道中
遠くに見える山脈はヴァンパイアの治める地。その手前には西風の街フリズが、さらにその手前には今ふたりが目指す農村がある。見渡す限り周辺一帯は、緑の多いのどかで雄大な土地である。
「目指すは人里!」
メルテロリスは張り切って大股に歩いている。道はなくとも足元は柔らかな草原。足取りは軽く、人ひとりと自走椅子を背負ってるとは思えないほど軽快だ。
いくらか進むと、踏み固められた道路に出た。恐らく農村に繋がっていると思われる。道も安定しているため、リアンは自走椅子に戻り、メルテロリスがそれを押して進む事になった。
「奴隷商人に会えるまで、それっぽく動く事にしたぜ。なんかあれば言えよ」
「それは有り難い」
リアンはふと、生前を思い出す。生前の配下達もまた、よく椅子を押してくれた。魔動式であったから指先の操作で簡単に動いて、ほとんど疲れもしないのに。彼らは従者のロウの真似をして、自分もと押したがった。誰かが自分の為に動いてくれるというのは心地よい。人一倍他人の助けを借りる機会の多かったリアンであるから、その有り難みは十二分に理解している。父が亡くなる少し前、様々な理由によりリーヴェレイドが魔王になる事に危機感を抱いていたリアンが、自ら魔王になると決意した最後のひと押しは彼らへの感謝だった。武力を重んじる者等から不遇されていたリアンを支えてくれた配下達に、誇れる主であろうと。
「……あの山脈」
「おん?」
「あそこはヴァンパイアの領地だったな」
「そうだぜ。ヴェール領だ」
ヴェール領。リアンはその山脈を知っていた。国の東部に存在する、大陸の二大ヴァンパイア勢力のひとつ。守護の国領土唯一のヴァンパイア領。三人の大公──ヴェール御三家が治める領地である。かつてその領地から離れて、リアンに仕えた男がいた。
ヴェール領では、頂点に君臨するヴァンパイア、ヴェール御三家により伝統のある身分階級社会が守られ続けている。そのピラミッドの頂点から底辺までほとんどヴァンパイア系魔族で完結し、そこで生まれたヴァンパイア系魔族には常に幾通りかの進むべき道が用意されていた。支配者と被支配者の明確な関係がそこにはあり、大方は成功しているというのがリアンの見方だ。ヴァンパイアは傍系になればなるほど気ままで欲が薄い。大抵の者はその道を進んだ先の幸せを甘受して過ごしている。その為その道を自ら外れ、ヴァンパイアの血統の者がヴァンパイアの支配する領から出ていくという事は珍しい事だった。あの男は今、故郷ヴェール領に帰っているのだろうか。
「……恐らく、知り合いがいる。ヴェール領に」
「え?あんたもヴァンパイアの知り合いがいるのか?……ま、まさかあんた、ヴァンパイアなのか!?」
メルテロリスが椅子から手を離し、飛び退くようにして草原に逃げた。それを横目で確認したリアンは、不思議に思いながら自走椅子をそちらに向ける。
「何を焦っている。……そう見えるか?」
ヴァンパイアの外見的特徴は明確だ。銀色の髪と紅い眼。白髪は多少ヴァンパイアの色に近いかも知れないが、白い眼はヴァンパイアのそれとははっきりと違う。メルテロリスもヴァンパイアの特徴の事は知っていたのか、気まずそうに道へと戻ってくる。
「……見えねえ……。あ、でも眷属……とか?」
「私がヴァンパイアの眷属かと聞いているのなら、違う」
「そ、うか。ならよかった」
何かしらの懸念が晴れたのか、メルテロリスは元通りリアンの自走椅子を押して進みだした。リアンは気になって問いかける。
「ヴァンパイアが苦手なのか」
「そう、だなあ……。ヴァンパイアが苦手っていうか、なんていうか……」
「……」
「……」
歯切れの悪い答えを残したままメルテロリスは黙り込んでしまった。カタカタと自走椅子の鳴る音のみが暫く続く。
飲み込むくらいなら吐き出してしまえばいい。その口から何が飛び出してこようと、さして問題にはならないだろうと、リアンは考えた。
「会った事があるのか、ヴァンパイアに」
「まあ、ある」
「ではヴェール領にも行ったことがあるのか」
「いや、そのヴァンパイアは分領に住んでたから……」
「ほう。分領に?あそこは山奥で観測所以外何もないだろう」
「あの山はよく雷が落ちるって聞いたから、雷魔術の訓練に良いんじゃねえかなって立ち寄って、暫く世話になったんだ」
メルテロリスは浮かない声でそう言った。
雷魔術の訓練とは懐かしいと、リアンは古い友人を脳裏に描く。リアンも昔、友人に雷魔術を教わったことがある。しかし雷魔術は空魔術を発展させた魔術。現在のリアンは四素魔術だけでなく、四素魔術から発展した魔術も使用出来ないため、現在は使う事は出来ない。
「雷魔術か。使い手を選ぶ魔術だろう」
「まあそうだな。発動するかも割と運次第だし、自爆しやすいし、雷自体なんなのかよく分からねえし」
「はは。散々ではないか」
「笑うな!」
雷魔術がいかに難しいものか、けれどそこにこそ可能性があるのだと、メルテロリスは長々語る。比較的新しい魔術であること、まだ研究が進んでいる途中だということ、継承してくれる先駆者がいないことなど。駄目なところばかり語る様は滑稽で、実験をしては自らに駄目出しばかりを繰り返していた友人と重なった。
「だから色々やってみなきゃ分からねえのによ、家の奴らと言ったら!お前は暴発するから雷魔術を使うなって言うんだぜ?だから俺は旅に出たんだ。雷が降る山があるって聞いてな、そこで鍛えて雷魔術を完全に俺のものにしてやるんよ!って」
「そうか」
そしてその雷の降る山はヴァンパイアの分領地だったと言うわけだ。ヴァンパイアは涼しい場所を好む。大陸の南側にあるこの国のヴァンパイアは、心地よい環境を選んで比較的涼しい山の上に住んでいる。
その山のヴァンパイアと何かあったのだろうと想像できるが、リアンとしてはそのヴァンパイアが何をしたか、はたまたメルテロリスが何をしたのか、とても気になるところだ。
「あ?なんだあれ。火事でもあったのか?」
ふいにメルテロリスが足を止める。メルテロリスの示す先には、何か黒い残骸のような物が見えた。元は道沿いにあった建物だったのだろうか、近づくにつれ地面に煤けたようなクズが増えていった。
「随分大きな建物だったらしい。二棟あるな。周りの草むらも焼けてしまっている」
「なんかグラウンドみたいなのもあるぜ」
現れたのは黒く焼け焦げた半壊の建造物と恐らくその残骸。そしてそれらを囲っていただろう柵の燃えカスや所々破壊された石の塀など。周囲の草原も広範囲で焼け野原と化していて、とても悲惨な状態だった。既に時間が経っているらしく、火の気や匂いなどは無かったが、かといって何年も経っているようには見えない。雨ざらしになっている建物内部の床には尖ったガラスが散乱していた。
「うわ、反対側もひでえな。壁とか全部崩れてるぜ」
「さすがに人は居ないようだ」
「だなー。まあ建物がここにあるってことは、農村も近いんじゃね?今日はここで休もうぜ。あの辺りはガラスが無さそうだ」
「そうしよう。そろそろ日も傾いてきた」
燃え残った建物の隅に陣を取り、リアンは二人を包むように半球の結界を展開した。メルテロリスはそこらにあった焦げた木の板で細かい瓦礫を押しやり、リアンの隣に自分のスペースを確保する。
「ん〜座るとさらに腹が減るぜ。その辺の草とか食えねえのかな……」
「美味くはないだろう」
普通の雑草だ。火も水も無い状態では厳しいものがある。
メルテロリスは話しながらも着々と使えそうな資材を集めて床に敷き、寝床を作った。薪のようなものを組んで、リアンに火を要求する。
「火焚こうぜ。小さめに出してくれ」
「悪い。火は出せない」
「え?……げ。まさかあんた火魔術適性なし?」
「ああ。悪いが水も駄目だ」
「ええ!水も?え、まじ?そんな事あるのか?四素魔術のうち2つも??大変だなそりゃ。……え、まじ?そんな人いるの?本当に?」
何度も確認してるメルテロリスに一々頷いてやると、メルテロリスは目を丸くして驚いた。
「全く使えないのか?【火球】も?」
「全く駄目だ」
「まじかよ……教えてやろうか?俺、雷魔術が専門だけど普通の火魔術くらいなら使えるぜ?」
「昔は使えたのだ。それこそ雷魔術も。だが今は全く使えない。こういう時には不便だ」
「不便て、あんたそんな軽く……。え、今雷魔術使えたっていったか!?」
メルテロリスは飛び起きてリアンに詰め寄る。リアクションが大きいと疲れるのではないかとリアンは心配になった。
「昔の話だ」
「すげー!俺、初めて会ったぜ!俺の一族以外で雷魔術使ってた人!」
「ほう?」
「意外と居ないんだぜ、雷魔術使うやつ!なあその話聞かせてくれよ!」
日も落ちて辺りは暗くなってきているというのに、メルテロリスの目はキラキラと輝いているように見えた。興味津々と顔に書いてあるそれを無碍にするわけにもいかず、リアンは当時の事を思い出しながら友人に教えられた事を話した。
彼曰く。雷は空を走るエネルギーである。それと同時に光である。流れるものであり、進むものである。雷は空において異質のエネルギーであるが、同時に魔術で再現可能な現象である。空気中にその速さを上回るものは果たして存在するか。空の中で速さを極めれば雷に行き着く。雷を極めた先に、何より速く敵を貫く自在の刃がある。
「彼は雷魔術を体系化するために雷魔術を研究していた。その腕前も秀逸だ。私は精々大型の獣を一匹仕留められる程度の雷撃しか習得出来なかったが、彼は何より速く、そして強かった。例えば……地平線にいる魔牛の群れを一瞬で焼き払って戻ってくる。それくらい容易にしてみせる奴だった」
「す、すげ〜〜〜!!桁が違うぜ……!信じらんねえ!けど嘘だなんて思わねえぜ、雷魔術は凄いんだ。俺だっていつかはそれくらいサクッとやってみせる!」
テンションの上がったメルテロリスが飛び跳ねて枷についたアジャスターがカチャカチャと鳴った。
「あ〜バチッとやりたい!魔法が使えりゃその辺でソウゲンウサギでも獲ってこれるんだけどなあ腹も減ったし」
「狩りができるのか」
「……希望的観測に基づいてる」
「……火事になりそうだ」
雷で野を焼くのは遠慮してもらいたい。
「うるせ!てかあんたは腹減らねえのかよ」
「今のところ食事が必要だとは感じない。多少喉は渇いた」
「まじ?喉渇いただけ?あ、そういう一族なんか?」
「さあ。どうだろう」
「どうだろうっておい」
手作りの寝床に戻って薪で火をおこそうとしているメルテロリス。調理するものも無ければ暖を取らねばならぬほど冷えているわけでもない。それでも野宿に火を焚きたくなるのは何故だろう。リアンはメルテロリスに鞄から取り出した上着を渡した。掛け布団代わりだ。
既にあたりは赤紫の夕焼けに染まり始めていた。
「隠している訳ではない。知らないのだ」
「え?親とか家族はどうしてんだ、食事」
「皆違う種族だ。親はお前と同じ有角族だった」
「……複雑だな」
「複雑だ」
一度死んで生き返ったらこの姿だったのだ。
「じゃああんたもそれで家出?」
「お前、家出だったのか」
得心がいったような、意外なような。リアンはつい質問で返す。シンプルな前開きの上着を羽織って小枝と格闘していたメルテロリスはピシリと固まった。
「ぐっ!言葉の綾だ……俺は旅に出たんだ!」
「そうか。歳はいくつなんだ」
「……√四百九十」
「約二十二か。まだ角が生えきったばかりではないか」
二十二歳と言えばようやく身体が大人と同等まで成長した頃。リアンが思っていたより十以上は若かった。有角族水準では成人まであと十八年もある。
「おい簡単に解いてんじゃねえよ!誤魔化そうとした俺が馬鹿みたいじゃねえか」
「誤魔化そうとするということは、自覚があるのか。二十二で一人旅とは褒められたことではない。せめて四十まで待てば良いものを。両親も心配しているのではないか」
メルテロリスの家族が今も彼を探さしているのかと思うと、リアンの胸も痛くなる。夕闇に染まった視界の物悲しさも相まって、二人の間の空気も重くなってしまう。
「いいんだよ親なんて。あんただって嫌になったことないのか?親だからって俺のやりたい事の邪魔ばっか!俺だって一人の魔族なんだぜ?もっと尊重してくれていいはずだ。なのに奴ら格式だ品格だなんだ押さえつけて否定して!俺はただもっと実験と訓練をしたかっただけ!」
「……そうか」
メルテロリスの家族の事情を、リアンは知らない。けれど家族から愛情を否定される事のやるせなさは十分知っている。どんなに愛情を抱き、相手を思っていても、時にそれは鎖や楔となって相手を苦しめる。メルテロリスにとって両親のそれはきっと受け入れ難かったのだろう。
どちらかと言えば両親の方に歳が近いであろうリアンは、無意識に親の立場に自身を投影してしまう。メルテロリスが両親を否定しているように、リアンの弟、リーヴェレイドもまたリアンを否定したかったのだろうと。愛情の有無など彼らの側にはほとんど意味がない。愛情があろうとなかろうと、彼らは自分の考えを持って行動し、それを妨げる者を嫌悪する。それは自然なことなのだろう。リアンは苦い気持ちでメルテロリスの話を聞いた。
「……」
「……この話、分領のヴァンパイアにもしたんだ。そしたらやつはさ、屋敷に入れてくれて、暫くここで過ごしていいって。大人が理解してくれたのが嬉しくてさ、俺、壁掃除とか害獣駆除とか率先して手伝ったりして。そんで一緒にやってた下働きやつらとも仲良くなれたと思ってて……」
「……そうか」
メルテロリスは小枝を投げ出して寝床に転がった。
「……けど、全部茶番だったんだよな」
「茶番?」
「……」
「……」
「……寝る。交代の時起こしてくれ」
「……結界を張っておく。ここから出なければ大丈夫だ」
「珍しいな、結界なんて」
「得意分野だ。ゆっくり休め。今日はありがとう」
「んにゃ……うん、おやすみ……」
「おやすみ」
日も沈み、辺りは闇に包まれた。見上げると、焼けて吹き抜けになった天井部分から繊細な星空が覗いていた。
リアンは暫くそれをじっと眺めた。時折風が草原を鳴らす音と、遠くの生き物の鳴き声。穏やかで、平和な時間。
リアンはふと、レイから贈られた腕飾りが少しだけ発光している事に気がついた。それを指先でなぞり、今日が無事終わった事を報告する。届いてはいないだろう。そういった機能のついた腕飾りではない。ただ、そういう気分だった。
ありがとうございました。




