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宿確保の裏には?

「ちょ!何やってるのさ!!」

 宿屋探しから帰ってきた護が酒場の入り口を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは酒瓶片手に殴りあったり笑いあったりして馬鹿騒ぎしてる男共の群れだった。しかし、そんなことに動じて声を発したわけではない。この町でこういったことは日常茶判事だと知っていたからだ。

 その群集を避けて中に入ろうとした護は、人ごみの間からちらりとこの騒ぎの中心にいる人物が見えた。その人物は、酒が掛かって濡れてしまったのか体のいたるところがビショビショで髪も乱れていたが、そんなことにもお構いなく、なにやら厳つい男をひっつかみボッコボッコと殴りかかっていた。 

 それを見たときは、悪夢でも見たかのように顔色が真っ青になった。その人物が自分のよく知る相手であったために声を上げざるおえなかったのだ。

「ストップストップ!なんで喧嘩なんかしてるの!」

 護はなんとか人ごみを掻き分け喧嘩している二人に割ってはいるが、殴っている方は一向に喧嘩を止めようとしない。

「ねぇ!!聞いてるの!」

 ドカッ!ガスッ!!

「これ以上やったら相手死んじゃうから!ちょっ、本当にやめ・・!」

 ガスガスガスッ!

「だから、止めろって!霞!!」

 まったく止めようとしない霞の名を叫び無理やり男からひっぺがしにかかった。

「うるさい!離してぇ!!」

 バキッ!!!ドシャーー!

「ィッテェ・・」

 霞の猛烈な右ストレートが護の顔面、もろ人中にヒットし、護はその勢いで後ろに吹っ飛び床に叩きつけられる。周りのギャラリーからは、ワーっと歓声が上がった。

 そのまま霞は荒い息遣いをしながら、尻餅をついてこちらを見ている護の顔を見た。護の鼻からは赤い液体が滴っている。喧嘩の相手の方はようやく霞の手から逃れられ、そのままドサッと倒れこんだ。

「ハァハァハァ・・・」

「・・・」

 護もまた無言で霞を見つめ返す。

「ま、護の・・・バカーーー!!!」

「・・・は?え?僕???」

 霞の突然の馬鹿発言に護は意味も分からず、目を見開いて辺りをキョロキョロと見る。霞はさらに大声で護に向かって言葉を発した。

「あんた何様のつもりよ!勝手に仲間にいれるわ、気にもしないわ、目の前でこれみよがしにデレデレするわ!!」

「え?え?」

「今までのことは!?・・・私って、私っだってぇ!」

「あの、霞。何を言って・・・?」

「すみませーん。通してくださいーい」

「霞おねぇしゃんと、お兄しゃんは何をしてるでしゅか?」

「あらあらぁ、騒がしいと思ったら霞さんだったんですねぇ。あ、護さん。血が・・・」

 護の叫び声に気が付いたのか霞の大声に気が付いたのか、店の奥のテーブルで食事を取りつつ傍観者になっていた楓たちが輪の中に入ってきた。

「どうしたんですか、お姉さま!そんな濡れちゃって!あ〜、綺麗なお顔に汚れが」

 心配そうに楓は霞の傍に駆け寄った。レナスとふっくんは護の傍に向かう。

「護さん!いつの間に戻ってきたのかは知らないですけど、お姉さまに変な事したなら許しませんよ!」

「いや!ぼ、僕は何も・・・」

「お姉さま、このおガキ様をやるときはもっと見る影も無いくらいにバキグチャっと顔面を抉り込むかのように殴らないと」

「おい」

「ヒットする瞬間に拳を回転させるのがコツです!」

「楓さん!護さんに対してそんな」

「レナス・・・」

「護さんにはそんなパンチよりもマウントポジションで身動き取れなくしてからフルボッコの方が効果的ですよぉ」

「いやいや、髪つかんで床に叩きつけた方が」

 ―鬼だ。鬼がいるゥー

「お兄しゃん。大丈夫でしゅか?」

 唯でさえ霞に意味も分からず殴られ、さらにレナスと楓の話を聞いて涙が出そうになった護にふっくんが唯一慰めの声を掛けた。

「うぅ、ふっくーん!」

「それで、お姉さま?不埒な輩は全部ぶちのめしたんですよね?」

「・・・」

「まったくお姉さまにこんな乱暴を働こうとするなんて、恐れ多いのよ!少しは分際をわきまえてゴミはゴミらしくそこで地べたを舐めてなさい、この蛆虫!」

 楓は倒れていた喧嘩の相手を足蹴に声高らかしながら見下した。霞はまた黙ったままである。

「あー、お姉さま。こんなにお洋服が汚れてしまって。すぐ着替えないと。風邪を引いたら大変ですし」

「・・・」

「それで、護さん!」

「ひゃい!」

 殴られ抉られ気弱になっている護は、楓の強い姿勢ですらビクついてしまい素っ頓狂な声を上げる。

「宿の方はどうなったんですか!まさか、全部駄目だったとか言わないですよね?」

「は、はい!大丈夫であります!なんとか寝床は確保いたしましたぁ!!」

「うむ。よろしい!では、早速案内しなさい。お姉さまを着替えさせないといけないので」

「で、では、直ぐに!こちらです!」

 護はすくっと起き上がると低姿勢のままギャラリーたちの群れを避けさせ道を作り、四人を出口へと促した。

「さ、お姉さま行きましょう」

 楓に腕を引っ張られ霞は後に付いてく。

「あ、それから護さん」

「な、なんでしょう?」

「ここの御代、よろしくね☆」

「・・・はい」

 護は楓たちの飲食代を払うと宿の方へと案内していった。しばらく歩く。

「ちょっと、護さん。まだ着かないんですか?」

「もうちょっとですから」

 やはり低姿勢のままの護。楓は調子に乗ったようで意気揚々としている。霞は楓に腕をとられつつ黙って歩いているし、レナスはふっくんを抱きかかえ「あらあら」と微笑みながらその後ろを付いて来ていた。

「こ、ここです」

 ようやく着いた先は、一見普通の民家だった。別に宿屋の看板も何も出ていない。ただ少し他の民家よりも大きいかなくらいで、あとは何も変哲も無い。

「ここが宿屋なんですか?」

「はい。と、とりあえず中に」

「ふ〜ん」

 護が家の扉を開けると、中に眼鏡を掛けたマッスルなおっさんが待ち構えていた。

「おー、来たかボウズ。約束どおり部屋は用意してあるぜ。そこの階段上がって二階に行ってくれ。部屋は各一人ずつあるから、好きなところに入って好きなようにくつろいでくれや」

「すみません」

「良いって事よ。俺は約束は守る男だ。あんたらも何か不自由あったら遠慮なく言ってくれや」

「はい」

「そういうわけだから、みんな疲れてるでしょ?霞も着替えなきゃならないし、部屋に行こう」

「言われなくても行きますよーだ。あー、やっと暖かい布団で柔らかいベッドで眠れるわ!」

 楓は聞くが早いか、霞をつれて二階へと上がっていってしまった。レナスもふっくんを抱きかかえたままその後を追う。

「あ、ふっくん!」

「なんでしゅか?」

「悪いけどふっくんはレナスか霞と一緒の部屋にしてもらいたいんだけど、良い?」

「良いでしゅよ」

「じゃぁ、ふっくんさん。今日は私と寝ましょうねぇ」

「はいでしゅ」

「ごめんね。レナスも」

「良いですよぉ。それじゃ、私も先に休ませてもらいますね」

「うん。おやすみ」

 レナスは軽く欠伸をすると階段をゆっくりと上っていった。

「じゃあ、よろしくお願いします」

「おぅ!任せとけ!」

 護は軽くお辞儀をすると宿を出て行った。夜はゆっくりと更けていく。

 それからしばし時が過ぎ、二階から降りてきた人影があった。そのまま一階のラウンジらしきところに行くとゆっくりと椅子に腰掛ける。

「はぁ〜・・・」

 深いため息が漏れる。外は夜だと言うのにまだ人が多く出歩いているようで、ほんの少し声が響く。

「はぁ〜・・・」

 またため息がラウンジを包み込んだ。頭を抱えなにやら考え込む。

「・・・私・・・」

「眠れないんですかぁ?」

 ぽつりと声を漏らしたとき、階段の方から声が聞こえ、ハッ!と顔を上げる。レナスがにこやかな顔をして立っていた。

「あなたこそ寝ないの?」

「寝ようかと思ったんですけど、ちょっとトイレに行きたくなっちゃいましてぇ。そしたら、あなたが下に下りていくのが見えたんですよぉ」

「そう」

「どうかしたんですかぁ、霞さん。なにやら元気がないようですけどぉ」

「・・・別になんでもないわ」

「そうですかぁ?それならいいんですけどぉ。そういえば、護さん何処いったんでしょうねぇ?」

 護と聞いて霞の体がびくりと反応した。

「ど、何処って、部屋で寝てるんでしょう?」

「私もそう思ったんですけどぉ。変なんですよねぇ」

「変?何が?」

「二階の部屋、三つしかないんですよぉ。確かあのマッスルなおじさん、各自一部屋ずつ用意してるって言ってましたよねぇ?二階は、私と霞さんと楓さんで埋まってますしぃ、ふっくんさんは私の部屋にいらっしゃいますしぃ。それでてっきり一階に別の部屋が用意してあると思ったんですけどぉ、見たところ寝室らしい部屋は一つもありません。護さんの姿もあれから見てないし、変だなぁと思ったんですよぉ」

「え?二階の部屋って三つだけ?」

「はい〜」

「あなたの部屋に居るとかじゃないわよね?」

「当たり前じゃないですか〜」

「じゃあ、護は何処で寝てるのよ?」

「だから、何処に行ったのかなぁと思ってたんですよぉ」

「?・・・変ね」

「だから〜、変だってさっきから言ってるじゃないですかぁ」

 二人が不思議がっているとき、玄関の扉が開いた。二人ともそちらを一斉に見る。護かと思われたが、現れたのはマッスル眼鏡おっさんだった。

「お?どうした嬢ちゃんたち。寝ないのか?あのボウズが言うには相当疲れてるから泊まる場所がどうしても欲しいっていう話だったんだが」

「いえいえぇ。疲れてますよ〜。たまたま起きてしまっただけですぅ」

「ふ〜ん。まぁ、俺としちゃ約束護ってもらったからどっちでも良い事だがーよっと」

「あの、護・・・その子供が何処に行ったかご存知ありませんか?なんか見当たらないんですけど」

「さぁ、俺は知らんなぁ。あのボウズの面倒まで見てやる約束はしてないからよ」

「約束?」

「あぁ。あのボウズ。なんか必死で宿を探しててよ。俺宿屋経営してんだけど、俺んとこ来てどうしても部屋が欲しいって言ってな。今状況が状況だけにどの部屋も満室、空く予定は無いって言ったのに、ここが最後なんです!どうしても何とか部屋が欲しいんです!三人泊まれるだけでいいんでなんとかなりませんか!?ってしつこくしつこく縋って来るもんだからよ。ガキにそこまで頼まれちゃしょうがねぇってんで、金次第で何とかしてやるって言ったんだ。俺、優しいだろ?そしたら、あいつ少し悩んだ顔してこの剣を俺に渡したのさ。かなり良い剣だから高く売れるって言ってな。知り合いに鑑定してもらったら確かにこいつは上物だったぜ。で、これをくれるっていう約束で俺の家を使ってくれってことにしたのさ。俺んち無駄に広いから部屋余ってたからよ。剣の額が思った以上に良かったから、貸すだけじゃ悪いと思って俺が世話をしてやることにもしたのわけだ」

「・・・護が・・・」

「・・・その剣、ちょっと見せてもらって良いですかぁ?」

「あ?あぁ、良いぜ。ただし汚すなよ?」

 レナスはおっさんから剣を受け取るとまじまじと見始めた。そして、柄の辺りを見て少し顔を曇らせた。

「ありがとうございますぅ。確かに良い剣ですねぇ」

「そうだろ?いやいや、これで部屋貸すだけならお釣りがくるってもんよ」

「・・・あのぉ、一応聞いてみますけどこれって返してもらうこととかって出来ませんよね?」

「あったりまえだろ?返すんだったらすぐさま出てってもらうぜ?まぁ、あのボウズと世話をちゃんと見るって約束してるからそんなことはしねぇけど。でも返すわけには行かないな」

「そうですかぁ。いえ〜、護さんが良いって言ったなら私は別に返せとかなんていいませんよぉ。護さんが決めたことですからぁ」

「おぅ!なわけで、おらぁもう寝るぜ。あんたらも疲れてるならさっさと寝ちまいな」

 おっさんはレナスから剣を返してもらうとそれを持ったまま何処ぞへと行ってしまった。レナスはしばし呆然と立ち尽くすと、霞の横にストンと座り真剣に何かを考え出した。

「護、私たちのためにそんな約束して用意してくれたんだ」

 霞はボーっと虚空を見上げ独り言のように呟いた。

「なんて約束したんですか・・・護さん!」

 霞の横で珍しくレナスが強い声を上げる。

「どうかした?レナス」

「どうもこうもない!あの剣は、あの剣だけは絶対手放すわけないのに!なんてことを・・・。私たちのことにそんな気を使わなくたって」

「そんなレナス。護にしてみたらこれくらいの気遣い当たり前だと思うよ?仲間を大切にするもの」

「そういう問題じゃないんです!」

「?」

「仲間を大切に思ってくれるのは良いですが・・・。でも、あれは・・・あの剣は」

「あの剣がどうかしたの?ただのロングソードじゃない?そんなに高いものだとは思わなかったけど」

「・・・あれは、唯のロングソードじゃないんです。あれは、護さんの大切な、いえ、私にしてみてもとってもとっても大切な人の形見の品なんです・・・」

「え?」

「純さんの・・・剣なんです。柄にZMの文字が入ってました」

「純って・・・」

「傭兵時代の護さんのたった一人の友人です」

 霞は記憶の糸を辿っていた。確か、戦時中共に戦った仲間が居て、凄く大切な仲間で、その人が居たから今の自分が居るって。そんなことを護がちらりと言っていた。その人の話をするときは凄く嬉しそうで、でも凄く悲しそうで・・・護りたかったのに自分の目の前で殺された・・・。 

「純さんがよく私に見せてくれてました。護と親友になった証だって。いつか離れ離れになっても共に過ごした短い時間を忘れないように二人のイニシャルを刻んだんだそうです。そのときの純さんの顔が凄く優しくて子供みたいに嬉しそうで・・・。ただ、護さんはキモいから止めろとか言ってましたけどね。はは」

 ―そういえば、出会ってから私の知る限り、いつもロングソードを持ってた。小さい体になって持ちづらそうだなぁって思ってたけど、それでも肌身離さず持ってたし、いつも剣の手入れだけには余念がなかった。剣士が自分の剣を大切にするのは当然かって思ったけど―  

「そ、そんな大切なものをどうして・・・?」

「私たちのために決まってるじゃないですか!!!」

 霞の的外れな質問にレナスは霞を見ることも無く俯いたまま叫んだ。

 ―レナス、泣いてる?そうだよね。レナスにとってもその人は大切な仲間だったんだよね。今は亡き人と繋がっていられる心から大事な物だったんだよね。・・・レナスでも辛いんだもん。護。もっと辛いよね。・・・私たちのために・・・―

 霞はすくっと立ち上がった。

「霞さん?」

 霞はレナスに返事もすることなく扉に走りより、そのまま夜の町へ駆けて行った。


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