顔面スピロヘーター?
島国オルビス。東大陸と北大陸の間に位置する交易都市。どの国にも属さず中立の立場を維持し、北大陸の唯一の玄関口であるとともにその他の大陸への海洋ルートを開拓した独立国である。
「さすがに街中まで来ると人は居るね」
「そりゃそうだよ。オルビスは独立国で小さいな国とはいえ、交易の中核を担う国だからね。財だって豊富だから皆そこそこに裕福だしさ」
「でも、護さん。その割にはなんかテリシャみたいな交易町よりも活気がなくないですか?」
「うーん。以前来たときはもっと元気のある街だったんだけど・・・」
街を歩きながら護たちは、様子を見て回る。護がかつて知っていたオルビスの活気は今や衰え、そこそこに人は歩いているものの、店や家々は戸を閉め切っているところが多く見受けられる。
「港といい街といい、やっぱり問題があるっていうのは本当みたいですねぇ」
「えーっと、交易をストップさせて街を陣取ってる奴がいるって話だっけ?」
「うん。あの眼鏡のおじさんがそう言ってた」
「ふーん。じゃあ、とりあえず自治官長のところ行って話し聞いてこようか」
「護。自治官長って?」
「ここの国を治めてるトップの人だよ。ここは国といっても別に貴族制を取ってるわけでもなく、もともと庶民の人たちが交易目的に集まって開拓した国だから庶民の中から代表者が選ばれてるんだ。その代表者を自治官長と言うんだよ。民主主義制度を採っていて王侯貴族による独裁政治とは違うかな。より具体的に民意が反映してるし」
「ふーん。貴族制じゃないんだ・・・。それでも街は立派に成り立ってるのよね。今は別として」
霞は護の話を聞いてなにやら思うところがあったらしい。王女たる立場に居る霞にしてみれば、民主主義という言葉は耳にしたことはあったが、現にこうして民だけの力で統治機構が成り立っているということがいまいちしっくりこないようだ。
レナスと楓、ふっくんは護の後ろをついてきながら、街の様子をキョロキョロと見ている。そんな折、ふっくんの視線が一点に集中する。
「いいなぁ・・・でしゅ」
ふっくんは、あるものを見つめたままポツリと呟いた。その言葉に隣を歩いていた楓が気づいた。
「どうしたのふっくん?」
「あ、楓しゃん。あのお兄しゃんが食べてるのが美味しそうだなぁって思ったんでしゅよ」
「ん?どれ?」
楓はふっくんが指した方向を見る。すると、柄の悪そうな男たち数人が歩いている姿が見えた。ふっくんが言っているのは、そのうちの髪の毛をつくんつくんに立てて趣味の悪いどピンクの服を着た男が食べている焼き鳥串のことのようだ。
「あー、焼き鳥?ふっくん、焼き鳥食べたいの?」
「はいでしゅ。そういえば、旅に出てから食べてないなって思ったんでしゅよ」
「そっか。じゃあ、あとで時間出来たら買いにいこっか!」
「はいでしゅ!」
そんなことをふっくんと楓がしゃべってる最中、そのチンピラ風情の連中の方から怒声が聞こえてきた。
「てめぇ!どこ見て歩いてるんだ!?」
「ご、ごめんなさい・・・」
「あぁ?小さくて何言ってるか聞こえねぇよ。ガキだからって何でも許されると思ってんじゃねぇ」
楓とふっくんは再びその声の方を向く。すると、何やらチンピラどもが小さい女の子相手に掴みかかっていた。直ぐに母親と思しき女性がやってきて謝っている。
「すみません!すみません!ど、どうか許してやってください!」
「謝りゃ済むと思ってんのか?あぁ!?ぶつかって俺たちが怪我したら困るのはそっちだろうがよ、えぇ!?」
「はい!すみませんすみせん!!この子には私からきちんと叱っておきますので」
「はっ!代わりに怒っておくだ?はーん。子供の責任は親の責任ってなぁ。じゃ、これも代わりに受け取れや!」
ドガッ!と男の一人がその女性に向かって思いっきり蹴りをいれた。女性が地面に倒れこむ。
「はっはっはっはっは!」
「おかーさーん!」
子供は母を蹴られて泣き叫び、男たちは愉快そうに笑っている。
その光景を見ていた楓は、カチンときてその場に駆け寄った。そして問答無用でチンピラ一人の顔面に飛び蹴りを喰らわせる。
「ごふ〜〜ん!」
男は景気よく吹っ飛んだ。後からふっくんもやってくる。
「なっ!?」
「ちょっとあなたたち!」
楓はバーン!っと母子と男たちの間に立ちふさがる。
「女性に手を上げるってなんてことするのよ!最低よ!最低!!」
「はぁ?誰だてめぇ。俺たちが何しようがいいだろうがよ」
「ってぇな!何しやがんだこのアマ!」
「良い訳けないでしょ!子供いじめて、弱いもの傷つけて何が楽しいのよ!このクズども!!」
「あんだとてめぇ!!俺たちを誰だと思ってんだ!」
「ただのチンビラでしょ!」
「はっ!俺たちのことを知らねぇってことは、旅人かなんかか?今交易がストップしてるのによくやってこれたものだ。まぁいい。なら教えといてやる。この街は俺たちのものなんだよ。だから俺たちが何しようが構わねぇんだよ」
「あんた達のもの?この街が?」
「そうだ。言っとくが、俺たちに手を出したこと後悔するぜ。なんてったって俺たちは・・・」
「おい、何をしているおまえら」
チンピラが何かを言おうとした矢先、その後ろから目つきの悪く、黒のロングヘアーで黒のマントを羽織った不細工な男が割って入ってきた。
「あ、兄貴!」
「どうした?何か問題ごとか?」
「いえ、この女が俺たちに喧嘩を吹っかけてきやがりまして」
「ほほぅ」
若干気障っぽい感じのしゃべり方をしたその不細工な男は、楓の方を見る。楓はその姿に噴出しそうになった。格好としゃべり方と顔が全然合っていない。
「ぷっ!・・・」
「ふふ〜ん。俺様たちに刃向かおうとする愚かな輩がまだいたとはな・・・。身の程知らずとはこのことよ」
楓は、格好つけた感じのこの男のしゃべり方と態度に壷に嵌り、どんどん笑いがこみ上げてくる。
「くくくくく・・・・」
「へへーん。兄貴が出てきたらもうお前らデス確定だぜ!今更謝ったって許さねぇからな」
楓に蹴られた男が、その男の影に隠れつつ気勢を張っている。
「兄貴、こいつ俺たちのこと知らねぇらしいんです。ちょいと痛い目あわせると一緒に教えてやりましょう!」
「そうだなぁ。久しぶりに俺の剣の錆になってもらおうか。この黒剣のな」
そう言って、不細工な男は鞘から黒い色をしたロングソードを抜いた。楓は笑いをこらえながら身構える。ふっくんも四肢を踏ん張って臨戦態勢に入る。そのとき後ろから声が聞こえた。
「お嬢さん!あたしたちのことは良いから逃げなさい!こいつらを相手にしては駄目よ!」
「大丈夫ですよ!こんな奴ら直ぐに片付けてあげますから。ね?ふっくん」
「はいでしゅ!」
「駄目、危険よ!勝てるはずないわ!だってこの人は・・・、あの漆黒の疾風だもの!」
「はっ?」
「へっでしゅ?」
母親の言葉を聞いて楓とふっくんは素っ頓狂な声を上げた。
「こ、この人が漆黒の疾風?」
楓は漆黒の疾風と呼ばれた不細工な男と母親を交互に見る。
「漆黒の疾風って、あの有名な疾風?」
「そう」
「本当と書いてマジ?」
「はい」
「・・・」
楓は硬直した。こいつがそうなら、自分の知っている護は何なんだという疑問が過ぎる。
「はっはっは。恐れおののくのも仕方あるまい。だが、俺様の仲間に手を出したのは少々お痛がすぎるな。悪いがこの幾千もの人間を切り裂き、血を喰らって黒くなった我が剣をお前の血でさらに黒くさせてもらおうか」
「血がこびりついて黒くなったならそれは錆でしゅよ?そこまで黒いと錆付きすぎて強度も落ち切れなくなるから、剣として使い物にならないものでしゅ。まさしく刀の錆でしゅね」
「ぷっはっはっはっはぁ!」
似合いもしないのに格好をつけて構えていた漆黒の疾風なる男に対し、ふっくんが冷静に的確な突込みを入れたため楓は思わずこらえきれずに笑い出してしまった。
「はー!おっかしー!!」
「ふふふ、笑っていられるのも今のうちだ。直ぐにその顔が恐怖に歪む」
漆黒の疾風は依然余裕な態度でしれっと格好よさそうな言葉を発する。それが余計に似合わず楓の笑いは止まらない。
「あはははははは!何格好つけてるのよ。そんな饅頭つぶしたような顔で!」
「なっ!兄貴に向かってなんてことを!」
チンピラの取り巻きたちが慌てどよめく。さすがに、気障を装っていた漆黒の疾風も気を悪くしたらしい。
「ほ、ほう。口の減らない小娘が。誰が饅頭つぶしたような顔だって?」
「饅頭つぶしたようなというより、へちゃむくれた虫ね。この顔面ゾウリムシ!」
「・・・。俺様に向かってよくも。斬る、絶対に斬ってやる!」
「やれるものならやって御覧なさ〜い」
余裕綽々で楓は笑った。正直楓は戦う能力はまだないが、代わりにふっくんがいてくれることが強気な態度に出させているようだ。
「この漆黒の疾風に逆らって生きていられると思うな!」
それに対し、漆黒の疾風はさっきから剣を構えて何時でも斬りかかれる状態になっているというのに、一向にそんな気配はない。言葉だけ偉そうなことを言っている。
「地獄を見せてやる。逆らったことを後悔するほどにな」
「だから、やれるものならやってみなさいよ」
「・・・。今謝れば助けてやらんこともないぞ?」
「へーん。謝る気はないですよーだ。このカビ生えクラーケン!」
「くっ!言わせておけば!」
「あ、兄貴!何ためらってるんですか!?こんな小娘さっさとやっちまいましょう!」
「お嬢さん。これ以上この人たちを怒らせては駄目です!本当に命が危ないですよ!」
母親は子を抱きかかえながら、必死に楓に逃げるように訴えている。
「大丈夫大丈夫。あんた!あんたがかかってこないって言うなら私からいくわよ!」
「おっ!おい待て!本当にやる気か?俺様はあの漆黒の疾風だぞ?やりあったってお前に万が一にも勝てる見込みはないんだぞ?」
「そんなのやってみないとわからないじゃない。さぁふっくん!冷たいのやっちゃって!!」
「はいでしゅ!」
ふっくんが口を開け冷たいブレスを吹こうとした。しかし、そのふっくんを抱きかかえる腕があった。
「ふっくんさん。こんなところで楓さんと何やってるんですかぁ?」
「あ、レナスしゃん」
「もう、お二人がいきなりいなくなったんでぇ、心配したじゃないですかぁ」
「お、こんなところにいたのか」
レナスに引き続き、護、霞がやってくる。
「何してるの楓?」
「お姉さま。ちょっと不埒な輩がいたので成敗しようと思いまして」
「不埒な輩?この人たち?」
霞は、漆黒の疾風の方を見た。楓が事の事情を説明する。
「へー。それは楓、いいことしたわね。こんなか弱い女性と子供をいじめるなんて人間のクズだわ」
霞はキッ!とチンピラどもを睨み付ける。さすがにその気迫にチンピラともども漆黒の疾風はたじろいだ。
「そうでしょ?しかも、この腐ったミルクみたいな顔をした不細工な男、あの漆黒の疾風だそうですよ」
「・・・は?」
「ですから、あ・の!漆黒の疾風だそうです」
「え?でも、だってそれってま・・・」
「それはびっくりだ!」
霞の言葉を遮り、護が突然大げさに大声を上げた。
「いやー、こんなところであの有名な漆黒の疾風に会えるなんて光栄です」
「む?なんだおまえは?」
「いやいや、うちのお姉ちゃんたちが疾風様に何か粗相をしてしまったようで申し訳ありません!」
「ちょっと!護さ・・・」
「あの、今回は見逃してもらえませんか?僕が憧れてる疾風様の噂では、凄くお心の寛大で器の大きい方と聞き及んでいるのですが」
「ん?おまえ、俺様のファンか?」
「はい!」
「そうか。うむわかった。今日のところはこの子供に免じて引き上げてやろう。小娘、命拾いしたな」
そう言って疾風は剣を鞘に収めると、チンピラどもに声をかけその場を去っていった。
「ちょーっと護さん!何、あんな相手に下手に出てるんですか!あんな奴らぶちのめしちゃえばよかったのに」
「はいはい。揉め事は起こさない起こさない。大体、楓は戦えないでしょ?」
「ふっくんがいたから問題ないですよ」
「はぁー、全く」
「でも、護。なんで漆黒の疾風なんて名乗ってる奴がいるのかしらね?」
「さぁ、珍しくもないんじゃない?旅先で結構そういう奴ら見てきたし」
「ふーん。有名になると勝手に語る奴も出てくるわけか」
「名乗らしときゃいいんだよ。そんな奴ら。それより大丈夫ですか?」
護は、座り込んでいた親子に声をかけた。
「ありがとうございます」
「レナス、一応治癒魔法かけてあげて」
「は〜い」
「あの、助けていただいたので一言忠告を」
「ん?」
「あなたたち早くこの街から出て行ったほうがいいですよ」
「何故?」
「あいつらを敵に回したからです。今回は何故か引き上げましたけど、絶対あとであなたたちを惨殺しに来ます。あいつらは、漆黒の疾風はそこまで残忍なんです」
「ふーん。ご忠告どうもありがとうございます。分かりました。用事が済み次第さっさと引き上げますよ。あ、君、飴あるんだけど食べる?」
護は若干まだビクついてべそをかいている女の子に飴を手渡した。女の子は恐る恐る受け取る。
「それでも食べて、元気になろうね。さて、じゃあ、さっさと官長に会いに行ってきますか。怖いお兄さんたちが舞い戻ってこないうちにね」
護は、みんなを促すと再び街を官長のいる家に向かって歩き出した。歩きながら護は霞にこそこそと声をかける。
「ねぇ、霞。漆黒の疾風のイメージってあんな感じなの?」
「えー?そんなわけないじゃない」
「いろんな語る奴見てきたけど、あんな不細工な奴だと認識されてるとはちょっとショックです」
「クスクスクス。そうね。あの人変な顔してたね」
「あー、なんかへこむ」
カクッと肩を落とし、ため息をつくと気を取り直して歩みを進めた。
あとがきにゅるる〜ん。
お久しぶりです。毎度毎度お付き合いいただきありがとうございます。
ようやく、更新することが出来ました。最近まとまった時間がなかなか取れなくて、更新ペースが落ちています。
しかし、私のモットーは、書きたいときに書きたいことを書くなのでその辺ご理解いただいておつきあいしていただけると非常に助かります。
さて、今回は楓が結構頑張ってましたが、近頃の楓さんは暴走キャラが染み付いてきたように思います。作者としては書きやすくていいんですが。
今後も、霞を慕いつつ暴走の限りを尽くしてくれることを期待したいです。
また、時間が出来次第更新していきたいと思いますので、気まぐれ的に覗いてやってください。
では、またお会いしましょう。