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昼食

  日も随分高くなり、高所独特の涼やかさを感じられるようになった頃。

 岩ばかりだった景色から、手入れされた高山植物の緑も目立つ風景へと変化し、すれ違う馬車の数も多く見えるようになってきた。


「あと少しでヴェール領、三色方門だよ。この門は貴政城アラキサンダライトに一番近い門さ。お城はそっち側の窓から見えるから、よく見ておきな、坊主」

「貴政城アレキサンダライト?」

「それも知らないのかい?アレキサンダライト城はそれはそれは荘厳で美しい、最高のお城さ。このヴェール領の政治の中心でね、ヴァンパイア様方が集われるところだよ。ヴェール領のシンボルと言ってもいい」

「へえ〜」


 老婆が言うように、暫くすると黒と灰の重々しい城が窓から覗いた。色彩はほとんど無く静かであるのに、施された装飾や石像は遠目からでも分かる華美なもの。

 ヴェール御三家であるアレキンヴェール家、サンダンヴェール家、ライトンヴェール家の共通の始祖は、家を三つに分けた後、三家が共に協力して領地を治めるよう一つの城を建てた。それが今もこの山脈に聳えるアレキサンダライト城。市民からは尊敬の念を込めて貴政城とも呼ばれ、仰がれている。

 いくつもの塔を従え街を見下ろすその城は、ヴァンパイア一族の荘厳さと理性的な姿勢を表すような、静かな美しさのある城だった。


「すげー……!」

「そうだろうそうだろう」


 目を輝かせて外を見るメルテロリスを、老婆が微笑ましげに見つめていた。


 やがて馬車は停留所にたどり着く。

 澄んだ空気。道沿いには等間隔に並んだ黒い常夜灯。広場には大きな石像が三つ。遠くに見えるのは先程の荘厳な城、アレキサンダライト城。人も多く、街道も裏道もしっかりと石畳が整備されている。小綺麗で洒落た雰囲気の街だ。


「意外と普通の街だ……」


 不気味さや粗暴さとは無縁そうな街並みに、メルテロリスはほっと息をついた。


「それじゃあね、兄ちゃん達。ヴェール領を楽しんでいっておくれ!」

「ええ、お話ありがとうございました。お気をつけて」

「楽しかったぜ婆さん!」

「おや。レディに向かって失礼な坊主だねえ」

「レディ……?」

「女性はいつまでもレディさね!ケヘヘケヘヘ」


 老婆は気分を害した様子もなく、笑いながら去っていった。


「ミケ、お疲れ様。酔ってないか?」

「大丈夫だ」

「そうか。ならいい。取り敢えず食事にしよう。そこで少し話がある」

「分かった」


 カタカタと自走椅子を鳴らして三人は街道をゆく。食事処はいたるところにある。リアンの要望で、比較的混んでいる店に入ることになった。

 入ったのは昼時で賑わう大衆食堂。広い店内にところ狭しと卓が並べられ、そのほとんどが既に埋まっている。ガヤガヤカチャカチャと話し声や食器の鳴る音が響いていた。リアンは少し嫌な顔をした店員に多めのチップを支払って机を少し動かしてもらい、自走椅子のまま席についた。


「ご注文の料理お待ちどーさまです!」


 運ばれてきた肉や芋を三人で消費しながら、リアンは小声で話し出す。


「眷属について教えておこうと思う」

「血の契約で支配された奴らの事だよな?」

「そうだな。ただ、そう単純なものでもないのだ」


 眷属契約とは、なにも一方的で理不尽な契約ではないと、リアンは考えている。


「ヴァンパイアが使う眷属契約は、双方の同意がなければ成立しない血魔術の契約だ。術者は支配者となり、被術者は被支配者となる。血魔術はヴァンパイアの得意分野だな」

「こっわ!なんだよ血魔術って」

「血を使うのか……?」

「血を媒体に行使する魔術だ。ヴァンパイアの血液は、血魔術への適性がとても高い。聞いたことがないか?ヴァンパイアの料理には手を付けるな、と」

「え、あるけどそれはヴァンパイアは貴族だからってことじゃねえの?」

「それもある意味では正しいかもしれないが、本来は少し違う。ヴァンパイアの料理に……というのは、ヴァンパイアが出した料理に……と言ったほうが正しい。ヴァンパイアから出された料理には血が混入している可能性があるから手を付けるな、という意味だ。力の強いヴァンパイアは、相手の体内に入った血液すら媒体にできる」

「お、おえぇ……食欲失せる……ってか怖い!」

「……同意」

「まあそんな事ができるのは相当の技量と力量がある者だけだ。どちらかというと、迷信に近い」

「なら良かった」


 不可能ではない、というのは事実ではあるのだが。


「話が逸れたな。眷属の話をしよう。眷属契約は、双方の同意がないと成立しない。私はそのヴァンパイアの性格は知らないが、お前がいざ分領に乗り込んだとして、眷属化を拒否し続ければ、無理矢理眷属にされてしまうということは起こらない。その代わり、誤魔化しでもその場しのぎでも、同意してはいけない。ミケ、お前もだ。いいな」

「わ、分かった」

「……オレのご主人はアンタじゃねえのか?」

「ああ、そうだな」

「奴隷契約があっても、……上書きされちまうのか?」

「どうだろう、実際に試してみなければ分からぬ事だが、最悪の場合はそうなるかもしれない。なんといっても相手はヴァンパイア。ヴェール御三家の当主クラスに力のあるヴァンパイアなら、一人で魔王軍の大隊ひとつくらいなら足止め出来る力がある。普段冷静に政治をしているのが不思議なくらい、ヴァンパイアという種は強い。油断はするな」

「分かった……気をつける」

「とんでもねぇなヴァンパイア」


 料理を完食して、メルテロリスは追加でデザートを注文した。運ばれてきたぷるぷる揺れるゼリーは美しい緑色。余りに鮮やかなそれを、ミケが怪訝な顔でじっと観察していた。

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