鬼ごっこ
あいも変わらず曇天の空の下。ミケの土魔術の跡が残るグラウンドにて、丁度十人の子供達とリアンが向き合っていた。
話し合って決められた勝負内容は、時間制限を設けた簡単な鬼ごっこ。リアンはミケと二人で一チーム。子供達はチュアをリーダーに十人で一チーム。鬼はリアンチーム。逃げるのがチュアチーム。範囲はグラウンド内周まで、時間制限は十分。時間いっぱいまで、チュアチームが一人でも残っていればチュアチームの勝ち。全員捕まえればリアンチームの勝ち。
「魔術はどうするの」
「チュアチームは有り。ミケも有り。私は一度のみ、でいい。それくらいのハンデは必要だ」
「ふん。プライドはあるんだ。分かった。けど屋敷の敷地内で火魔術は禁止されてるから使っちゃだめだよ」
「了解した。いいな、ミケ」
「ああ……ってか」
成り行きで勝負に参加することになったミケだが、まだ魔力は回復してはいなかった。その旨をリアンに囁いてみても、リアンは戯けたように受け流す。
「お前の身体能力なら大丈夫だろう。頑張れ」
「ええ……」
グラウンドの外縁では、苛ついた様子のメルテロリスと、残された年少の子供達、加えて騒ぎを聞きつけたラ・オイが様子を見守っていた。
「「皆〜頑張れ〜〜〜!」」
「おいおい大丈夫なのか?お客人、あの椅子で追いかけっこ?」
「知らねーよ!んな事!」
「知らねえってなあ。元はと言えばお前さんの問題だろうに」
「だからこそだよ!!何で俺の事であいつらが勝負なんてことに……!」
「まあ決闘で双方合意してるなら仕方な……」
「くない!!!」
これは真剣勝負の決闘だからと、取り付く島もないリアンに外縁に出されてメルテロリスは業を煮やしていた。常時なら好ましいはずのラ・オイののんびりとした態度にすら鬱憤が飛び火しそうだ。
そうこうしている間に、グラウンドでは勝負開始の合図となる小石が空高くへと放り投げられた。その瞬間、子供達は一斉に四方八方へと逃げ出す。そして小石が地面に落ちるまでの数秒間が、逃げる為の猶予となる。短いようだが、身体魔術をつかった子供達にとっては十分だった。小石が着地した瞬間、子供達に次いでミケが勢い良くその場を飛び出した。
「始まったぞ」
「もう知らねえ!どっちも負けろ!!」
メルテロリスの叫びはグラウンド中央のリアンの耳にも届き、リアンは小さく苦笑いした。
「取り敢えず捕まえられそうな子から行ってくれ。一人ずつ追った方が良いだろう」
そう指示されていたミケは、順調に足の遅い子供から捕まえてグラウンドの外縁に放り出して行った。十分で十人、単純計算で一人一分。このままのペースで行けば、恐らく負けることはないだろう。しかし人数が減って来ると、そう楽観もしていられなくなった。
残り半分にもなると、子供達の中でも体の大きく魔術も沢山使える年長者ばかりが残ってくる。小さい子供達がいなくなり、グラウンドも空きスペースが目立つようになると、子供達は頻繁に魔術を使って来るようになった。
「【水弾】!」
「おわっ!?」
「【気弾】!」
「この!」
「【身体強化】!」
「クソ!!」
身体魔術は獣態系魔族の十八番とも言える魔術。獣態系魔族である森鼠族の子供達も身体魔術が使えるのは当然と言えば当然であった。あと少しというところで横から【水弾】や【気弾】の邪魔が入り、さらに【身体強化】で加速され、ミケはなす術なく子供達にしてやられていた。
らちが明かないと思いつつ、ミケは愚直に、指示通り子供を追いかける。グラウンドの端から一直線に中央付近へと向かう子供達の背中を追ってターンすれば、開始時と同じ場所でこちらを見守っているリアンが見えた。白い目と目があって、ハンドサインで呼び戻される。
「限界か?ミケ」
「まだやれるッ!」
ほとんど反射で返したミケだが、全力で走り続けるのはそろそろ限界であるのは事実であった。一瞬表情を固くしたミケを安心させるようにリアンはミケの腕を叩いた。
「残り時間は約二分半だ。そろそろ私にも出番をくれ」
「魔術は一度きり、やるのか?」
「いくぞ。発動したらすぐ私から離れて子供達をこちらに差し向けろ。お前も巻き込むが、後はお前頼りだ。頼んだ」
リアンはクルリと自走椅子を子供達のいる方向へと向けて、魔術を展開した。
「"捕えよ【断魔檻】"」
リアンとミケ、そして残った子供達を覆うように、グラウンドの約四分の一サイズという大きな半球状の結界が展開された。普段の薄膜のような結界ではなく、少し白く濁ったような結界だ。
「これならっ!もう逃さねーぞ!」
「さて、二分半。耐えられるかな」
ミケは再び子供達へと向かっていった。リアンは、後は待つだけである。結界によって狭くなったグラウンドを、それでも子供達は逃げ回る。しかしこの【断魔檻】は、普通の結界ではない。
「うっ……何だこれっ頭が痛い!?」
「チュア兄っなんかゾクゾクするっ」
「くそっ、なんだこの魔法!」
「主様が怒った時みたいな……!」
結界から滲み出た魔力が魔圧となって子供達に忍び寄っていた。
何よりシンプルに力の差を表す強烈な魔圧は、結界に近ければ近いほど、リアンに近ければ近いほど強く、子供達を苛んだ。
「ぐっ……!」
しかし魔圧の影響を受けるのは子供達だけではない。魔圧は【断魔檻】の中にいる者全て、つまりはミケにも影響する。
ミケがこの魔圧の中動ける時間、リアンはそれを二分半と判断していた。魔圧は保有する魔力量の差が大きいほど強く影響を及ぼす。魔力を消耗しているミケに、この魔圧はなかなか辛いものがあった。
「体に魔力を纏え。でなければ心を落ち着けろ。精神を乱すな。集中して動けば、この程度の魔圧、さして気にならなくなる」
「っ、無茶じゃねーか!?ご主人!」
「ほら、子供達の動きが鈍くなっているぞ。あと五人、捕まえて見せてくれ」
「ぐぬぅうう!」
文句を言いながらもミケは脚を止めることはなく、一人、また一人と子供を捕まえた。
「あと二人、三十秒。頑張れミケ」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
走り疲れて、という事に加えて、過度な魔圧に苛まれて、冷や汗がミケの頬や背中を伝う。
【断魔檻】発動後に脱落した子供達は結界の外に出せないため一番魔圧の薄い結界の真ん中で休んでいるが、もう妨害する体力もないのか大人しい。代わりに外野からの声援が場を賑やかせていた。
「頑張れチュアーーー!」
「ああっ!チュイが捕まった!!」
「最後の一人だ!」
「逃げろーーー!!」
「「「十!九!八!七!」」」
残り六秒、五秒とカウントが進む。最後に残っていた二人、チュアとチュイは、二人になった時点で真反対の方向に逃げていた。そのため、ほんの五秒前まで、ミケとチュアの間にはグラウンド四分の一分の距離まるまる空いていた、はずなのだが。
「最後の、一人っ!逃さねーからっ!!【身体強化】!」
「何!?」
まるで打ち出されたかのような勢いで、ミケが最初で最後の魔術による加速を見せた。魔力を使い切ってから今までのほんの僅かな時間で回復した分の魔力を無理矢理捻り出したのだ。
頭の隅で、もはや勝ちが決まったも同然だと思っていたチュア。しかし油断はしていなかった。重たい体を叱咤して覚悟を決め、魔圧の強いリアンのいる方向へと駆け出した。
「はっ、はぁ!はぁ!捕まってたまるか!僕は、負けられないんだ!!」
「ガキがっ!!」
四秒、三秒。
「「「二秒!一秒!」」」
猛烈な勢いでチュアに迫ったミケ。その伸ばした腕が、走るチュアの背に触れたかと思われたその瞬間。
「っ……」
「チュア!?」
「はっ!?うがっ!」
突然チュアが倒れ込み、伸ばされたミケの腕は空を切った。そしてバランスを崩したミケも前転するようにチュアを飛び越え、勢いそのままに地に転がった。
「「「ぜろーー!!!」」」
「おわった!」
「勝ったの?」
「見えなかった!!」
「馬鹿っおいちびっこズ、大人を呼んで来い!チュアが倒れた!!」
「「「ええ!?!?!?」」」
「なんてこったい。転けただけだといいがな」
消えていく【断魔檻】をすり抜けて、メルテロリスとラ・オイはチュアに駆け寄る。
その場には既にリアンとミケ、年長の子供達が集まってチュアの様子を見守っていた。
「おい!チュアは大丈夫なのか!?」
「大丈夫。魔圧に気圧されて気絶しただけだ。体が拒否反応を示すまで無理をするとは、なかなか見込みのある戦士だな」
「そ、それ本当に大丈夫なのかよ!」
「本能的な危機回避だ。問題はない。上手く転んだようだし、もう直に目を覚ますだろう」
原始の時代から、魔圧の強さは互いの力を示し合うための最も単純なパラメータだ。単純であるが故の絶対さ。魔力を宿す身体を持つ魔族という種族において、これ以上明確な戦闘ステータスはない。原始の頃の名残で今もなお、身に余る強さの魔圧に曝されれば本能が生き残るための反応を引き起こす事はままある。例えば体の震え、異常なまでの危機感や恐怖感、冷や汗に吐き気、頭痛、酷い時には錯乱、気絶。
そう、この勇敢な戦士チュアは、気絶するほどの恐怖感に立ち向かいながらリアンの方向へと走ったのだ。ミケから逃げ切って、勝利するために。
「……っ!うう」
「チュア!目が覚めたか!大丈夫か?」
「メルテロリス兄さん……。えっと、多分大丈夫、あ!勝負は……!?」
「この馬鹿!無茶しやがって!そんなことより、さっさと医務室にいくぞ」
怒っているメルテロリス。心配そうなラ・オイや兄弟。悔しそうなミケ。そして、満足そうに微笑むリアン。
「おめでとう、チュア。お前達の勝ちだ」
チュアはその言葉に安堵し、体の力が抜けた。
子供達に呼ばれて来たアノと共に、怪我をしたり魔圧に酔ったままのメンバーを連れて一行は医務室へと向かった。




