第六話 黒歴史
迷宮の天井が勢い良く崩れ、土煙が巻き起こる。
嘘だろ…!?迷宮の天井だぞ!?どれだけ分厚いと思ってるんだ!
偶然だとは思えない。
つまり、誰かが人為的に起こしたものだ。しかも、俺たちに悪意があると見ていいだろう。
暗かった迷宮が明るくなる。差し込んだ光は、まるで積み重なった瓦礫の頂点に立つ彼女を照らすようだった。
「バトラー!バトラー!だいじょうぶ!?」
俺は土煙で見失ったバトラーを必死に探す。
「私は大丈夫です!それよりも奴に気を付けてください!奴は十年前に王様と王妃様を殺し疾走した、最強のヴァンパイアハンター、クロックです!」
クロック?何故バトラーは俺のHNを知ってるんだ?
…いやいやいやちょっと待て、その前に色々重要な事言ってたぞ。クロックが王様と王妃様を殺しただとか、ヴァンパイアハンター最強とか…
俺は再び彼女を見つめる。
戦闘の邪魔にならないよう肩にかからない程度に切られた赤髪。体を覆い隠すように着けられた黒いマント。そして、彼女には似合わない大きすぎる二丁拳銃がマントの隙間からちらついて見える。
ま、間違いない……。
あいつは………。
俺だ。
…いや、待て。とうとう頭がおかしくなったとか誤解しないでほしい。俺の前世は決してあんな美少女ではない。あれは俺がゲームで使っていたアバターだ。
あのキャラはゲームの際にキャラメイクした女主人公。俺はその名前をHNのままクロックにした。高校生にもなって相変わらず中二病を拗らせていた俺はマントをなびかせて、
「はーはっはっは!!我は吸血鬼を地獄に落とす物、クロック!!そして貴様の運はここで尽きたようだ。何故ならこの我が来てしまったからなあ!!」
とか自分の部屋でポーズとって遊んでたんだ……。
そのどんな優秀な医者も秒で治らないと諦めるであろう重病を治してくれたのはトーラちゃんだった。
代償として、俺は新たなる沼へとハマることになった訳なのだが……。
しかし、まさかゲームみたいな異世界だからといって、自分の作ったキャラと対峙することになるとはな。そして今目の前で俺の黒歴史が元気に動いている。
これは…。
生き地獄だ……!
絶望に叩き落とされている中、俺はある一つの考えにたどり着いた。
待てよ、もしクロックの装備、ステータス等がゲームの俺と同じだったら……。
…非常にヤバイ!!
「バトラー!!アイツはヤバイ!ステータスフルカンスト!とても強い!!」
「ええ、すてーたす…?の意味は分からないですが奴が危険な存在なのは私も身をもって理解しております。」
そういえば、バトラーはクロックと戦ったことあるのか。今、バトラーはステータスという物が何か分からないとも言っていたな。確かに、異世界転生ではよくあるステータスやスキルというものを俺はまだ見ていない。
「はーはっはっは!!我は吸血鬼を地獄に落とす物、クロック!!そして貴様の運はここで尽きたようだ。何故ならこの我が来てしまったからなあ!!」
クロックが高笑いをする。
うっわ一言一句同じかよ!!
俺は心に深刻なダメージを受ける。まるで目の前で黒歴史ノートをSNSに公開されているみたいだ…。
しかし、もし俺の予想が当たっていたらアイツは馬鹿にできない強さを持っている。
当時ゲームにドハマりした俺は、女主人公を当たり前のようにレベルカンストさせていたし、ステータス向上のタネを何個もカジノで集めてステータスも同じようにカンストさせた。装備はゲーム内で作れる最高の装備を着けていた。
それに対して、今の俺は碌に魔法を使えず、肉弾戦も慣れていない。
あれ、これ、ヤバくね……?
いや、そんな弱音は吐いていられない。こんな奴には絶対に負けたくない。
「お前らが吸血鬼の生き残りだな。その命、この我が貰い受ける。」
「サイアク……」
俺はこれ以上にないジト目を向ける…。しかし、この秘めたる思いは相手に届かない。
「何が最悪だ。この我の良さを分からぬとは、まだまだお子様のようだな。お前は早くお家に帰ってねんねしてるのが似合う。」
カチンときた。
コイツ……!
過去の自分に言われるとメチャクチャ腹立つ!!お前の方が精神年齢子供だろうが!!何が我の良さだよ全く!一ミリも分かんねえよ!!
「……とりあえず殴る」
俺は拳に殺意をを籠める。正直魔法は役に立たないので、近接で戦うしかない。
「はーっはっはっは!その意気だぞ幼い吸血鬼の少女よ!気に入った!その反抗的な態度、我がしっかり叩き直してやる!」
そう堂々と宣言した瞬間、クロックが視界から消える。そして気づいたら目の前にいた。まるで瞬間移動でもしたかのようだ。
早すぎる……!!まさかここまでとは思っていなかった…!
クロックは俺の心臓に銃口を向ける。
その距離はほぼゼロ。確実に即死だ。
「トーラお嬢様!〈血魔法血の斬撃!!〉」
バトラーが割り込むように、魔法を放つ。
真っ赤な斬撃がクロックを襲う。
「おっと、危ない」
クロックはそれを簡単に避ける。
力の差がありすぎる…!!
いや、今のバトラーの攻撃も決して悪くは無かった。常日頃から研ぎ澄まされた、殺意ある一撃。ただ、相手が悪する。
正直、昔の俺がここまで強いとは思ってなかった。
「バトラー!援護魔法!」
「はい!〈血魔法 俊足〉〈血魔法 身体強化〉〈血魔法 パーフェ……」
途中でバトラーの詠唱は途切れた。
「それ以上は我が許さん」
クロックがバトラーの詠唱を銃撃で妨害する。
くっ……!!コイツの発言がいちいち尺に触る。
バトラーは防御に手一杯で動けない状態だ。
「バトラー!!」
俺はバトラーの援護に入ろうとする。
「もういいチビッ子。お前の強さは十分に分かった。この程度とはな、正直ガッカリだよ。だからお前は寝てろ。」
思い切りカウンターの蹴りをくらった。迷宮の壁に思い切り打ち付けられる。
「ぐっ…」
クソ!このままじゃ俺は完全に足手まといだ!
何か!何か出来ないのか!