第零話 プロローグ
”ロリータコンプレックス”通称”ロリコン”この名誉ある称号を持つ日本人男性は極めて多い気がする。
いや俺の気のせいなのかもしれないけど、なぜか俺と似たような趣味を持つ同志を秋葉原でよく見かけるし、この前のコミケなんて幼女のアニメコスプレをしたレイヤーはいつも大人気だ。
しかもだ。一人で日曜日の朝に放送されている少女アニメの映画を見に行き、邪魔にならないよう後ろの席に座ったらなんと五人も同志がいたではないか。
その時俺は確信した。あぁ、みんな可愛くて小っちゃくて天使のような存在の幼女が好きなんだな、と。
「あー、美少女になりたい…」
最近これが口癖になってしまった。だって絶対にそんな人生の方が楽しいに決まってるじゃん。
誰が好きでこんな冴えない大学生の人生をやらなければいけないのだろうか。
今年で大学2年生になるつもりだった俺、石黒 壮馬はピカピカの大学一年生の時に酒と女――ではなく幼女という幼女(二次元)に没頭してしまい気が付いた時には出席日数が足りずに当たり前のように留年した。
俺が留年した事実に気が付いたのはホントつい最近のことなんだが。
これをきっかけに大学をやめフリーターになった。ニートではない。
働かないと同人誌買えないからね。
ていうか大学行くくらいなら、とら〇あなとかメ〇ンブッ〇スとかに行き、自分の好きなラノベや漫画を買った方が何倍も有意義だと思うんだが何か間違っているだろうか。
そんな同人誌に囲まれて生活しているある日、俺の脳内に言葉が響いてきた。
〈あなた――美少女になりたいですか――〉
ドラマCDの聞きすぎで勝手に脳内再生されてるかと思った。声が俺の理想そのものだったからだ。
確かに最近寝不足だったもんな。幻聴が聞こえるなんて俺もいよいよヤバイ。
いや、ロリコンとしてはランクアップしたのか…?
そんな事を思いながら愛用の万年床に潜る。
〈あなた――美少女にはなりたくないのですか――〉
再び同じ声が脳内に響く
「美少女になれたら俺はとっくになってるよ!あぁーーー!美少女になりてぇぇぇぇ!」
何度も言われてイラついたので、俺は大声で言い返した。
〈分かりました。あなたの望みを叶えましょう。転移を開始致します。〉
「はっ?えっ?ちょま――」
まさか返事が返ってくるとは思わなかったので、変な声が出てしまった。
謎の光に包まれ最後まで言えなかった。
俺の意識が徐々に遠のいていく。
〇〇〇
目が覚めると、そこには透き通るような青空が広がっていた。下を向くとそこに足場は無く、深い青が底まで続いている。なぜ浮かんでいるんだろう。
また夢でも見ているのか。それとも本当に異世界に…?
困惑する俺だったが、俺の他にも数人いることに気が付いた。その中には見覚えのある顔もいた。
「あれ、エンジェルさんじゃないですか!お久しぶりです!」
「おおおお!!まさかこんな所でクロックさんに出会えるなんて!これもロリータのお陰ですね!」
俺が声をかけるとエンジェルさんは笑顔で答えてくれた。Tシャツには見事な美少女のフルグラフィックデザインが施されている。俺が買えなかった魔法少女ピュア♡らぶの限定Tシャツだ。
エンジェルさん(本名不明)はコミケで初めて出会い、お互いロリコン同志だったのですぐに意気投合した数少ない友人の一人だ。今でもよくロリについて談笑している。
クロックとは俺のHNの事だ。由来は時計ではなく苗字の石黒を少しいじっただけだが。
「もしやクロックさんも天使の声をお聞きになられたのですか?」
天使の声?あぁ、あのドラマCD的なやつの事か。
「えぇ、まあ」
「あの声を聞いて私は感激しました!あそこまで綺麗な声を聴いのは初めてです!」
どうやらエンジェルさんにとっても理想の声だったらしい。確かにあの声は綺麗だったもんな。
「えー、お集まり頂いたようですね。」
そんな話をしていたら噂の声が聞こえてきた。声の元に振り返るとそこには――
流れるような銀髪にこちらをじっと見据える深い蒼色の瞳に黒いドレス。
俺の大好きなゲームから飛び出してきたかのような美少女が穏やかな笑みをして立っていた。
「うおおおおおおおお!俺の嫁がついに現実に飛び出してきたああああああああ!!!!」
気が付いたら心の底からそう叫んでいた。俺が生涯心の嫁と決めていたトーラちゃんが目の前にいるのだからしょうがないと思う。
ちなみに解説するとトーラちゃんはゲーム〈吸血姫とヴァンパイアハンター〉に出てくる吸血鬼のお姫様でとてつもなく可愛い。異論は認めない。
「うおおおおおおおおおお!!私の嫁のエンジュたんが目の前に…もう悔いはありません…」
ん?エンジュ?
エンジュは確か〈エンジェルシスター〉と言うRPGのメインヒロインで、耳に胼胝ができる程エンジュの話を聞かされたのでよーく知っている。エンジュは金色の髪に白いワンピース、そして背中には天使の羽が生えているらしい。
エンジェルさんは、よく「羽がとても素晴らしいのですよ!少女×羽!!これはもう最強ですよ!!」と熱く語っていた。
今面と向かっているこのトーラちゃん(仮)、もしかしたら俺たちの理想像に姿、声を合わせているのか?なんて気の利いたサービスなんだ!!
遠くから「「「「うおおおおおお!!!俺の嫁ぇぇぇぇぇ!!!」」」」と狂ったように叫ぶ声が聞こえる。
ていうか、客観的に見るとヤバイ絵だな…これ。
案の定トーラちゃん()さんも顔をひきつらせている。
「うわああ…」
トーラちゃん()は声にまで出し、生ゴミを見るような目でこちらを見てくる。
その声を聞き再び歓声が起こる。
「はあ…、えー…あなた達ロリコンさんは異世界へ転生する者として選ばれました。おめでとうございます…」
トーラちゃん()は引きつった笑みを浮かべながら話し始めた。
「そして、これからあなた達は美少女となって異世界に降り立ってもらいます」
「ちょっと待てよ!何で俺達なんだよ!自分で言うのもなんだが俺なんて特に運動ができるわけでもないし、天才的な頭脳を持っている訳でもない。ただの幼女好きのおっさんだぞ!」
一人のおっさんが叫ぶ。ホントそれなんだよな、もっといい人材いるだろ…
「ただの幼女好き…と言いましたね?そこがとても重要なのです!この異世界転生はロリコン以外は無理なのです!」
トーラちゃん()がそう断言した。
「異世界転生にはこの世の物とは思えないような苦痛が伴います。ですので強靭な忍耐力が必要となります。」
だから俺たちを美少女に転生させるという褒美の飴を与えるということか。
「そんなに辛いのか…?」
俺が聞くと、トーラちゃん()はコクリと頷いた。
「えぇ、既に五十人は失敗し、発狂死してしまいました。成功例は一人しかいません」
場が騒然となった。あまりにも低すぎる。
「ですがご安心ください。過去の唯一の成功者は――」
まあなんとなく答えは分かるけどさ…
「ロリコンです」
ですよね―ーーー
つまり、異世界転生に成功したのがロリコンただ一人だから、今回はロリコンだけ集めて転生させようということか。なんじゃそりゃ!!
「では心の準備は出来ましたか?」
トーラちゃん()は早くこの場からいなくなりたいのか、生死の選択を催促してくる。
「待った!チート能力はくれるのか?ないと生きていける自信がない!」
「姿はどうなるんだ?キャラクターメイクみたいに選べるのか?そこめちゃくちゃ大事だぞ!」
「僕家に帰らせてください!今日の深夜にフェアリーガーデンの最新話が始まるのです!」
トーラちゃん()が質問攻めにされてる…
ワーワーギャーギャー騒ぐロリコン達に痺れを切らしたのかトーラちゃん()が怒鳴った。
「うるさいです!その気持ち悪い顔で喚かないでください!転生を開始します!」
ロリコン七人の足元に魔法陣が描かれる。
――その瞬間、全身に激痛が走った。
「「「「あああああああああああ!!!!!!!!!!」」」」
痛い痛い痛い痛い痛い!!!なんだこれ脳がおかしくなる!!!!
「頑張ってください!あなた達が頑張らないと世界が危険なんです!」
トーラちゃん()がなんか重要な言葉を言ったような気がする。だが激しい苦痛のせいで何も考えられない。
落ち着け、俺は真のロリコンだ。美少女になれるならこの程度の痛み――!!
おぉぉぉぉぉ…!!!
トーラちゃんトーラちゃんトーラちゃんトーラちゃんトーラちゃんトーラちゃんトーラちゃんトーラちゃん!!!!
頭の中で俺の嫁(二次元)である名前を叫び続け理性を保とうとする。
「それではいってらっしゃいませ」
その言葉を聞き俺は意識を手放した。