序章
初めての投稿です。
魔大陸と呼ばれる大陸の、最南端の国。魔帝国を治める十柱魔王が一柱、守護の魔王が治める守護の国。その国は今、危機的な状況に陥っていた。
千年以上前に勃発した最悪の大陸間戦争──大陸大戦以来初めて、真人族──通称、人間──の住む大陸より大規模軍事的侵攻を見据えた宣戦布告なされたのである。
人間の戦艦が目指す先となった守護の国では、魔王により国全域に緊急避難命令が発令され、防衛が強化される主要な都市や街に、周辺の集落から民が集められた。
その主要な都市のひとつ、海に接する港都市にて、二人の武将が眉間に皺を寄せて話し込んでいた。
「何故今なのか。我らと人間の間にはもはや国交はおろか、大陸間の行き来すらないというのに」
「勇者……こちらでいうところの、厄災者の復活が確認された、と」
「本物なのか…?」
「まさか。……と、言いたいところだが。待機命令を無視して人間の戦艦に突撃した部隊は惨敗した、と報告があがっている。ドウェ将軍の直属の精鋭部隊だそうだ」
「ドウェ将軍の?まさか!先々代魔王時代から仕えている実力派の将軍だぞ、その精鋭が、人間相手に惨敗?」
「つまりは、今回の厄災者が本物だということだ。さてさて、守護の魔王サマはどうするおつもりか」
ひとりの男が嘲笑するように吐き捨てると、もうひとりはさらに表情を険しくした。そこに一国の王、国最強の称号を持つはずの魔王に対する敬意は一欠片も浮かんでいない。
「ふん。あの魔王に何ができる。守護の魔王?笑わせおって。結界を張るしか脳がない、戦場にも立てん奴が魔王を名乗るなど…腹立たしい事っ!前線に立ち敵を打ち砕いてこそ魔王!それを配下に任せて自分は傍観を決め込むような………あんな軟弱者に国を任せてなどおれぬ!我ら猛炎派が動かねばならん!人間に好き勝手されてたまるか!」
「ええその通り。猛炎の君もそのおつもりでしょう。お可哀相に猛炎の君。優れた戦士であられるのに、兄弟には恵まれなかった。軟弱者の兄に年の功だけで魔王の座を奪われてしまわれるなんて、酷い屈辱でしょうな」
「であるから我らが援助して、あるべき形に戻して差し上げるのだ。そういう意味では厄災者は使える。ここで猛炎の君が厄災者に打ち勝ったなら……」
「守護の魔王サマとて、認めざるをえませんな。猛炎の君こそ、この国の王に相応しいと」
「そうとも、力ずくで認めさせるまで!我らに大義と実績があれば、歴代最弱の魔王など、猛炎の君、リーヴェレイド・ベスト様を前に手も足もでまい!」
「我が君に足りていないのは、実績だけですからね」
額に赤い角が生えた有角族の武将二人によって、その様な会話がなされたのが一月前。
────守護の国、首都ディエズヴィル
夜も更けた守護の国の最大都市、首都ディエズヴィル。人間の宣戦布告以後、ピリッとした緊張に包まれているこの都は、夜と共にしんと冷たく静まり返っていた。
黒い夜空に高くそびえる魔王城、その王の間、玉座にて。守護の魔王リアン・ベストは、戦死者の報告を受けていた。
「……艦隊の先頭には厄災者がいる。近づくなと命令を出したはずだ」
憂うように俯かせた額を右手で支えながら、彼はやりきれぬ思いに顔を歪ませた。少し長い黒髪に湾曲した黒角、壮年手前あたりとみれる冷たい風貌の有角族の男。彼がこの守護の国に君臨する守護を冠する魔王、リアン・ベストである。リアンは現在、国の、ひいては大陸の防衛を固めるための国中巡回を終え、帰城したばかりであった。
「将軍らの独断でございます。リアン様が気に病まれる必要はございません」
リアンに答えたのは獣態系魔族の男。名を、ロウ。黒い毛の狼耳と冷たいブルーの眼を持つ大柄で威圧的な男である。彼は守護の魔王直属部隊──忠剣八刃がひとりにして、側近の従者でもある。ロウは一月ぶりに城へ帰った主を前に報告を終え、不機嫌そうに尾を揺らしながら命令違反による死者を詰った。
「全ては奴等の自業自得ゆえ」
「そういう訳にもいかない。私は彼らを統率せねばならぬ立場なのだから。これは私の力不足が招いた結果。巡回も急いだつもりだったが、遅かった。あと少し早ければ直接止められたものを……」
「救えぬ愚か者も存在するのです。して、巡回の方はいかがでしたか」
「ああ……無事済んだ。結界も予定通り。これでもう誰も死なない」
リアンの宣言にロウはしっかりと頷いた。
「本当に国全てを結界で覆ってしまわれるなんて」
「正確には民が住む範囲だけだ。皆それぞれ近い都市に移動してくれた。だが、結界をいくつもに分割したために、巡回に時間がかかってしまった。【転移】が弾かれてしまう領域も、意外と多くてな。お前の部下達が頑張ってくれた」
リアンは宣戦布告からの一月を使い、守護の国全域、人の住む場所全てに結界を張って回っていた。街はもちろん、村や集落、山脈や湖まで全て。そして同行していた他の忠剣八刃も道中各地に配置。その地の防衛にあたるよう命令を出した。
「お前にも世話を掛けた、ロウ。あと少しだ。あと少しでこの緊張状態は終わる」
「行かれるのですか」
「ああ」
全ての守りは完了した。これで心置きなく人間達と対峙できる。リアンは各地に置いてきた配下と繋がる指輪を撫でながら、ひとつ息を吐いた。信頼する配下達はきっと、指示通り民を護ってくれる。心配はいらない。
リアンの人差し指から小指まで、親指を除く全ての指に一つづつ指輪が嵌められた指先が、王座に指示を送る。すると軽い金属音を立てて王座が滑るように動き出した。この王座はかつてリアンに献上された魔動式自走椅子である。古くから使われていた王座はリアンが戴冠した際に宝物庫へと移動され、それ以来この魔動式自走椅子が王座の代わりとなっている。王座としては控えめな装飾であるが、背の高い威厳あるつくりの椅子である。
何故王座を変えたかというと、リアンにはこの椅子を使わねばならない事情があったからだ。
リアンは、足を動かす事ができない。立つことも、歩くことも叶わない。
つまり、歴代魔王のように魔剣を振るったり、魔獣を乗りこなしたり、甲冑に見を包んで戦場で戦うことができない。もっと言えば座った状態では背後を振り返ることすら難しい。この障害はリアンが歴代最弱と呼ばれるひとつの要因であり、魔王となる以前からリアンに付き纏う鎖だった。
ロウは自走椅子に座ったリアンの後をついて、王の間を出る。リアンはこの夜が終わり次第、朝日が昇るとともに、人間の戦艦が陣を組む、沖合の海へ向かわなければならない。これ以上人間が魔大陸に近づけば、こちらも軍を出さざるを得なくなるから。
「……どうしても、戦場にご一緒させては頂けませんか」
「何度も説明しただろう。それは出来ない」
もう幾度なく繰り返された会話。ロウは歩きながらリアンに願い出る。
ロウはリアンが戦闘禁止命令に込めた優しさを知っていた。誰も死なせないための命令だと知っていた。そしてそれを説明しても理解出来ぬ者が大半だと言う事も知っていた。まして理解しようとすらしない者もいる事も知っていた。それらは忠誠心や献身からではない、ただ力を示したいがための我が儘な自己主張と反発からくる反抗だ。それでも主はその全てを守る。自分に敵意を向けていようと関係なく、国を、この土地に生きる全ての者を守るのだ。そんな主をどうしてひとり、戦場に送れるというのか。
待機命令。敵を目前にして、お前には敵わぬと判断されたという悔しさ。憤り、反発。ロウには命令を無視した将軍らの考えも理解出来る。だが、いくら悔しかろうと悲しかろうと、主がそう言うならそうなのだと受け入れるべきだ。それが自らの為になる。わかっている。わかっているのだが。
その敵わぬ相手に主は、ひとりで対峙しようとしている。誰も連れず、ひとりで立つことすら叶わぬ不自由なその身一つで。その行動が、他を傷付けないための優しさであっても、むしろそんな優しさであるからこそロウは願うことをやめられない。万が一が、万が一ないとは言い切れないのだ、そうなってしまった時、自分は最期まで共にありたいと。自分の生存確率が下がって、リアンの安全性が少しでも高まるのなら、それが本望であるのにと。
無言で訴えるロウを見て、リアンは口を開く。これもまた幾度となく繰り返された会話だ。
「厄災者が持つ献身のオーブは、かつて真人族が生み出した秘宝。適合者でなければ、触れるだけで命を落としかねない。あれの適合者は大勢の味方から提供された力をひとりその身に宿し、文字通り厄災並の被害を生む。千年以上前、あれでいくつもの国が、山や森が、大勢の民が……滅んだ」
「大陸大戦ですね」
「そう。まさしく戦乱の時代だった。戦士も、貴族も、王も、精霊も、老人も子供も、死んだ。皆戦場で死んだ。そこかしこが戦場だった。敵いもしないのに戦って、死んで。戦力を削ぐためなら非戦闘員だろうも関係なく。……もう二度と、あの悲劇を繰り返してはならない」
「……。……自分も連れて行っては下さいませんか。自分はリアン様の従者であり刃。使われることを望んでいるのです。少しでもお役に立てるなら……」
「ロウ……。お前では厄災者を止められない」
二人はリアンの自室までたどり着いたが、いつもはここで別れるロウが中に入って無言で茶の準備をし始めたため、リアンはもう少し話をしてやる事にした。
ロウが淹れたのは草の根の茶。癖があるが花の茶と割ると美味い。リアンは深夜用の薄明かりのまま作業を済ませたロウを、月の光が届く窓際の椅子に座らせた。自分も対面の位置に場所を取り、茶を受け取る。明かりをつけてもよかったが、この静かな夜を邪魔してしまうのは勿体なく思った。
「……この時代では人間と呼ばれるが、彼らがかつて真人族と呼ばれていた事は知っているな」
「はい。正確には別物だと聞いたこともありますが……」
「そうか。……別物かと言われたら、答えは否。人間と真人族は同じ種族だ。かつて私達魔族が、真人族と己等他種族を区別するために彼らから族という呼称を取り上げ、人間と呼称を改めた。昔は人間も、真人族という魔族の仲間だったのだ」
ロウは真剣にリアンの言葉に耳を傾ける。リアンから人間の話をされたのは初めてだった。リアンは御茶を口にしながら続ける。
「この話はあまりに主観的で、あまりしたくはない。だが、誰にも話さずにいるというのも、責任の放棄のように思える。だからお前はこれを事実とするのではなく、ひとりの生き残りの話として聞け。千年前の封印から復活した、大戦最後の生き残りの話として」
リアンはどこか遠くを見つめるように窓の外を見つめている。
ロウには、その視線の先にリアンの父が居るように思えた。
今は亡きリアンの父──千年以上前に魔大陸全土を統べ、大魔王と呼ばれた男は、大陸大戦の時代を生き、その終戦とともに封印され、再び現代に復活したこの国の先代魔王。
リアンの言う最後の生き残りという言葉に込められた父への哀悼を、ロウは敏感に感じ取ったのだ。
リアンはロウに視線を戻さぬまま語る。
「始まりは小さな小競り合い。しかし徐々に広がった戦乱の炎は、混乱に混乱を極め、紆余曲折を経て……真人族対それ以外全ての魔族という構図に行き着いた。…そしてその終結は、合意や和解ではなく、かといって一方の勝利や征服でもなかった」
静かな部屋にリアンの独白のみが響く。
「私達の敵は真人族、真人族の敵は私達全て。これが事実だが、こう聞くと真人族が迫害されている様に聞こえるな。実際は逆だ。真人族は昔から種族間に問題を起こしやすい一族だった。その原因となったのは、極端に異端を嫌う思考だ」
ただ淡々と、無感情に語っていたリアンが、少しだけ目を伏せた。
「彼らは自分達の中にある“常識”や“普通”を信仰する」
「常識や、普通を……?」
精霊でもなく王でもなく祖先や教えでもなく、常識や普通を信仰する種族など、ロウは聞いたことがなかった。リアンは一度息を吐き、視線をロウに移した。
「そう。そして彼らは、そこから外れる者を異端と見なして排除し、或いは見下す。自分の普通はこれ、あちらの普通はそれ、という考えを受け入れない。自分達が普通、それ以外は普通ではない、異質なものだ、と」
リアンは無表情を崩し、諦めと悲しみの混在するような表情を浮かべる。
「しかもその普通というのも個ではなく集団に宿る。彼らは集団で個であるのだ。そして集団に属さない者を排除する。そんな彼ら真人族を理解した当時の他種族達は……和解の道を捨てた。だが強力な集団魔術、献身のオーブ、それを扱う勇者と呼ばれる者達等の大きな脅威。それらを持つ彼らを滅ぼし尽くすのは難しい。故に出した結論は、一時停戦の後の徹底的な住み分け。真人族を人間と改称し他種族と完全に切り離した存在として、違う生き物として扱ったのだ」
「違う、生き物、ですか」
「人間と私達は共存できない生き物同士、そう割り切った方が双方の為だったのだ」
空になったカップをソーサーに置き、ひとつ息を吐く。濡れたカップが月光を反射して光った。リアンは続ける。
「……私達はニつの大陸のうち大魔王の治めていた大陸を魔大陸とし、人間を除く全ての魔族が暮らす土地とした。そして全ての人間を魔大陸から追放。魔大陸から追い出された人間はもうひとつの大陸に、もうひとつの大陸に住んでいた魔族は強制的に魔大陸に。更に、簡単に大陸間の行き来が出来ないようにと、それまで中継地として使っていた島まで潰して、徹底的に住み分けは行われた」
現在、人間の住む大陸に行こうとすれば、荒れ狂う海を休みも補給もなく半年以上進まねばならず、加えて人が行き来しないために長年狩られずに成長した巨大魔獣を相手にしなければならない。
それだけでなく、大海を司る精霊や、国境を司る精霊が行く手を阻んでいる。
大陸大戦で損害を負ったのは地上に生きる者だけではなく、精霊も例に漏れなかった。精霊の住む別世界、ニ界に暮らす多くの精霊達もまた、再びの大陸大戦を防ぐべくこの隔たりを守っていた。
「当時の真人族も、ひとつの大陸をまるまる独占出来ると説得され住み分けを受け入れた。彼らは意見を割らない。故に一度説得してしまえば内部で反乱など起きない。強引に、されど完璧に、住み分けは遂行された。二度と互いに干渉しないという、口約束とともに」
「そして大陸大戦は終結したのですか」
「いや……」
リアンは目を閉じ無表情に戻った。
「人間との割り切りはそれで納得しても、私達連合魔族とて戦争で負った傷は消えない。何かを失った悲しみや怒りは、発散する先を一時でも人間の味方をした者達へ向けた。ほとんど言いがかりだった。誰もが誰かを責めずには、傷付けずにはいられなかった。悲しみの連鎖を止めるには、終止符が必要だった。それが、大魔王の封印」
大魔王が、この大戦を止められなかった責任をとって、永遠の眠りにつく。それをもって、魔大陸の全ての魔族は矛を収める事とする。それが大陸を支配した最強の大魔王の最期の命令だった。強者が、弱者同士の争いを収める為に首を切る。現代より弱肉強食が顕著であった当時では考えられない事だった。
衝撃をうけた数少ない生き残りの配下も大魔王に追従しようとしたが、大魔王はそれを許さなかった。唯一共に封印される事を許されたのは直系の息子であるリアンのみ。
先は今も伝承されている通り。生き残った魔族のうち力のある十の長が、土地を十に分け、それぞれの復興を取り仕切り新たな国を築いた。彼等は十の魔王、大陸を支える十の柱として十柱魔王を名乗ることになる。大陸を十に割るシステムを形成したのは、大魔王の封印後自死をせず生き残った配下達だった。戦乱を終わらせる事しか出来なかった大魔王に代わり、彼らはその後の平和を築いたのだ。
「そうしてようやく終わった大陸大戦。……だが、永遠に解けないはずだった封印が解かれ、目覚めぬはずだった私達は千年の時を超えて目覚めた。当初は意味が分からなかったが、平和な世界は案外、私達親子にとって心地よいものだった。父は再び王となり、私には可愛い弟までできた。そして、お前達とも出会えた」
大陸を支配した大魔王の息子から、大陸を支える十柱魔王の息子になり、リアンは父と同じく十柱魔王と成った。
「もしも復活した父が終生贖罪としてこの国に尽くしたように、私にも役割があるとするなら、それは何だ。それがきっと今なのだろう。再びの大陸大戦を防ぐ。ろくに戦えぬ私にお誂えたような使命だ。この平和を、終わらせる訳にはいかない。守ってみせる。平和を。国を。民を。家族を。お前たちを」
静かな決意を示したリアンに、ロウは口を閉ざすしかなかった。
耳を伏せてしまったロウへ、リアンは一度口角を上げて微笑んで見せる。薄青色の月明かりに輝らされた最弱と呼ばれる魔王は、ロウの目に、常以上に高潔な存在に見えた。
追記
○時系列メモ
1150年前 大陸大戦終戦(人間VS魔族)。大魔王&リアン封印。
↓
150年前 1000年の時を経て、大魔王&リアン復活。
↓
現在 人間からの宣戦布告。大魔王死去済。
読み直す度分かりにくいなと思ってます。すみません。
雰囲気で読んで下さい。
○その他
人間=真人族
魔族の寿命は500〜999年
人間の寿命は100〜200年




