第三話 門出
「むー…」
未だに自分の声、体に慣れない。違和感がすごい。
いや、無理もない。前世の体とは性別も体格も全然違う。こんな弊害もあるんだな。自分の精神は女神?様によると強靭らしいから大丈夫だとは思うけどさー…。
これは慣れるまで大変だぞ…。
憧れの美少女人生も想像以上に難儀なスタートだった。
俺は自分の将来に不安を抱きつつ、バトラーの待つ大広間へと向かうことにした。三時間ぐらい待たせてしまった。これが彼女とのデートなら速攻でフラれるだろう。いや、女性とお付き合いした事ないけどさ。
トーラの住む城、二グラム城はゲームの中でも終盤で登場する崖にある城で、あまりの攻略難易度に数多のプレイヤーが苦戦した場所だ。黒塗りの城壁に加え一部分崩壊した城の外見が、いかにも不気味で、まさにRPGに出てくる魔王の城、といったところだ。
俺はそんな城の渡り廊下を歩く。
城の中央部分に位置する大広間。ここは昔吸血鬼の王家の間として使われていた時代があった。その頃の二グラム城は吸血鬼達で活気で溢れていた。あの頃は楽しかったなー……。今となっては過去の話だけど。
大広間に着くと、そこにはバトラーがポツンと一人で姫の命令を待つように跪いている。
こんなに広いと虚しいな…。俺は天井を仰ぐ。
「あー、バトラー。もういい、たって。」
「はっ」
バトラーが顔を上げる。
「ごめんね、バトラー。心配かけて」
俺はバトラーに向けてペコリと謝る。
「そんな!どうか頭をお上げください!姫様!私はあなたを守るために存在しているのですから!」
忠誠心が高すぎて辛い。ホント強制ロールプレイ状態じゃなかったら、人見知りでコミュ障の俺は一発で本性がバレて今頃バトラーにボコボコにされていただろう。
「バトラー。いまわたしたちはどうなっているの?」
今まで聞けなかった質問をバトラーにぶつける。
これを初めに聞こうと思っていた。なんか一日中トーラちゃん成分を堪能していたり、声と体のギャップに戸惑っていたりで、現在自分が置かれている状況を全く理解していなかった。異世界転生の主人公失格である。
「現在我々は吸血鬼を討伐し、生業としているサングナリア王国と対立状態にあります。あの憎き国家は我らが吸血鬼の王と王妃、ヴァンパイアロードとクイーンを殺した相手でもあります…!」
「その時、私が戦闘に参加できずに帰ってきた頃には、既に王と王妃が惨殺されていました…!私は…!私は…!王と王妃を守れなかった…!」
バトラーは泣き崩れた。
確かこれはゲームのイベントにもあったな。トーラ戦の前の王と王妃戦だ。主人公であるヴァンパイアハンターは銀の弾丸を二人の心臓に打ち込み見事に勝利する。二人が死亡するとトーラちゃんが後で目覚めるんだよね。
「バトラー、泣かないで。わたしもパパとママを助けられなかった。くやしいのは同じ。」
俺はバトラーにそっと手を差し伸べた。
「パパとママのかたきを取ろう?ね?」
俺はバトラーに微笑みかける。我ながら最高の笑顔だと思う。世の男性を骨抜きにできるだろう。
しかし、自分でもここまで仮の両親を殺害された怒りが湧くとは思ってなかった。
この体に染みついている感情なのだろうか。それとも俺のトーラちゃんに対する愛のせいだろうか。
「トーラお嬢様…!」
少女の天使のような笑顔を見て泣き止んだバトラーの瞳から再び涙が溢れ出る。
涙もろい奴め……。
しかし、仇をとるといっても一国家を相手にするのは相当厳しいだろう。そして、一番の問題なのがゲームの主人公であるヴァンパイアハンターだ。主人公補正とかでなんかいきなり覚醒とかしてチート能力を使ってきたらたまったもんじゃない。
そんな不安要素しかない相手に二人で戦うのはかなーりキツイだろう。
いやー、困ったなー……。
いや、でも別に国全体を相手にする必要はないのでは?俺はただ普通にこの体を楽しみたいだけなんだが………。
しかし、肉体の感情がそれを許さない。
「うん。国は滅ぼすべき、わたしはあの国を許さない」
少女は決意のこもった瞳で遠くを見つめる。
ちょっとー…トーラさん…。
「このバトラー、御身のままに」
バトラーが再び跪く。
あーー!これもうやらなくちゃいけないやつじゃん!
……まぁしょうがないか。他でもないトーラちゃんの願いなんだから。
俺は覚悟を決める。このゲームのような異世界で生き残らなければならないと。そして、この美少女を絶対に傷つけさせてはいけないと。
俺はロリコンであり紳士でもある。
トーラちゃんの為に!自分の為に!国でもなんでも滅ぼして、俺はこの美少女ライフを満喫する!満喫してやる!!
新たな決意を胸に、俺は第二の生まれ故郷である二グラム城を後にした。
……ただ、俺はこの異世界に物凄い誤解をしていることに気がつくのはまだ先の話だった…。