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和解へと一歩

 

「離せ!いい加減荷物を返してもらうからな!!」

「「そんなーー!?」」


 子供達の元気な声で、リアンは目覚めた。外はまだ薄暗いが、時計を見るともう日は昇っているはずの時刻だった。昨日までも空はほとんど曇っていたが、今日はそれよりさらに分厚く黒い雲に空が覆われていた。時折、唸るような雷鳴も聞こえる。

 賑やかな声は窓の外から聞こえてくる。メルテロリスと森鼠の子供達の声だ。

 リアンは大きく伸びをして起き上がった。ふと違和感を覚えて部屋を見回すと、いつも一番に朝の挨拶をする相手がいないことに気がつく。


「ミケ?」


 すぐ隣のミケのベットに手を伸ばして布団を捲ってみるが、そこはもぬけの殻。トイレにでも行っているのかと思いながら、リアンは仕方なく自力で自走椅子を手繰り寄せて腰掛けた。不便なことに、一人で着替えられるのは上半身だけ。寝間着から着替えるのはミケが戻ってからにすることにして、リアンは暇つぶしに窓の外を眺めることにした。

 ここは一階。緑が少ない事と、天気が良くない事も相まってあまり景観はよろしくない。リアンもあまり期待せず窓際に自走椅子を寄せた……のだが。


「メルテロリス?」

「あー!リアンさん!よかった、起きてた!」

「ひっ……!」

「チュア?だ、大丈夫……?」

「ゴホン。……なんでもない」


 窓の外では何故か、メルテロリスと子供達が取っ組み合いをしていた。先程聞こえた声はもう少し遠くで聞こえていたのだが、なにか用でもあるのだろうかとリアンは疑問に思いつつ窓を開ける。数名から小さく悲鳴が上がった気がするが、気のせいだろう。

 この部屋はメルテロリスの荷物が隠されているという倉庫街とは少し離れている。そして子供達の居住スペースも、また違う場所にある。ちなみに、メルテロリスに充てがわれた寝室はリアンの泊まる部屋の隣。その為、子供達とメルテロリスが諍いを起こすのはここではなく、大抵倉庫街付近のラ・オイなどが住む居住スペースやグラウンド付近であったのだ。


「どうしたメルテロリス。私に用か?」

「鍵!さっき倉庫街まで行ったんだけど鍵忘れちまってさ。取りに戻ってきた!途中でちびっこズに捕まったけどな……」

「なるほど、鍵か」


 子供達が持っていた倉庫街の鍵は、今はミケによって取り上げられていた。その行方はというと。


「すまない。鍵はミケが持ったままだ」 

「え!?おいミケ!鍵寄越せ!……って、ミケは?」

「今はいない。だが、恐らくすぐ戻るだろう」

「も〜タイミングの悪い奴だなあ」


 メルテロリスは子供達を振り切って、行儀よろしくなく窓から侵入してきた。


「子供達はいいのか」

「年長組があんたを怖がってるから躊躇してるだけで、どーせすぐ乗り込んでくるさ」

「そうか。よければ、着替えを手伝ってくれないか」

「あいよ。これか」


 リアンはメルテロリスの手を借りながら上下一体の寝間着を脱いで、肌着から順に身に着ける。スラックスに足を通し、シャツのボタンを留め、軽く上着を羽織って終了。ミケと出会う前には何度も手伝っていたこともあって、メルテロリスもお手の物だ。


「「…………」」


 リアンがふと視線を感じて窓を向くと、ずらっと鼠頭が並んでこちらを覗いていた。にこっと笑いかけてやると、全員そろってさっと視線を反らす。


「可愛い子達だ」

「可愛いって歳じゃねえのもいるけどな。チュアはあと二年で成人らしいぜ」

「先を越される訳か」

「うるせ!まだ俺の方が背が高い!」


 メルテロリスは有角族基準で成人するにはあと十八年かかる。角が生えきり体が成熟するとされるのが大体二十歳、魔力の成熟が約四十歳。故に有角族の成人は四十歳とされる場合が多い。有角族は晩塾なのだ。早熟代表の獣態系魔族と比べると成長速度が段違いに遅い。

 窓の外でひそひそ話をしている子供達のように、数年の生まれの差でどんどん子供が出来るのも、子育て期間が長い有角族などの魔人系魔族ではあまり無いことだ。


「ヒソヒソ……(どうする)」

「コソコソ……(行くしかないだろ)」

「ヒソ(ヒェ)」

「コソコソ……(みてよ、笑ってたし怖くなさそうだよ)」

「ヒソコソ……(大っきな怖い人今いない)」

「ヒソヒソ……(白い人も怖いんだよ)」

「コソコソ……(でも足が悪いんだよね)」

「ヒソコソ……(本当に歩けないんだね)」

「コソコソ……(大丈夫そうだよ、いこ)」


 少し耳をすませば、そんな会話が聞こえてくる。窓から子供達の姿が消えて暫くすると、行儀がいいのか怖がりなのか、窓からではなくきちんと廊下側にある扉から訪ねてきた。


 コンコン


 ノックをされれば勿論応じるのはメルテロリスな訳で。


「出たくねえんだけど?」

「可哀相なことを言う」


 口では文句を言いつつ、メルテロリスは扉を開けた。

 先頭はチュア。その後ろに大きめの子供達がゾロゾロと二十人以上連なって入ってきた。窓の外にはいたのは十数人程度だったように見えたから、いつの間にか数が増えている。


「おはようございますーメルテロリス兄さんと遊びに来ましたー」

「嘘つけコラ」

「メルテロリス兄さんを監視しに来ましたー」

「帰れ!」

「正直に言ったのに!」

「はは。可愛いじゃないか」


 他の子供達よりは大きいとはいえ、種族差もあってチュアは有角族からすると小柄で童顔だ。大きな鼠耳も可愛らしい。

 チュアはリアンの言葉に反応して、表情を硬くする。ため息をついたメルテロリスに連れられて緊張した足取りでリアンの前まで来ると、小さく頭を下げた。


「おはよう。チュア君」

「……君とかいりません、チュアでいいです」

「硬くならずともいい。体調は大丈夫か」

「はい、問題ないです、えっと」

「ほら、チュア」


 メルテロリスに促されるように背中を叩かれて、チュアは意を決したように深く頭を下げた。


「あの、あの時、嫌な事言っちゃってごめんなさい!」

「……?……ああ、あの時か」


 リアンは少し思い返して、あの倉庫街前でのやり取りを思い出した。


『大人のくせに奴隷に守って貰ってるなんて、情けない人達だね』

『自分が弱いからって金で奴隷従えて椅子の上ふんぞり返ってんだ!なんでそんな奴と一緒にいるんだよメルテロリス兄さん!』


 初対面の時の台詞だ。


「気にしなくていい。お前達もメルテロリスに留まって欲しくて必死だったのだろうから」

「あ、ありがとう。で、でも!僕等諦めませんから!メルテロリス兄さんにも、主様にも納得してもらって、また家族になれるように説得してみせるので……!メルテロリス兄さんは渡しませんから!」


 チュアはビシッと背筋を伸ばして拳を握り、そう宣言した。


「ほう」

「ばかコラ!俺は眷属には──」

「眷属にならなくてもいい!!」

「だからなれないって何度も……あ?」

「「え??」」


 全員の視線がチュアに注がれた。


「まってチュア、なんでそんなこと言うの?」

「メル兄に安心して眷属になってもらうのが一番だよ!」

「チュアはメル兄が出て行ってもいいの?」

「「なんで?チュア」」


 子供達はチュアを取り囲んで口々に言う。ただ、チュアはそれを全部聞きとるように黙っている。メルテロリスも怪訝な視線を送る中、チュアは真剣な面持ちで口を開いた。


「メルテロリス兄さんは、眷属になりたくないんでしょ。なら、ならなくてもいいように主様に相談しようよ。僕は、眷属じゃないメルテロリス兄さんも、ちゃんと兄さんだと思ってるから!僕は眷属になりたいけど、メルテロリス兄さんにも眷属になってほしいって、もう言わないよ!それは重要じゃないんだ、メルテロリス兄さんがいなくならないのが、僕の一番の願いだから……!」

「チュア……」

「で、でも、チュア?このお屋敷に住んでる人は皆眷属なんだよ……?主様は眷属皆家族っていってくれてるし、メル兄だって家族みたいなものなのに、ひとりだけ眷属じゃないなんて寂しいよ……。眷属になれば、主様の力で戦えるし、怪我してもすぐ治るし、眷属にならないと危ない事だって……」


 反論を挟んだのはチュイ。チュアの一つ下の弟だ。チュアはチュイに向き直って言う。


「チュイ。チュイは今日まで家族だった僕に眷属になれって言われて頷けるの?」

「え?それは、だ、だってチュアと主様は違うもん」

「僕のこと嫌いなの?僕等家族でしょ、眷属になりたくないの?」

「違うよ!チュアは好きだけど眷属って言われたら、だってチュアはそういうんじゃなくて……家族で、じゃなくてえっと、兄弟だから?……分かんないけど、僕がチュアの眷属になるのはなんか違う……って、思う」


 チュイは思わぬ想定を持ち出されて一瞬まごつく。他の子供達も同じ反応だ。


「そうでしょう。ねえ皆、皆もきっと同じだよね。僕等の主様はストリゴイゼ様だけ。でもね、僕等にとってはストリゴイゼ様が主様だけど、メルテロリス兄さんは違う。それだけの事だよ。メルテロリス兄さんだけじゃない。例えば、僕は皆の中に実は眷属になりたくないって人が居ても否定しない。そうじゃなくても僕等は家族だから。そうでしょう皆?」

「「うん!」」

「メルテロリス兄さんが眷属になる事と、メルテロリス兄さんと僕等が家族であること、どっちが大事?」

「それは……そうだね。チュア。ありがとう。そうだ、そうだね、僕、メル兄がまた家族でいてくれるならそれでいい!」

「メルテロリス兄さんが眷属にならないことで、もしも危険な目にあったなら、その時は」

「「僕等が助けてあげる!」」

「だって、家族だから!」


 チュアを始めとした子供達の声が重なり、メルテロリスに向けられる。子供は純粋だ。チュアの言葉に賛同した子供達の心は既にひとつ。メルテロリスとまた家族として暮らしたいという思いだけ。

 その思いは決別を決意してこの地に戻ったメルテロリスを揺らがす。


「……んな上手く行かねえよ」

「メルテロリス兄さん。兄さんは僕等といたいって思ってくれないの……?」

「「メル兄……」」

「そんなわけ無いだろ。けどな……」


 色々と言い訳を考えているのだろう。メルテロリスはもごもごと中途半端な否定ばかり呟く。

 リアンは思う。結局、メルテロリスも子供なのだ。実家から逃げ、未知から逃げ、不法者から逃げ、否定されることから逃げて、もういいのではないか。


「メルテロリス」

「リアンさん……」

「甘えることも大切だ。恐らく、ストリゴイゼ殿もそれを望んでいる。メルテロリスのために何をすればいいのか、あちらも考えている。お前の口から伝えてやるといい」

「っ〜〜もう!リアンさんまで!わかったよもう、けど!今は!荷物が先なの!ちゃんと全部揃ってるか確認しなきゃだし!」


 少し頬を赤くしたメルテロリスが誤魔化すようにそう吠える。途端に子供達はパァと顔色を明るくし、一斉にメルテロリスに飛び掛かった。やんややんやと子供達に囲まれて、あっという間にまた取っ組み合いが始まる。

 リアンは微笑ましげにその様子を眺めていた。


 コンコン


 騒がしい室内で、リアンの耳はノックの音を拾った。メルテロリスは子供達と戯れているので、リアンが自走椅子を操作してそれに対応する。


「お取り込み中申し訳ありません。このような格好で失礼します」

「いえ。何用でしょう?」


 扉の向こうにいたのはラフな作業着姿のアノ。ストリゴイゼはおらず、一人のようだ。


「昨日のヒノマムカデの死骸を処理するために人員を集めておりまして。子供達にも手伝いをお願いしようと探していたのです。雲行きが怪しいので、雨が降る前に利用出来る部位は回収してしまおうかと」

「そうでしたか。子供達はメルテロリスと遊んでいるだけですので、構わずどうぞ」

「ありがとうございます。チュア!」

「ん?あれ、アノさん。なに?」


 アノは呼び寄せたチュアに手伝いを願い出た。チュアはそれを了解し、いまだメルテロリスに絡んでいた子供達を収めて取りまとめた。リーダーらしく子供達を取り仕切る様子はこなれていて最年長らしさがある。


「ということで、今日のお仕事は片付けのお手伝いだよ」

「「はーい!」」

「チュイとチュカとチュキは何人か連れて他の皆を呼んできて」

「はーい」

「わかったー」

「りょ〜かい」

「後の皆は一緒に行くよ」

「「はーい!」」


 子供達は聞き分けよく返事をして、それぞれ分かれて行動を開始した。


「俺も手伝うよ」

「ありがとうございます。メル君」

「いいよ別に」

「……ごめんなさいメル君。私が君に価値観を押し付けてしまったのですよね」

「何だよ急に」

「良かれと思って、と言うのはあまり言い訳になりませんね。ラオイにも想像力を持てと言われてしまいました。反省しています」

「え、ラオイさんが?」

「メル君が出て行ってしまった理由を知って、どうせお前がやらかしたんだろう、と。どうも先走ってしまうのは私の悪い癖です。怖がらせてしまってすみませんでした」

「……いいよ。俺も、あの時つい雷ぶつけちゃって、ごめん」

「問題ありませんよ。怪我は、すぐ治して頂きましたから」


 アノは作業着の裾をするっと捲って見せて笑った。勿論腕には何の傷跡もない。それを見てメルテロリスも少し笑った。


「あの死骸運ぶんだろ、どこ持ってくの?」

「倉庫ですね。ある程度解体して、いらない部分はあの場所で焼却します」

「あ、倉庫って倉庫街の倉庫?鍵持ってるのか?」

「鍵ですか?倉庫番が持っているでしょう」

「多分その鍵チュア達が盗んでるぞ。俺、それでずっと追いかけっこしてたんだ」

「え、そうなんですか。今鍵はどこに?」

「ミケが持ってるんだよな?」

「ええ、恐らく」

「そういやミケ遅いな」


 既にリアンが起床してから随分な時間が経っているが、ミケは戻って来ていない。トイレにしては遅すぎる。


「迷ったか?ここ複雑だからな」

「探しに行ってみるべきか」

「じゃ俺もついてく。段差とかあると危ないからな」

「ありがとう。助かる」

「私は他に鍵が無いか探して来ますね」

「すみません、お手数おかけします」

「いえいえ、元はと言えば子供達の仕業ですから」


 アノは苦笑いを残して去っていった。


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