泣く
「さてさて、寝るべ寝るべぇ」
護は、町の一角にある広場のベンチに横になった。キャンプ場でテントでも張ろうかとも考えていたが、そういえばテントとかの荷物はあのおっさんの家に置いてきたことをキャンプ場に向かう途中で気が付いたのだ。
何故かメンバーみんな、いつもと違う雰囲気をかもし出していたため今更取りに戻るのも行き辛いと思い、それなら適当にその辺で寝ればいいやと町をうろついていたらこの広場にたどり着いたのだった。
鞄を枕、マントを布団代わりにしてさくさく眠りに付こうとする。しかし、一向に寝れる気配が無い。
何故自分は霞に殴られたのか?最近霞の態度が変だと言うが何があったのか?何故喧嘩をしていたのか?
答えの出ない疑問が頭の中を駆け巡る。同時にあいつの顔も思い浮かぶ。剣を手放してしまったこと。仲間のことを大事にするとあいつに誓ったのにそれが出来ていない事。護の中ではひたすら疑問と自責の念が交錯していた。
「やっぱり、僕には無理だよ。お前がいたらなんて言ったかな・・・」
ポツリと呟いた言葉は、夜の闇に吸い込まれ消えていく。
寝ることが出来ず空を見上げ星を見つめているとお腹が鳴った。そういえば夕飯を食べていない。このまま考えてても答えは見出せそうになかったし、寝れないのなら何か食べてくるかと体を起こす。
この町は比較的夜遅くまで店がやっている。町にもまだまだ人が出歩いていた。
「はぁ、何処に行こうかねぇ」
町中を再びうろつきながら、食事を出来るところを探す。今の気分としては落ち着いてのんびり考え事が出来そうな雰囲気ある店が良い。変に喧騒のある店、さっきの大衆酒場みたいなところは遠慮したい。
―この町にそんな雰囲気のある店なんてあったかなぁ。あんまり金がないから高いのも困るし―
店や看板を眺めつつ、良さ気な店はないものかと見ては立ち止まり見ては立ち止まりを繰り返しながら歩いていく。
そんな折、ふと二階から淡い光が漏れている小さな店が目に入った。下から見ていたためよく店内は見えなかったが、何処が他の店と違いシックな装いの良い雰囲気をかもし出している。
「なんかあそこがよさそうな気がする」
自分の直感に従い、その店の方向へと足を向けた。店内の入り口に通じる階段には、「旅人の憩い」という看板が掲げられている。二階の窓を見上げながら店へと歩いていると、誰かとぶつかった。というよりぶつかられたといった方が良い。
「あ、すみません。よそ見してて・・・って、あ」
「いえ、こちらこそ急いでて・・・」
謝りながら護は幽霊でも見たような顔をする。ぶつかった相手も護を見て複雑な表情を見せた。
「こんなところで何してるの?」
「そっちこそ、何処に行ってたのよ!?」
「部屋で休んでたんじゃないの?疲れてたんでしょ?」
「さ、探してたのよ・・・っの、馬鹿!バカバカバカ!!」
「?」
「本当、馬鹿なんだから!」
「それが言いたくて探してたの?」
「・・・違うけど、それもある」
「・・・よく分からないけど、何か話があるならそこの店で話さない?僕、お腹空いてて」
「・・・うん・・・」
急に素直になって護の後ろを付いてくる。二人は「旅人の憩い」に入っていった。
店の中は外から見たイメージどおり、落ち着いた大人の店というかんじのバーで、護にはありがたいことに客がほとんどいない。二人はカウンター席に腰を下ろした。
「シルビアのロックを一つ。あと、なにかつまみになるものを適当に見繕ってもらえます?食事とってなくて」
「畏まりました。お連れ様は?」
「あ、私にもおつまみください。飲み物はチコリジュースを一つ」
「畏まりました」
物腰優雅に店員は注文を受け付ける。
「あれ?さっきの酒場でご飯食べたんじゃないの?またお腹が空いたの?」
「ううん。実は私は食べてないの。他のみんなは食べたけど」
「なんで?」
「え・・・?。えーっと。その、護が食べないで宿屋を探してくれてるのに自分たちだけ食べたら申し訳ないかぁって」
「はは。そんなこと気にしなくて良かったのに」
「私は気にするの!・・・やっぱり一緒にじゃないと」
「ふーん。ありがとうございます」
「べ、別にお礼なんて」
深々と頭を下げた護に対し、照れたように手を振っている。
「お待ちどうさまでした。先にお飲み物の方をどうぞ」
「あ、どうも」
二人はグラスを受け取ると静々と口をつけた。
「で、話って何?霞」
「え!?うーんと・・・」
霞は何から話して良いかわからなかった。見つけたら言いたい事は山ほどあったのに今はその言葉がうまく出てこない。
護はただグラスに口をつけながら黙って霞の言葉を待った。
「ご、ごめんなさい」
搾り出すようにようやく霞は一番伝えなければならなかった言葉を口にする。
「何のこと?どうしたの突然?」
護は霞の意外な言葉にキョトンとして聞き返す。
「あの、その、宿屋のことで。だから・・・剣を・・・」
「あぁ、そのこと!いいよ、気にしなくて。僕からあのおっさんに頼んだことだし。剣一つで宿が手に入るなら安いものだよ。っていうか、本当にあの剣って高かったんだなぁって所有してた本人が一番びっくりだ。あはは」
護は軽く笑ってまたグラスに口をつけた。その護の態度が、言葉が、霞には余計に罪悪感を感じさせた。
「よ、よくない!だって、あの剣って大切な友人さんの形見なんでしょ?」
「ん〜?レナスに聞いたの?」
「・・・うん」
「はは、だったら尚更気にしなくて良いよ。仲間のためにこういう使い方したなら、あいつだって許してくれる。むしろ仲間想いの奴だったから喜んでくれてるかもしれない」
「で、でも、やっぱり駄目!いくら仲間だからってそんな大切なものをこんなに簡単に手放しちゃ。そもそも私たちがわがまま言ったのが悪かったんだし」
「いやいや、長旅で疲れてるんだもん。楓の言う事ももっともだ。これからプランに、魔界に行こうとしてるっていうのに今のうちにしっかり休んどかないといけなかったしさ」
「だ、だからって、形見を・・・」
「気にしない気にしない。そんなことより、せっかく宿取ったんだからしっかり休んでなきゃ。そうじゃなかったらなんのために剣を手放したかもわからないでしょ?」
「あ・・・。ごめんなさい」
「そういえば、レナス怒ってた?剣の事で」
「うん。レナスには珍しく怒ってた」
「あちゃー。そっか。レナス、あいつと仲良かったもんなぁ。本来あの剣だってレナスが持っていたかっただろうに」
「・・・」
霞はまた黙り込んでしまった。護は別に気にしているわけでもなく平然としていたようだったが、霞は護が無理をしているということに気がついていた。こういうときの護は妙に明るいのだ。
「はい、お待たせしました」
店員がおつまみを護たちの前に置く。
「おー、待ってましたぁ。もう腹減って腹減って。動植物様、農畜水産業者様。いただきます!」
護は手を合わせ深々とお辞儀するとフォーク片手に、パクパクと食べ始める。
「うん!うまうまじゃ〜!!・・・あれ?食べないの?美味しいよ?」
「あ・・・うん。いただきます」
霞も護に促されて食事に手をつける。
「あー、駄目駄目駄目。駄目だよ霞君」
護が突然、食事を始めた霞に文句を付け出した。
「な、何が?」
「食事ってのは、そんな暗い表情して食べちゃ駄目って事。せっかく、この食事ひとつひとつに動植物様の尊い命と、農畜水産業者様の血と汗と涙が詰まってるんだから、もっとこうありがたみを持ちつつ楽しく食べないとね!食事は、人生において睡眠に次ぐもっとも幸せなひと時なはずなんだからさ」
「そ、そう?」
「そう!はい、では最初からやり直しぃ」
護に言われ、霞は手を合わせ深々とお辞儀して「いただきます」と若干先ほどよりも元気よく声を出した。護は、満足したようにうんうんと頷いている。
「で、時に霞さん」
「え、な、何?」
「実は自分、気になってることがあるとです」
「何を?」
「なんで、霞さんはあの酒場で喧嘩なんてしてたとですか?」
「・・・それは・・・」
「それから、なんで僕は殴られたんですとです?」
「・・・ごめんなさい・・・」
「いや、それは良いがとですけど・・・このしゃべり方案外疲れるな・・・で、何があったの?」
「・・・あの深い意味は」
「ないのに僕は殴られたんですか!?」
「い、いや!ありま・・・す」
「ほほう。ではその深い意味とやらを是非とも聞かせてもらおうじゃないですか」
「あ、あのね。護さ」
「うん」
「ほら、レナスを仲間に入れたじゃない」
「駄目だった?」
「ううん!駄目じゃないんだけど・・・」
「けど?」
「仲間にするとき、私たちに全然相談なかったし」
「それは、すみません」
「ううん。それもいいんだけど」
霞はなんというべきか、困っていた。素直に自分の思っていることを口にすべきかどうか。
「すみません。シルビアをストレートで一つください」
霞は店員にお酒を頼み、受け取ると気持ちを決めるかのようにそれを一気に飲み干す。
「ふー。・・・あの、私、寂しかった・・・の」
「?」
「だって、護。レナスが仲間に入ってから、ううん。レナスと出会ってからずっとレナスレナスって。レナスとばかり話をするし仲は凄く良いし。なんか、私、ずっと一緒にいた仲間なのに、全然相手にされてないって言うか」
「そう?」
「そうだよ!私が話しかけても相手にしてくれないし。こうやって二人で話するのだって凄く久しぶりじゃない。私だって・・・かまってほしかったんだもん・・・」
最後をぽつりと呟く。
「へー、あの霞ともあろうお方がそんなこと考えてたの?」
護はさも意外そうに驚いた。
「わ、悪い!?」
「いや、悪くはないです。霞も子供っぽいところあるんだね」
霞は照れを隠すように強く言い放ち、護は笑っている。。
「まぁ、でもそれはしょうがないと思ってよ」
「なんで?」
「えー?だって僕、レナスの事好きだもん」
―え!?―
護のこの言葉に、霞は戸惑った。
「す、す、好きってどういう意・・・」
「レナスは僕のことよく分かってるし、僕女性は苦手だけど、レナスとだったら付き合っても良いかなぁ」
―あぁ、やっぱり・・・―
「・・・」
霞は呆然としている。
「本当はねぇ、他に気になる人はいたんだ」
「・・・」
「それが、自分にとって好きって言うものなのかどうかわからないんだけど、でも、気になる人でね」
「・・・」
「でもねぇ、もし好きなんだとしてもなんかその人には想いが通じなさそうな気がしてさ。だから、あきらめようかなぁとか思ってて」
「・・・」
「僕さ、お袋たちから彼女作れってうるさく言われててさ。ほら以前お見合いの話もあったじゃん?だから、お見合いのほうでも勝手にセッティングされててね。でもどうせ付き合うなら見ず知らずの人より知ってる人のほうが良いでしょ?お袋もお見合いより恋愛のほうが全然いいっていうし。まぁ、それならレナスかなぁって。よくお互い知ってるし。まぁ、もし付き合わなきゃならない状態になったら付き合ってもいいかなぁって思ったって言うくらいなんだけどさ。あっははぁ」
笑っている護を尻目に霞は固まったままだ。どうやら護の声は届いていないらしい。
「ぅぅ・・・ぅわーん!」
しばし一点を見つめていた霞が突然泣き出した。護はこれにはびっくりする。
「え!?どうしたの、霞?」
「えぐっ・・・ひっく・・・うぅぅ」
「な、な、何?何があった!?」
「おやおや、お客さん。罪作りですねぇ。女性を泣かすのは良くないですよ」
「え?僕のせい?」
店員から突っ込みを受け、さらに戸惑う護。
「霞、ちょ、本当どうしたの!?」
護にかまわず霞は大粒の涙を流して泣いている。静かな店内に、霞のすすり泣く声と護の戸惑った声だけが響いていた。
あとがきだですとです。
現在風邪真っ只中でしんどい作者です。
今回は久しぶりに護と霞のふたりっきりの話だったので濃厚なのかいてやるとか考えてたんですが、風邪で頭回らなくて変な展開になってきました。もしかすると後で修正掛けるかもしれませんが、まぁお気になさらずにお楽しみくださいませ。