。
「そうなんですか。平和だと逆にそうなるんですね…あっでは話を戻します。それではルイス続きを」
脱線してしまったので話を戻すためにミツキはルイスに話を振る。
「はいミツキ様。それで私達人間にも分け隔てなく接してくれる穏やかな精霊王様側に、私達人間は付くことになったのです」
「なるほどね。それでそれぞれの勢力の被害とかはどうなっているの?」
被害状況が気になり俊介はルイスに確認する。
「被害については精霊・人間側が圧倒的に被害が出ています。特に魔族・精霊に比べて弱い人間の被害が大きいですね」
「ふむふむ。それで徐々に魔族側のテリトリーが精霊・人間のテリトリーを侵食されているって感じか」
「いえ、それが領域に関しては魔王が乱心する前から変わっていません。何とか食い止めている形です」
よくある異世界物の序盤の流れと同様な感じかと思ったが、どうやら違うようだ。
「えっでも被害はこちら側が大きいんだよね?」
「はい。それが何故か魔族達はこちらの領域を責めようとはせず、あくまでこちらが攻め入った時に迎撃するにとどまっているのです」
「んん!?魔族側の方が力があり、現に被害はこちら側の方が大きく、そして話し合いには決して応じないのに、相手は自分達から攻めようとはしないってこと!?そんなことあり得るのか…」
今まで読んだ異世界物にはない展開に混乱する俊介。
「奴らは自分たちの力を過信しており、どうせいつでもこちらを滅ぼせるからということで暢気に構えているんですよ!邪悪な魔族らしい考えです!」
混乱する俊介をよそに、ルイスは魔族=悪ということで話を続けようとする。
「でも以前はその魔族と協力してこの世界の平和を保っていたんだよね?」
「きっと機会をうかがっていたんですよ!そして歴代でもっともお優しい現在の精霊王様の代に、歴代最強の魔王が即位したからここだ!と思い、宣戦を布告してきたんですよどうせ!」
(ルイスは魔族に対し嫌悪感を抱いているようだ。でもそれでは冷静な判断はできないだろう。大丈夫なのか…?)
「ちなみにミツキも同じような考えなの?」
ふと気になった俊介は、蚊帳の外状態のミツキに話を振ることにした。
「えっ!私ですか!?」
(どうやらぼーっとしていたらしい。王女がこれで大丈夫なのかこの世界は…)
「私は何か魔王様にそうせざるを得ないような理由があるのではないかと思うのですが、一向にそれを話すそぶりもなくこちらに責めてこないとはいえ、攻め入った人間も精霊も容赦なく攻撃してくるので…」
「魔王を信じきれない…ということか」
「はい…」
ミツキはルイスほど魔族を悪と決めつけてはいないようだが、状況が上京だけに魔族を信じ切ることができないようだ。
「ん~…流れ的にそうなるのはわかるんだけど、なんか引っかかるんだよな…」
「どういうことですか?」
「流れは確かに魔王=悪という感じなんだけど、そうなった理由が全く見えない。いきなり変わったわけだからその時何かがあったはずなのに、それを話さないというのが引っかかる。それまでの関係を捨て一方的に宣戦布告するなら、普通何か要求を言って来ると思うんだがそれもない。それに宣戦布告しておきながら、責めてくることがないのもおかしい。普通宣戦布告したなら攻めて来るだろう。それをしないということは、攻めることが目的ではないということになる。」
(となると何かに気が付かせたくて宣戦布告したと考えるのが妥当か。だが何に気が付かせたいんだ…?)
「そういえば元々仲が良く統治していたという話だけど、精霊王も女性なのか?」
ふと魔王と精霊王の関係が気になりミツキに聞いてみた。
「いえ精霊王様は男性です。そして魔王様が宣戦布告する前のお二人は夫婦でした」
「…は?夫婦?」
まさかの夫婦だった事実に俊介は驚く。
「はい。そしてお二人には子どもが3人います。」
「…」
「さらに言えばその3人の子どもは魔王様側に付いています」
(………んん!?おいおい…これ何だか見たことある状態だぞ…それも元の世界で)
魔王と精霊王の関係を聞いた俊介はあることに思い至る。
「勇者様?どうなさいました?」
「いや何でもない」
(これは魔王に直接聞くしかない。女神様にもらったチートスキルがあれば俺単独で魔王に会いに行けるか?それにしてもこの世界の誰も気が付かなかったのか…)
色々と聞いた状況から色々と推測を立てた俊介は魔王に会いに行くことを決める。聞いた内容は少ないが、女神様から引き上げてもらった情報分析スキルのおかげで俊介の考えはどんどんまとまっていく。
「そうだミツキ」
「何でしょう?」
「俺の力は眠っているって話だったじゃん?それ呼び起こすことってできるの?」
(力を呼び起こす流れで俺の能力がこの世界でどれくらいの位置にあるのかをきちんと把握しておかないとな…)
「協力して下さるのですか!?」
力に興味を持った俊介に喜びを隠せないミツキ。
「あぁまぁ、ここまで話を聞いておいて知らんぷりというわけにもいかないしな」
(そういえば元の世界に戻せと言ったんだった…忘れてた)
「では今日はもう遅いので、力を解放させる儀式は明日行いましょう!」
「わかった」
「ルイス、準備をお願いね」
俊介が前向きな姿勢になったことがとても嬉しいらしく、ミツキは嬉々としてルイスに指示を出す。
「かしこまりました」
「それでは俊介様!長話でお疲れでしょう。今日はごゆっくりとお休み下さい」
「あぁお休み」
「お休みなさいませ」
こうして俊介の異世界召喚初日が終わったのだった。…一抹の不安とともに―