第五話 チュートリアル②
迷宮攻略初日。俺は重大な問題に直面する。
魔法が全く使えなかったのだ。なので今日は戦闘は行わずに魔法の練習に専念することにした。
最初は詠唱すればでるのかなーという軽い気持ちだった。だが、唱えても唱えても何も起こらなかった。しかも何も起こらないくせに魔力は消費するというオマケつき。
「バトラーのうそつき……」
俺は本人に聞こえないように愚痴を吐いた。
何がトーラお嬢様の魔法は素晴らしいだよ全く…。
俺の魔法練習は極めて難航した。
体では理解しているのに、それをどう使えばいいのか分からないのだ。まるで重要な機関を落とされたみたいだ。まあ中身はただのロリコン大学生だ。使えないのは無理もないのかもしれない。
しかし、せっかく来た剣と魔法の世界。
魔法ぐらいは使ってみたい。
しかしなー……。
いや、中身がロリコンとかそういう問題じゃない。俺の努力不足だ。
俺は今一度心を改め、魔法の練習を再開した。
〇〇〇
「血弾!血弾!血弾!……はあ、はあ、はあ」
迷宮攻略二日目。急に貧血のようなけだるさが俺を襲う。
俺は立っていられずにその場にしゃがみ込んだ。
「いけません!トーラお嬢様!」
敵をバッタバッタと倒していたバトラーがこちらにダッシュで駆け寄ってきた。
「はあ…はあ…はあ」
息切れが激しくなる。意識が朦朧としてきた。
「トーラお嬢様!血が足りません!早く、早く私の血を吸ってください!」
バトラーは俺の前に首筋を差し出す。妙な色気を感じた。
俺にはそれが高級料理店のご馳走のように見えた。目の前にご飯を出された犬のように、待ちきれずにバトラーの首筋に噛みついた。
「はあ…はあ…、んっ」
頬が赤くなり、気分が高調する。吐息が荒くなる。俺は味わうように血を啜った。
ん?美味しい……。濃厚なトマトジュースみたいな味だ…。
一心不乱に吸い続けた。
「……はあ。バトラー、もういい。ありがと」
噛みついた傷跡を舐める。バトラーは服の襟を直した。
「本当に無理はなさらないでください。魔法が使えないのは、あなたが目覚めたばかりで体が馴染んでいないからなののでしょう。」
うーん…半分当たっている。
「うん。ほんとにだいじょうぶ」
バトラーは非常に世話焼きだ。まあこんなに可愛い子にはつい尽くしちゃう気持ちも分かるけどね。
…しかし初めての吸血だった。人型に近い吸血鬼の首筋に噛みつくのは抵抗があると思っていたが、そうでもなかった。抵抗よりも本能の方が勝ったらしい。
血が無くなるとあんなにも動けなくなるとは思っていなかった。どうやら、血液は吸血鬼にとってヒトよりも大切なものらしい。
ただ、初歩中の初歩である魔法、血弾を数発打っただけで貧血を起こすとはなんだか情けなくなる。トーラちゃんに合わせる顔が無い。まあ今は俺がトーラちゃんなんだけど。
しかし、吸血はできるのに魔法は使えないのか…。どちらも身体が覚えている本能のはずなのに、魔法は使えない。何故だろうか…。
深く考えても意味はない。
練習あるのみだ。トーラちゃんの為なら頑張れる。
俺は少し休んでから魔法の練習を再開した。
〇〇〇
迷宮攻略三日目。吸血鬼は睡眠を必要としないので、その分魔法の鍛錬に勤しむことができる。そして俺は遂に〈血魔法 血弾〉の発動に成功する。
血を凝縮させた弾丸が狙った岩を吹き飛ばす。
「できた……!!」
つい嬉しくてまるで幼げな少女のようにピョンピョンと飛び跳ねる。なんか幼女退行している気がする。
「やりましたね!トーラお嬢様!」
バトラーはパチパチと拍手を送る。そういえば以前ゾンビと戦った時もベタ褒めしていたな。本当にバトラーは親バカである。
「うん。ありがと」
慣れない誉め言葉がこそばゆい。今まで俺は昔何かを努力したことなんてなかったし、親も見放していたので、褒められた経験がなかった。
ただ、今出来たのは血魔法の初歩である血弾。吸血鬼ならだれでも使える技らしい。うぬぼれてはいけない。
この気持ちを忘れないようにしよう…。
「もう、バトラーひとりを戦わせない」
俺は手をグーに握りがんばるぞいと言わんばかりのポーズを取る。
「頼りにしています。トーラお嬢様」
バトラーが俺の頭に手をポンと乗せる。とても微笑ましい光景だ。
「うん。がんばる」
〇〇〇
迷宮も大分内部まで入り込んできた。
辺りに暗闇が立ち込める。吸血鬼は夜目が効くので問題ない。魔物も出ずにただ歩くのも暇だったので、俺は一つ質問することにした。
「ねえ、バトラー、昔の私はどんなふうだった?」
「トーラお嬢様の過去ですか?面白い質問をしますね。覚えていないのですか?」
バトラーは少し考える。
「そうですねー……。トーラお嬢様は昔からあまり喋らない方でした。いつもご両親に甘えていましたね。その姿の可愛らしいこと。私はそんなあなた達をご奉仕しながら見守るのが何よりの幸せでした。」
「ただ、いつの日からか我らの城に吸血鬼狩り……ヴァンパイアハンターが乗り込んでくるようになったのです。奴らは何故か吸血鬼の弱点である|銀製の武器を持っていました。」
バトラーは眉をひそめる。
「最初のヴァンパイアハンターはとても貧弱でした。数名の吸血鬼でなんとかなった。ただ、その中に凄腕の強者が現れたのです…。」
「奴は…奴は…!!我らが同朋を無表情で皆殺しにした…!私は王と王妃を城から逃がし、仲間と共に戦いました。そこには幼いトーラお嬢様の姿もありました。」
「城から逃げる最中、王は苦渋の決断をします。それはトーラお嬢様…あなたを棺に入れ眠らせることです。」
なるほど…それで俺は棺に入っていたわけか。
「トーラお嬢様が眠ってから十年程経ちました。結局、王様と王妃様は再びお嬢様と顔を合わせることなく亡くなってしまいました。」
「バトラー……」
バトラーは泣いていた。大切な人を守れなかった時の気持ちは計り知れない。唯一残った俺に過保護になるのも無理もない気がする…。
バトラーの為にも、しっかりと生きないといけないな。
そう思ったその刹那。耳を抑えたくなるような大きな音とともに迷宮の天井が崩れた。