第四話 チュートリアル①
サングナリア王国へ行くためにはヴァドロン大迷宮を抜ける必要がある。ゲーム通りだったらの場合だが。
本来トーラ達の住む二グラム城はゲームの終盤で出てくるステージだ。なので、主人公が必ず突破しなければならないステージ、ヴァドロン大迷宮の攻略難易度は高い。迷宮内の敵はかなり強いし、出口まで来たと思ったら仁王立ちで中ボスのヴァンパイアが待っていたりする。
しかし、ヴァドロン大迷宮は『大迷宮』という割に規模がそこまで大きくない。ゲームの制作者が見栄を張って名前を大迷宮にしただけであり、その中身は迷宮と言うのすらいささか恥ずかしい程である。
で、そんな迷宮を俺たちは出口から進まなくちゃいけないわけで……
迷宮の出口に赴くと、そこには勿論中ボスであるヴァンパイアデーモンがいた。
ヴァンパイアデーモンは、その体からは考えられないような素早さで相手を翻弄する厄介なモンスターだ。
俺とバトラーは戦闘態勢をとる。
俺は一応吸血鬼の姫なんだから、コイツの上司的な存在にあたる俺は何か命令できないのだろうか。
ためしに心の中で〈服従しろ〉と言ってみる。
……。
ヴァンパイアデーモンは普通に俺たちに殴りかかってきた。
命令もクソもなかった。
ん……?そういえば俺、この世界に来てから能力とか戦闘とかしてなくね?
衝撃の事実に気が付く。
「バトラー……。わたし戦えないかも…」
俺はバトラーに弱音を吐く。
「大丈夫です。トーラお嬢様が戦えないなど万一にもありえませんが、この程度の敵なら私一人でもなんとかなるでしょう。」
え?嘘、マジで?
一応終盤のステージの中ボスよ?バトラーさんとそこまで変わらなくね?一体どこからそんな自信が湧いてくるんだが…。
しかし、そんな俺の心配は無駄だったようだ。
バトラーは相手の拳を容易に片手で受け止めた。体格差が三倍以上あるのに涼しい顔をしている。
「トーラお嬢様に仇なす不届き者め、愚かにも触れようとしたその罪、死んで償うといい」
決め台詞を言い放ってバトラーは相手の手を弾き、そのまま正拳突きをした。
轟音とともに相手の体にポッカリと大きい穴が開く。間違いなく即死だろう。
えぇぇぇ……。
「バトラー…すごい…」
俺は思わず感嘆の声を漏らす。
「このぐらいは当然です。トーラお嬢様程ではありませんが」
俺は思わず噴き出した。
いやいやいやいやいや!!ありえないだろ!!
俺がバトラーより強い?信じられない…。
「わたしってバトラーよりも強い?」
「はい。あなたの扱う〈血魔法〉は吸血鬼最強と言われるご両親よりも強力でした。血液の操作が突出してお上手なのです。」
「〈血魔法〉?」
〈血魔法〉とは、体内の血液を使い攻撃、防御を行う魔法らしい。血液は吸血鬼にとって生命の源でもあり、力の根源でもあるので非常に汎用性があるとか。
ゲームの中では、MP消費で使用する魔法だった。剣や弾丸など、レパートリーが非常に多かったイメージがあるな。
ただ、このゲームはターン制だったのでそこまで意味はなかったんだけど。
「あとは吸血鬼の一番重要な能力であり最大の攻撃でもある吸血ですね。私たち吸血鬼は血を飲まなければ死んでしまいます。トーラお嬢様は吸血鬼の中でも王位である姫ですので、吸血した相手の血液量によっては相手を眷属にすることが出来ます」
全然知らなかった……!
だってゲームだとトーラちゃん吸血とかしてこないんだもん。もし仮にしていたとしても〈トーラの攻撃!100のダメージ!〉程度しか表示されなさそう。
これは色々試す必要がありそうだな……。
迷宮で何をするか考えつつ、俺たちは出口からヴァドロン大迷宮を進み始めた。
〇〇〇
迷宮に入ってからほんの数分。
俺は今、一匹のヴァンパイアゾンビと相対している。
ちなみに〈魔物〉と称されるコイツらは、既に知性が欠落しているため敵味方の区別がつかずに襲い掛かってくるらしい。
全く、迷惑なやつらだ。
ヴァンパイアゾンビは、ゾンビとは思えぬ速さでうめき声を上げながら襲いかかってきた。
何コイツ早!!
流石終盤の雑魚敵なだけステータスが高いらしい。
ちなみに、ゲームだと素早さが高いほうから先に攻撃できる。ゲームの中の俺はステータスフルカンストしていたので関係なかったけど。
しかし、ゾンビの動きは見えない速さではない。落ち着いて敵を見据える。
そして俺は直前まで引き付け、横によける。
そのままバトラーの真似をして正拳突きをしてみた。
トマトを潰したかのような酷い音と同時に、ゾンビが塵になった……。
返り血が顔に付着する。
マジかよ……俺としては軽くジャブした程度だったんだが……。
「流石はトーラお嬢様!見事な動きでした!」
バトラーがパチパチと拍手を送る。過大評価しすぎな気がするけど。
「うん……ありがと」
終盤の敵でこれか…。もしかしたらこれが俺TUEEEEEってやつなのかもしれない。
俺は敵を一撃で吹き飛ばした爽快感に思わず口元に笑みをたたえた。