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▽かつての友

 

 かつての魔大陸。まだ十柱魔王が存在せず、大魔王一人が大陸を支配していた時代。

 本来なら華々しく花が咲き誇るはずの、魔王城の枯れ果てた庭園で、真っ黒な髪と角を持つ青年が空を眺めていた。その手には白銀色に輝く大槍。この戦乱の時代、誰しも肌見離さず武器を持ち歩いていた。


「……フルフーレか」

「ありゃ。バレた。相変わらず勘がええな、王子」


 青年の前に姿を現したのは、刺々しい麻色の髪と鹿のような角を持った筋肉質な男。その手に棍棒のようなゴツい長杖と、甘い香りのする籠を携えて。男の名はフルフーレ。青年を幼少期から知る元研究者だ。


「ほら、料理人がリンの実を煮てくれた。食おや」


 フルフーレは青年によく煮えた果実を押し付け、自身も一口でそれを頬張った。二人とも既に成人し、食事を必要としない身体ではあるものの、食事をすればその分筋肉が付くと言う者もいる。戦力として期待されている二人には、戦時下としては十分な食料が与えられていた。


「……今度は誰が死んだんや」

「……五番目の兄だ。厄災者に、奇襲をかけたらしい。しかし敗北を悟り、兵を半分逃して死んだ」

「そか……」


 血を分けた兄弟が死んだと口にしたその青年の声は、いやに淡々としたものだった。事務的に果実を噛み砕き飲み込んで、青年はため息をつく。腹が少し重くなった。それがどうにも不快に感じて、青年はさっさと消化しようと立ち上がる。


「付き合え。山に行く」

「あいよい」


 無愛想な誘いに、フルフーレは当たり前のように応じる。

 青年は濃厚な魔力を纏い、大槍にも魔力を注ぎ込んだ。大槍に刻まれた魔法陣が淡く輝く。


「え、転移で飛ばないんか?」

「走る」

「あー……いよい。じゃ吾も」


 フルフーレも魔力を纏い、術を編んで全身の細胞を魔力に置換していく。


「【雷人化】」


 全身を発光させたフルフーレの体がフワリと宙に浮き上がる。

 一時的に体を擬似雷のように変化させるフルフーレのオリジナル魔術である。動きはブレやすくとも、光に近い速さで行動できる。

 大魔王の血族随一の戦士である青年すら凌駕するその光速の魔術は、フルフーレの十八番だった。


 フルフーレは雷のまま空を切るように飛び、青年は空中に並べた球体の結界を足場に駆け、二人はほんの数十秒後には首都から外れた岩山に到着していた。

 その性質上、結界はほとんど摩擦を生まない。つまり、大きく張った結界の上を走るなどという事は出来ない。故に青年はこんな超人技で移動しているのだが、例えるなら青年は、空中に連続に並べられた油でヌルヌルの鉄の玉を足場に落下しないよう全力で駆け抜けている様なもの。無論、並の者に成せる芸当ではなかった。


「相変わらず……流石王子やな」

「お前の速さには負けるがな」


 フルフーレから少し遅れて地面に降りた青年は、大槍を構えてフルフーレを見据えた。


「三本勝負だ」

「お受け致しますよい」


 流れるように、二人の手合わせは始まった。

 目にも止まらぬ攻防。青年の白銀色の大槍の輝きと、フルフーレの纏う雷が混ざり合うように煌めく。地表で煌めいたかと思えば、山の遥か上層へ、下層へ、時には天空へ。バチバチと雷の弾ける音が響けば、大槍が風を切り、空や大地を穿つ音がそれを追う。純粋な魔力のぶつかり合いで地が抉れ、余波で砂嵐が起きる。

 一度も動きを止めることなく続いた攻防の後、二人は同時に魔術を解いた。


「まーた腕上がったやんな、王子」

「……」


 結果は青年が二本、フルフーレが一本で青年の勝ち。どこで、いつ、どちらが一本とったのか、常人に理解することは出来ない試合だった。青年は暫し無言で黙り込む。

 視線を上げた青年は、フルフーレに歩み寄り、正面からその肩を叩く。


「なあ、フルフーレ」

「あいよい」

「私達は、強くなった」

「そうやな」

「けれど、私達より強かった者達も、次々消えていくのだ」


 黒い前髪から覗く黒の瞳に滲むのは、薄暗く、切実な願い。


「お前は……死んでくれるなよ」

「……あいよい」


 青年は既に、この大戦で何人もの兄弟を亡くしている。青年と兄弟らは大して交流もしていない、他人と同じような関係であったとフルフーレは記憶しているが、だからといって青年が人が死んでも何も思わない類の男ではないことも知っている。


「王子の背中は吾が守るよい。吾の背中は、王子が守ってくれるんやろ」

「そもそも背中合わせで戦うような危機的状況にするな」

「ありゃ手厳しい」

「帰るぞ」


 青年は言い捨てると、割り振られている戦場へと戻る【転移】の魔法陣を展開した。それを読み取ったフルフーレも、同じく【転移】で追いかける。


 魔王城を出れば、この大陸はどこでも戦場だ。




 視界一面に広がる焼け野原。かつて様々な集落が集い、共に暮らしていた場所。ここで、何千何万という命が散った。戦士だけではなく、ただ暮らしていただけの一般人をも巻き込んで。

【転移】してきた青年に、すぐ駆け寄る影があった。小柄で、虫のような触角を持つ薄緑色の肌の多腕族の男だ。


「お帰りなさいませ、殿下。此度のお呼び出しは如何様でございましたか」

「第五王子が戦死した。相手は厄災者だ」

「それは……お悔やみ申し上げます……」

「私の予想では、地理的にその厄災者はこの戦場に合流するだろう」

「そんな、ただでさえ集団魔術に手を焼いていると言うのに……!あっ、失礼しましたっ!」

「いい。住民達の避難の進捗はどうなっている」

「行程は順調で、山三つを越えたところだと、昨夜報告が入っています」

「まだ三つか……集団魔術の到達圏内だな」

「しかし殿下、避難者団体には盾の一族と馬人も合流したと。……その……、私などが差し出がましいですが、これ以上長引いて厄災者が合流してしまえば、この拠点はもう持たないのではないかと……」

「……分かっている」

「行かれますか……?」

「ああ。明日、フルフーレと共に特攻する。露払いに範囲攻撃が得意な者を上から順に二十名集めろ」

「畏まりました、すぐに」



 戦場は朝を迎える。


 どのような地にいても、誰にでも、朝は平等に訪れる。


 青年が集めた二十人は、人間側に奇襲を仕掛ける為、左右から人間陣地に侵入していった。

 青年とフルフーレは、人間陣地のすぐ近くにフルフーレが土魔術で作った塔の上でそれを眺めていた。


 目の前は既に戦場。命が散っていく場所。

 人間の集団の頭上に巨大な魔法陣が現れる度、巨大な魔術が周囲を焼き、砕き、破壊していく。大地が悲鳴を上げる。人間達による、集団魔術だ。

 人間の数を減らさなければ、この魔術も、戦いも終わらない。たかだか二十人の魔族相手に、あまりに大振りな魔術。まるで一つの意思を共有しているかのように陣形を変え、魔術を連発する人間達。


「……いい具合に左右に割れた」

「ああ。いい誘導やな。生きて帰ったら褒めてやれよい」

「彼らはそんなものの為に命を掛けている訳ではない」


 今戦場に立ち、一人で百人以上の人間を相手している二十の魔族は、この大戦下で鍛え上げられた精鋭達。強く、気高く、普段なら率先して隊を率いる大将クラスの実力者なのだ。

 各種族、部族、一族の誇りの為。己の存在証明の為。何かを守る為。復讐の為。生きる為。

 選ばれた彼等は命を燃やすように猛攻を仕掛ける。

 いつ、誰が、どのように死ぬか、分からない時代。何もせず死ぬくらいならば、戦場で死ねと、親は子に言い聞かせる。戦場で死なぬよう強くなれと、愛を込めて教える。


「行くぞ」

「あいよい」


 白銀色の大槍に魔力を纏った青年と、全身を雷と化したフルフーレは、先鋒によって二つに割れた人間軍のど真ん中に降り立った。


 大地を揺るがす大魔術を砕き、炎の海に動じず、無数の刃に切り刻まれようと、魔族の戦士は立ち続け、人間を一人でも多く殺さんと力を奮う。

 魔王軍が強者揃いであるのと同様に、人間軍の集団魔術もまたそれを凌ぐほど強力だ。

 時に人間軍の集団魔術は、大地を揺らがせ、天まで貫き、遥か遠くの山ですら巻き込む毒の雨を降らせる。地平線を越える光線を連発する。自決するための大地凍結を起こす。それをさせないための、分断。巨大な流れを内から絶ち、合流を許さない。数が集まれば集まるほど、集団魔術は威力を跳ね上げるのだ。

 後方や拠点への被害を出さぬよう、避けられる光線も竜巻も氷柱も火柱も砲弾も、青年を筆頭に、魔族の戦士は全てを受け止める。


 何度結界が砕けようと、青年は大槍で全てを跳ね返す。殺し、殺し、殺し続ける。人間軍の真ん中から食い散らす。

 切られ撃たれ折られても、息が止まるか魔力が尽きぬ限り、魔族人間双方共永遠に回復する。故に、確実に、とどめを刺す。

 大地が、赤く赤く濡れる。日が暮れるまで、殺し合いは続いた。


 人間の陣形を分断を出来たことが功を奏し、この戦いは魔王軍の勝利、人間軍の全滅で終わった。

 大魔術が連発されるような戦場では、数千の命など一日で散る。なにも、珍しいことではなかった。立場が逆になることもまた、よくある事だった。


 全身血に濡れた青年が、一人の魔族の戦士の死体を抱いて、拠点へと戻る。頭と上半身だけの、単眼族の若者の死体。勇猛さと人望で名を上げ、多くの同年代に慕われていた男。その単眼はぴたりと閉じられ、もう二度と開く事はない。

 同族の男達に死体を預け、青年は背を向けた。背後では、若者の死を称賛する言葉が交わされていた。

 ──名誉ある死に様だ

 ──流石だな

 ──格好いいぜ

 言葉の文字列とは裏腹に、その声は、悲痛な涙で湿りくぐもっていた。



 空は、虚しいほど美しい、満面の星空。

 朝になれば、凄惨な戦場が現れるというのに。今は、だだっ広い風景には何も見えない。


「大丈夫か、王子」

「お前こそ、魔力切れ寸前だっただろう」

「まーたバレてら」


 青年は無表情に空を見上げていた。


「……」

「……」


 フルフーレは、血塗れのままの青年に、水を満たした桶を差し出した。水魔術を使えない青年は、自分で体を洗うことが出来ない。だからこうして毎回フルフーレが水魔術で用意するなり川で汲んで来るなりするのが恒例だった。

 青年は頭から水を被った。


「もう一杯」

「あいよい」


 バシャ、バシャ、と、青年は服の上から何度も水を被った。真っ黒な髪を、角を、ボロボロの服を、筋肉のついた体を、冷たい雫が伝う。その雫が何色かは、暗闇に紛れて分からない。


「……これでも、昔よりはましになったんや。王子の献身のお陰で」

「……。……どうだかな」

「なったに決まっとろう。四素魔術のタガが外れとった時期に比べれば、炎で地面は消えんし洪水で街も沈まない、山も谷も突然出来んし突然消えん。可愛いもんや、今の時代の戦場なんぞ」


 青年はフルフーレの言葉を最後まで聞いて、ゆっくりとその手に大槍を持ち直し、その矛先を彼へと向けた。

 じわじわと、じわじわと、その白銀色に魔力が込められていく。同時に放たれた魔圧が風を巻き起こし、フルフーレの髪を揺らす。

 向けられた無機質な真っ黒な目に、フルフーレの背中に冷や汗が伝った。


「お、おい……?」

「……では、何故?何故戦争が終わらない?あれから何年たった?私もお前も、あの頃とは比べられない程強くなったはずなのに。何故まだ死人が出る?いつまで人間を殺し続けなくてはならない?私は……私は……」

「落ち着きや、王子、こんな魔圧出したら他のもんに気付かれるよい」


 静かな声色に反して、青年の魔圧は鋭く荒々しい。深夜の屋外とはいえ、戦時拠点に就寝時間などなく、明かりは常に灯り、人も起きている。隊のトップワン・ツーの喧嘩など笑えるものではない。


「王子、王子は十分よくやってる。何も間違ってないやろ?集団魔術相手に無駄に兵集めても何も出来ず死ぬだけや。今日だって人間側はほぼ全滅、魔王軍の死者は一人やぞ?もう直に人間側から降伏してくるやろ。心配いらない、戦争は終わりつつあるんや」

「何が……何が降伏だ。直にとはいつだ!?今日の死者が一人だから何なのだ!死者数で重要なのはゼロかそれ以外かだろうが!死んでいるのだぞ、もうあの者の命は、永遠に戻らない!!」

「ちょ、王子っ」

「あんなに沢山いた兄弟も次々死んでいく!戦場を離れた元侍従長も避難先の街ごと焼かれて一家諸共死亡した!一番僻地で死者も少ないと言われる、私が任されたこの隊も……もう死者が三桁を優に超えた!魔王軍全体ではもう六桁、非戦闘員の市民も合わせれば七桁だ!村が、街がいくつ消えた!精霊達も姿を消し、音沙汰がない……!あれ程嫌だった殺人も気にならなくなったと気付けば自分に吐き気がする。私は戦争を終わらせる為に戦争(殺し)をしているのだ。……意味が分からない!」

「……王子、人間は、思い込んだら止まらねえんよ。止めるには、奴らの常識を変えるには、数を減らすしか……」

「私は、私は…………」


 青年の頬を伝ったのは、水滴か、他の何かか。


「何故こうも……無力か……」


 魔王軍屈指の戦士はそう嘆く。


 もっと残酷になれたなら。青年はこうも苦しまなかったのだろうかと、フルフーレは向けられた大槍に触れる。青年の悲痛な叫びが、魔力ごしに伝わってくる。


「……いつか、昔みたいに暮らせる日がくる。吾は研究者、王子は民を守る戦士」


 フルフーレは己の魔力で青年を包む。言い聞かせるように、宥めるように。幼い頃、泣き喚く彼にしてやったように。


「戦争が終わったなら、また一緒に色々やろうや。吾の研究にも付き合ってもらうかんな?いいな?吾が戦士としてここにいるは、王子を共同研究者にするためなんやぞ、なんて」

「……」

「困ってまうよな。実戦実戦実戦で、沢山新しい発見ばっかなのによ、戦争が終わらんと検証も系体化も発表も出来ん」

「……」

「……なあ王子、やることいっぱいや。…………まだ、生きねばならんよ」

「…………。ああ。私の力に価値があるうちは……死ぬ気はない」


 槍を下ろし、吐き出した全てをまた飲み込んで、青年は前髪をかき上げた。


「……すまない。ありがとう、フルフーレ」

「気にすんな」


 青年が弱音を吐くのは、唯一フルフーレ相手にのみ。フルフーレは理解している。大魔王の息子であり、隊を任される長、つまり他を統率する強者である彼が、軽々しく弱音を吐けるわけもないのだ。普段ならこんな場所で爆発することもない。それは、青年がそれほどまで精神的に追い詰められているということ。

 フルフーレは、自分も水を被ってから、青年の後を追った。


「……フルフーレ」

「どした」 

「今日は星が綺麗だ」

「そやな」


 青年の呟きは、現実逃避のようなもの。

 だからフルフーレも、昔と変わらないその言葉を口にする。


「なあ、連れてってやるよい。あの空まで」


 言葉と同時に揺らめいた柔らかな風に包まれ、青年はその心地よさに身を委ねる。ゆるゆると渦を巻いた風は、徐々に勢いを増して、突如爆発するように局所的な上昇気流となった。風に強くあおられた青年は、高く高く空へと体を踊らせる。


「……昔は、屋根の上とか、精々塔の上だったのにな」

「お望みとあらば、雲の上にだって、連れてってやるや」


 青年は風の上で仰向けになりながら、星空を見つめていた。【雷人化】したフルフーレも寄り添って、二人は幼き日の再現をする。


 やがてゆっくりと降下が始まり、地に足が着いても、二人は心地よい無言の中にいた。





 翌日、夜明けと同時に、厄災者が青年とフルフーレのいる拠点を奇襲した。


 青年を筆頭に応戦したものの、魔王軍は二百の命と拠点を失った。


 正確には、地域一帯ごと拠点を吹き飛ばした厄災者の初動の一撃、極大魔法に耐えた者達だけが敗走を許された、というのが事実。


 触れただけで命を落とす、そんなオーブに対抗出来るような者は、その場には一桁しかいなかった。


 青年はその一桁の精鋭のみを連れて応戦。運良く生き残った者達の撤退までの時間稼ぎとして、厄災者が退くまでの三日三晩、極限の中を戦い抜いた。


 エネルギーの切れた厄災者が去った後、不眠不休で応戦していた誰もが、限界を迎え立てなくなる。必死の戦いだった。そんな中、オオトリの伝令により撤退が無事行われたと知って、くしゃりと顔を歪めた青年の背中を、フルフーレは暫く摩り続けた。


 青年が生まれた時から続く、あまりに長く激しく泥沼の、過去最悪の戦争。後に大陸大戦と呼ばれるこの戦乱に、まだ、終焉は訪れない。




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