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VSヒノマムカデ

 


 森の中で突然、ヒノマムカデが暴走し、魔力を纏って魔獣と化した。

 普段は姿こそ大型で威圧感のある多足虫であるものの、滅多に地上には出てこない温厚な半魔獣である。しかし、数多存在するこの森の半魔獣の中で最も魔化が恐れられる存在でもある。それはヒノマムカデが、森林の天敵である火の性質を持つという至極単純かつ明白な理由からだ。


 ヒノマムカデが万が一魔化した際の最適な対処は、とにかく迅速に森から引き離す事。一人がヒノマムカデの気を引き誘導しつつ森林の外を目指し、他の者全員で後ろから消火にあたる。戦うのは森から出た後。絶対に森の中で過剰に刺激せず、必要以上の火をばら撒かせることの無いように。即座に倒せるほど、ヒノマムカデの甲羅は柔くない。

 メルテロリスは以前ラ・オイから教えられた情報を即座に頭から引き出した。

 背後から聞こえた爆発音と、その後土煙から這い出てきた真っ赤に変色したヒノマムカデを目にした瞬間、メルテロリスは子供達に緊急事態だと叫んだ。次の瞬間には視線を交わしたラ・オイが先導する役を買って出て木の上へと飛ぶように駆け上がる。


「メルテロリス、子供達を頼む!」

「あいよ!お前ら、分かってるな!」

「「うん!!」」


 ヒノマムカデの危険性は、子供達も重々教えられている。状況を察知してすぐに真面目な表情に切り替えるだけの対応力は備わっていた。

 ヒノマムカデの群れの鼻先に魔法を打ち込み注目を集めたラ・オイは、そのまま森の外へ向かって走り出す。怒り心頭のヒノマムカデの足は決して遅くはない。本来を地上や岩肌を走る方が得意な谷育ちのラ・オイだが、広い視野を確保するためにヒノマムカデの頭より高い位置の木の枝を飛び移るように走る方を選んだ。一匹でも取り逃してしまえば、最悪の場合、森が全焼する。全速力で枝を渡りつつ、背後のヒノマムカデと放たれる火とメルテロリスら子供達とを気に掛けて、ラ・オイは久方ぶりに本気で神経を尖らせていた。

 良くないことに、現在地は行程の最終地点付近。つまり既にかなりの深部である。屋敷までもどるには、かなりの距離がある。


「クソ野郎……ッ」


 ラ・オイは、小さく悪態をついて舌打ちをした。

 魔化したヒノマムカデを倒せとだけ言われたなら、ラ・オイはなにも怯むことはなかっただろう。しかし、森を炎上させずに、子供達も気にかけながら、複数いる全てのヒノマムカデをなるべく刺激することなく長距離誘導しなければならないとなれば話は別。

 飛んで飛んで振り返って、飛んで飛んで魔法を撃って、飛んで飛んで子供達に声をかけて、ラ・オイは集中を緩めずにひたすら進んでいった。


 しかし走り始めて十分を過ぎた時だった。

 ラ・オイが足を滑らせてバランスを崩した。そこに運悪くヒノマムカデが吐き出した火の粉の塊が襲う。身をひねって一段下の枝に落下したことでなんとか回避したものの、あわやという事態だった。


「ラオイさん!交代する!」

「いや下がってな!お前は駄目だ!」

「何でだよ!」

「俺は眷属だ!万が一があっても、屋敷に、主様の元にさえ辿り着ければどんな怪我もどうにかなる!お前はそいつらと、絶対に火の粉ひとつ見逃さずに消火していけ!」

「っ、けど……!」


 ラ・オイを気遣って申し出たメルテロリスだったが、思わぬ反論に口ごもる。脳裏には、ヴェール領で主の炎に焼かれて死屍累々となったヴァロゴイゼの眷属達の姿が思い浮かんだ。ボロボロに焼かれた瀕死の状態から、瞬時に立ち上がるまで回復させることが出来る、眷属契約という血魔術に寒気を覚えたのは記憶に新しい。あの状況にラ・オイを当てはめて想像してしまい、メルテロリスは眉を顰めた。


「大丈夫!もうヘマなんざしないさ、俺に任せておきな!」


 メルテロリスより前を進むラ・オイの表情こそ伺えないが、その声は力強い。メルテロリスは彼を信じて、水魔術をひたすら周囲に撃ち込むことに集中した。


 駆け足で一直線に屋敷を目指す。

 魔力も体力も切れてきた子供達を鼓舞しながら走ってきたメルテロリス達だったが、もう子供達の限界は近かった。体力のある獣態系魔族だからこそ、ここまでついて来られたが、そもそも岩や落ち葉や土や苔が入り混じったガタガタの山道を魔法を使いながら走り抜けるなんて、子供にはかなりの難題だ。


「は、……はぁっ、はぁっ……」

「あと少しだ……!消火はいい、足を止めるな!」

「いたっ……!うぅ、もう立てないよぉ……」

「チュカ!」


 転んで目を潤ませたチュカの前で足を止め、一瞬の躊躇の後しゃがみ込み、その腕を取って背中に回させた。ぎゅっとしがみついたチュカに頑張れと声をかけてから立ち上がる。

 チュカを背負ったままメルテロリスは走る。無詠唱で発動できる水魔術で取り敢えず水を撒いて、子供達がはぐれていないか確認して、声を上げて励まして。

 そのメルテロリスの頑張りに応えるように、子供達もひたすらに足を動かし続けた。

 やがて、森は開ける。


「よし!森を抜ける!メルテロリスは出たところで俺と一緒にヒノマムカデの相手、ちびっこは全員まとまって屋敷まで走れ!焦らなくていいからはぐれるなよ!他の奴に状況を伝えるんだ!」

「あいよ!聞いてたなお前ら、はぁっはぁっ……あと少しだ!!」


 子供達は返事をする事さえ厳しい状態だが、よくここまではぐれず付いてこれたものだとメルテロリスは思う。かく言うメルテロリスも長い時間走り続けかなり消耗している。しかしそれでも、年上の兄貴分としての矜持が、メルテロリスに顔を上げさせていた。







「あそこだ……!」

「言われなくても、もう見えてる」

「本当にヒノマムカデが……しかもあんなに沢山……」


 チュアは別にやる事があったため、今回の狩りには不参加だった。

 息絶え絶えで現れた兄弟から必死の伝言を託されたチュアは、事の詳細は分からずとも、ヒノマムカデが危険な存在であることは分かっていた。


「ここまでで大丈夫です、降ろして下さい」


 ストリゴイゼに指示されて、ミケは足を止め二人を降ろす。

 外壁と呼ばれる屋敷を取り囲む塀の門を出て暫くは何もない荒地だ。荒地を進んだ先にある森林が、普段狩りをする森林がある。

 そして現在、この荒地では熱風が吹き荒れ土埃が舞い、少し先の方では足止めと言うには些か熾烈な戦闘が行われていた。


「「チュア!!主様!!」」

「皆、よかった、無事ですね」

「僕たちは大丈夫、でもラオイさんとメル兄が……!」

「ラオイさん腕やられちゃった……!」

「メル兄も多分限界だよ!」

「分かりました。チュアに従って避難しなさい。ここは危険です」


 ストリゴイゼは子供達を屋敷方向へ避難させた。屋敷の方を見ると、すれ違いざまに招集されたストリゴイゼの眷属達が少し遅れて追いついて来たのが見える。メイド、侍従、庭師、料理人、様々な格好をした面々がストリゴイゼの元に集まった。


「主様!お待たせしました、我々はいつでもいけます!」

「頼みました。まずはラオイとメルテロリスを回収します。いきますよ」

「「「はっ!」」」


 ミケはその様子を少し離れて観察していた。ストリゴイゼ達が頼りにならなかった場合、メルテロリスだけでも自分が連れ帰ろうと考えての事だった。ストリゴイゼの強力な魔法をその目で見た事はあるものの、それ以上にヒノマムカデの大群というのは迫力のある相手だ。既に倒れた個体の上で積み重なるように群れる様子はおぞましさすら感じさせ、否が応でも見が引き締まる。時折光る閃光はメルテロリスの雷だろうか。

 ふと違う光が視界に写ってミケが振り向くと、眷属に囲まれたストリゴイゼが眷属ひとりひとりに魔法陣を展開していた。


「【魔力供給】【眷属操作】」


 魔法陣を媒介として、ストリゴイゼから眷属達へと魔力が受け渡される。ストリゴイゼの魔力はさらに術を結び、眷属達を縛り付けた。戦闘の余波で暴風が吹き荒れる中、それぞれ異なる様相の服がはためく。


「っ……!?なんだ……?」


 魔法陣が消えた後には、ガックリと力の抜けた眷属達が頭を垂れて立っていた。その中でストリゴイゼただ一人が真っ直ぐにヒノマムカデの群れの方を見据えている。

 何が起こったのか、ミケには分からない。ミケの目には、眷属達が立ったまま一度に意識を飛ばしたようにしか見えなかった。


 ストリゴイゼが手を翳すと、若い女も老年の男もいつぞやの庭師の男も、眷属達は一斉に走り出した。彼らは瞬く間にヒノマムカデの群れへと迫る。


「"攻撃命令"」


ストリゴイゼの紅い目は、真っ直ぐに敵を貫く。

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