雷魔術のお勉強
本日2020/01/28、投稿ミスで未投稿になっていた約3000字分を「第25部」タイトル「誘拐」として割込み投稿致しました。投稿以前にお読み下さった方、申し訳ありません……。読んで頂けると嬉しいです……。
綺麗に整地された新品のグラウンド。その中央で、普段より簡素なシャツを身に着けたメルテロリスが仁王立ちしていた。
「さて!約束通り雷魔術について教えてもらうぞ!」
「追いかけっこと荷物はどうしたんだよ」
「……チュアがまだ起きてねえんだよ。寝てる間に出て行くなんてなんか卑怯だろ」
「フーン」
「何だよ」
「別に」
時刻は早朝。多少薄くなった雲空の下、リアンとミケはメルテロリスに呼び出されてあのグラウンドにやってきていた。
ミケとメルテロリスはさっそく口喧嘩をしている。メルテロリスにジト目を向けるミケはまだ眠そうだ。
「まずはメルテロリスの雷魔術を見たい。自慢の魔術、派手にいってくれ」
「あいよ!眩しいから気を付けてな!」
一応準備体操をしてから、メルテロリスは魔術の準備に入った。
リアンはミケと共に少し離れた場所から見学している。メルテロリスはバチバチと魔圧を高めたところで、ミケに声をかけた。
「おーいミケ!」
「何だ」
「お前、的作れないか?岩の塊とか壁とかでいいんだけど」
「……【土壁】【石化】」
「もすこし大っきく!」
「チッ【土壁】【石化】」
「よし!いい感じだ、ありがとー!」
ミケはメルテロリスより体半分大きな的をひとつと、その倍の大きさの的をひとつ作り出す。メルテロリスはそれに満足げに頷くと、大きく手を振って感謝の言葉を飛ばした。
「バチバチいくぜ!」
バチバチバチと一層魔圧を高めて、メルテロリスは集中を高める。
「それ!」
メルテロリスが放ったのは頭部ほどの大きさの【雷弾】。【雷弾】は真っ直ぐに小さい方の的に衝突して焦げ跡をつけた。
「いけいけ!」
メルテロリスは無数に【雷弾】を生み出しては的にぶつけていく。遠目から見ればピカピカ光っていて綺麗に見えなくもない。
「そーれ【雷柱】!」
ドーンと音を立てて小さい方の的が上下から雷に貫かれる。思わず目を瞑ってしまうような眩い光がグラウンドを包む。リアンは手で作った庇の下から見たそれに感心していた。その後ろでは耐えきれなかったミケが目を庇って後ろを向いて呻いている。
「大技行くぜ!【風乗り】!からのー」
人気技かつ高難易度といわれる空魔術【風乗り】。メルテロリスは魔力で起こした風に器用に乗って一気に上空へと駆け上がった。
そこに危なっかしさはなく、見事なものだ。
「"轟き唸れ【雷撃墜】"!」
カッとメルテロリスの周囲が発光し、稲妻がその身を取り巻く。重力に従って落下を始めたまま、勢いを増して加速していく。
「よおおおおぉぉ!!」
途中上手く風を操りながら、メルテロリスは雷かの如く稲妻に飲まれていった。
「はっ!!」
ゴォオオンと地鳴りのような轟音を立てて、メルテロリスは稲妻を纏ったまま大きな方の的を縦に一直線に突き抜けて着地した。見事に壁は粉砕された。
衝撃で舞い散った土煙がグラウンドの中央を覆う。
「げほっ……邪魔〜!」
声の後、強めに吹いた風が土煙を攫っていった。メルテロリスの空魔術であろうとリアンはあたりをつけた。
空魔術は雷魔術の派生元の四素魔術である。雷魔術を研究しているというメルテロリスが使えないわけはなかった。
メルテロリスはすっきりしたような顔で足取り軽くリアンの元へ戻ってくる。
「どう?どうだった?」
「見事だ。最後の術は見た事がないが、なかなか良い威力だったように思う」
「だろ!【雷撃墜】は昔の資料から俺が再現したんだ!結構自己解釈が混ざってるけど気に入ってるんだよな」
「ほう。それは凄いな。自己流でここまで?」
「入門くらいまでは先生に教えて貰ってたんだけど、それ以上はやらせてくれなくてさ。でも俺どうしても雷魔術がやりたくて、家の書庫と資料庫にあった雷魔術の資料めっちゃ読み込んで勉強したんだぜ!ここに来てからは実験も実践も沢山できてさ!」
メルテロリスはとても楽しそうに、キラキラした目で語る。
「おーおーやってるねー、メルテロリス」
「あ、ラオイさん!おはよー」
「おはよう。朝から元気だなあ。あ、馬小屋は壊さないでくれよ?」
「むっ大丈夫だよ!安定してる術しか使ってないぜ!」
やってきたのは寝惚け眼のラ・オイ。丸窓のひとつが開いているから、窓から出てきたのかもしれない。
「今日はなんの実験?ってか、実験資料とか荷物は結局取り返せたのかー?」
「まだだけどすぐ取り返すよ!あと今は実験じゃなくて、リアンさんに雷魔術教えてもらおうとしてたんだ」
「へえ?雷魔術を?」
ラ・オイは意外そうな顔をしてリアンを見る。
見るからに護衛用の奴隷を連れているから、戦えないと思っていたのだろう。足も悪い上にそれではそう思われていても仕方がない。そして実際戦える訳でもない。つまりその反応は何も間違ってはいない。
「私は使えませんが、聞いた事を伝えることはできますから」
「なるほどなるほど。俺も見ていっていいかい?」
「もちろん」
「ラッキー!んじゃラオイさんも何か気がついたら教えてくれな!」
「はいよー」
ラ・オイは土魔術を器用に操って即席の長椅子を作り出し、そこに腰掛けた。
「ミケもそちらで見ているといい」
「分かった」
ミケもラ・オイの椅子に腰掛けて見学することにした。
メルテロリスと共にグラウンドの中央、的の残骸付近に位置どったリアンは、ニーツォンに勧められて買っていた細長い杖をこっそりと召喚した。送魔術の応用である。隠す意味はあまり無いのだが、戦乱時代の猛者ならば浮かんだ魔法陣から杖の隠し場所まで分かってしまうため、召喚するときは魔法陣を隠すという癖が残っていた。
「まず、この魔法陣を見てくれ」
リアンがさらさらと地面に描いたのは、シンプルな一重丸を基本とした魔法陣。
「ん?えーっと、始点がここで終点がここで、空と水と……あとこれが加速……」
メルテロリスは真剣な顔で魔法陣を読み取っていく。ほんの数十秒で読み終わって、メルテロリスは顔を上げた。
「【雷弾】的なやつか?いつもは感覚でやってるけど【雷弾】を描き起こしたらこれに近いものになりそうだ」
「その通り。これは始祖フルフーレの定義した【雷弾】の魔法陣だ」
「フルフーレの魔法陣!?」
メルテロリスは声を上げて驚いた。魔法陣とリアンを素早く見比べて、唖然としたように固まった。
「フ、フルフーレの魔法陣なんて、フルフーレが生きていた時代……つまり千年以上前の記録だぞ!?そのほとんどが大陸大戦で消失されて……俺の家全部ひっくり返して探しても所々の写ししかなかったのに!!」
「そうだったのか。教えられる事が多そうで僥倖だ」
「あんた、始祖フルフーレの記録を見たことがあるのか!?」
「ある。むしろ、私が知っている雷魔術は全てフルフーレのものだ」
「マジか!!!そんなことある!?」
メルテロリスの家は貴族か豪族、それに近い家であることは過去の会話から分かっている。秘蔵の資料や文庫のひとつやふたつあったのであろうが、まさかその秘蔵がフルフーレの記録と言うわけもなかろうとリアンは思っていた。──のだが、あまりにテンションをあげてどこからか大量の白紙ノートを持ってきたメルテロリスの反応に、少し不安を覚えた。
「聞いてもいいかメルテロリス」
「なんだ!」
「フルフーレの記録はどれ程残っている?最近の雷魔術の権威はどこだ?始祖フルフーレの名が残っているならば、そこには記録ものこっているはずだ」
「……」
「メルテロリス?」
過去最高に上機嫌だったメルテロリスが、ふと黙り込んでしまった。そして嫌そうに答えた。
「雷魔術に、もう権威なんていねえよ」
「……お前の一族は雷魔術を使うと言っていなかったか?フルフーレの一族はどうした?彼の末裔もいるはずだ。まかさ潰えたということもないだろう?」
フルフーレは有角族の男だ。そして子供もいたという事をリアンは知っている。自身の研究と成果を継承させるために、財産をほとんど注ぎ込んで作ったという家族経営の研究所。フルフーレの一族は当時の魔法研究界で一目置かれる存在だった。千年以上経っているとはいえ、一般的な有角族の換算なら世代交代が三回か四回ほど。大戦で資料が消失したとしても、それはフルフーレ本人が生存している時代の話。大戦を生き抜いたフルフーレなら、写しなどいくらでも作れただろうとリアンは思う。そして研究所も、名前や形を変えていようと存続しているのではないか。そう思ってしまう。何故ならリアンはフルフーレの功績が彼一代で終わる程のものではない事を知っているから。
なにせ雷魔術の始祖フルフーレは、大陸大戦時代のリアンの優秀すぎる程優秀な友であった。
リアンにとってフルフーレは空魔術や雷魔術の師匠であり、年上の幼なじみであり、共に戦場で背中を預けあった仲である。
そんな彼の悲願が、まさか途絶えていたのだろうかと、リアンは神妙にメルテロリスを覗く。
「……潰えたも同然だぜ。あんな家。最近は全然新しい研究もしないで子供に礼儀とかダンスだとか仕込むのに勤しんでさ。見栄とプライドだけ残って他は既にスカスカ。無駄に戦闘だけはできるから武家として一応有力家?みたいに扱われてるけど、昔から存続してるだけの老害って思われてる。だから……だから俺が立て直してやるんだ。家じゃ出来ない実験をいっぱいやって、データ取って成果だして、俺自身が強くなって、皆を見返してやるんだ。俺は……フルフーレ一族をもう一度、雷魔術の権威にしてみせる」
「メルテロリス、お前……まさかフルフーレの一族なのか」
「俺は……俺の名前はメルテロリス・フルフーレ。家を出てからはフルフーレとは名乗らないようにしてるんだけどな。どこで誰が聞いてるか分からねえし、連れ戻されたくねえから」
「……」
じっくり数秒、リアンは顎に手を当てて考えた。
メルテロリスがフルフーレの一族。であるとすれば、フルフーレ一族にすらフルフーレの研究はほとんど引き継がれていないということ。
リアンは今一度メルテロリスを見やる。
リアンの目の前で志を燃やす少年は、かつての友の子孫。そして、友と同じ夢を見据えて、若さをバネに行動を起こしている。
潰えてなどいない。途絶えてなどいない。フルフーレの研究所が現在どのような状況なのか、リアンはメルテロリスの言葉からしか伺い知ることは出来ないが、それだけは確かだった。
「俺は絶対に負けねえ!家には戻らねえし、雷魔術もやめねえ!何があろうと、俺は雷魔術を極めて、始祖に顔向け出来ないような生き方はしねえ!馬鹿にされたって、見返してやる!俺を馬鹿にしたやつも、始祖を過去の人だって馬鹿にしたやつも皆!……だから、そのために、あんたの知識が必要なんだ!」
絶対に譲らないという意志の籠もった瞳を、リアンは美しいと思った。
いつの時代も、何かを動かすのは意志のある者達だ。リアンはそれを好ましく思う。メルテロリスの願いを断る理由は、リアンになかった。
「私の記憶の限り、お前に教えよう。後はお前の努力次第……。お前が彼の雷魔術を再現する日を楽しみにしている」
「おう、やってやる!」
【雷弾】の魔法陣ひとつとっても、フルフーレの魔法陣とメルテロリスの魔法陣は違う。その違いを考察し読み解き、実践。リアンの言葉をメルテロリスが再現し、二人は夢中で雷魔術の世界へと没頭して行った。
「もっと稲妻を絞ってみろ。私の知る【雷弾】は弾というより針のようなものだった」
「こう、こうか?っとととと!おわっ!」
「大丈夫か?だが近い。手元で維持しようとせず直ぐ撃ち込んでみろ」
「あいよ!もう一回!」
バチバチ、バチバチと。
「こうか?」
「違う。速さが全然足りていない」
「もっと魔力を込めればいいのかな?……待てよ、魔法陣のこの部分って」
「二重に発動しているな」
「なるほど!」
「──?─────?」
「──。───」
「────!───?」
「───」
リアンの記憶にあるフルフーレの雷魔術の速さ、鋭さを、余す事なくメルテロリスに伝える。リアンとて全ての魔法陣を記憶しているわけではなく、むしろ基礎を押さえた後は魔法陣を使わずにほとんどの術を習得していたため、話が進む毎に試行錯誤が必要になっていった。魔法陣を使わず体で術を作る場合、そのほとんどは癖や無意識が絡み、魔法陣として書き起こすにはかなりのトライアンドエラーが必要なのだ。
「あいて!くそっ身が持たねえよ」
「惜しいな。もっと掌や指先で雷の流れを読まなければ」
「読むってどんな感じだ?多分そこがイマイチ理解できてないんだ」
「受け売りだが、髪の先に意識を傾けるような感覚に近い。もっというなら、手から髪が生えているイメージだ」
「なんかキモ……」
「同意しておこう」
なお、フルフーレからの受け売りである。
そうこうして、とっくに日は昇りきり時は昼。
暇が過ぎたのか、ミケは岩の長椅子を寝椅子に変えてうたた寝をしている。ラ・オイは見学しつつ、手慰みにロープを結んでいた。
「ラオイさーん!また的作ってくれません?」
「はいよー」
作業の合間に時折声をかけられては、ラ・オイが的を作る。子供の冒険を見守る親のような気持ちでいたラ・オイだが、実はそれも始めのうちだけだった。内心、それどころではない。
ここ数時間のメルテロリスの雷魔術の威力の上がり方が半端ではないのだ。以前もこのグラウンドでメルテロリスに的を作った経験のあるラ・オイは、今目の前で風穴が空いた的に軽く目を疑っていた。
生物ならともかく、岩などの無機物には効果が薄く、多少の焦げをつくる程度でしかなかったメルテロリスの【雷弾】が、当たり前のように壁を貫通しているのだ。それまで対生物向けだと思っていた雷魔術が、単なるビリビリ玉ではなく貫通性をもっている魔術に変貌している。
ほんの数時間で、この飛躍。
ラ・オイはその原因であるリアンの知識という不可視のものに薄ら寒いものを感じていた。横で寝転んでいるミケのように寝息を立てる気にはとてもなれない。
見れば、先程ラ・オイが作った的は既に蜂の巣のような無残な姿に成り果てていた。
勘弁してくれ、と思わないでもないが、ラ・オイの胸中ではそれとは別の感情もまた湧き上がっている。その事に気が付かないふりをするのそろそろ限界だ。
「ああ……戦り合ってみてぇな」
思わずラ・オイ喉の奥が鳴る。
誰しも持つ生き物としての本能的闘争衝動。特に魔族において、強者であればあるほど顕著に現れると迷信的に言われるそれが、ラ・オイの胸の底でグツグツと煮えたぎっていた。
「でも、アノから止められてるからなー」
友であり家族となった男からの忠告を思い返し、平静を装う。普段の柔らかな表情を崩さずにいられるうちは大丈夫だとラ・オイは経験則で知っている。
「そうだ、後で狩りにでも誘ってみようかな」
そうすれば体も動かせるし、運が良ければあの雷魔術を見ながら獣を狩れるかもしれない。
ラ・オイは丁度いい折衷案を思い付いて、衝動は少し落ち着いた。そうだ、そうしよう、と、上機嫌なラ・オイを、寝ぼけたミケのジト目が見つめていた。
前書きと活動報告にも書きましたが、投稿ミスで未投稿になっていた約3000字分を「第25部」タイトル「誘拐」として割込み投稿致しました。申し訳ありません……。2020/01/28




