荒れる霞
東大陸の北入り口に当たる港町ロージーに程近い町、テリシャ。港から近いという立地から大陸有数の交易町としてさまざまな人種、品物が集まる。中には半獣人や妖精といったモンスターに近い人種も見受けられ、東大陸では珍しい光景が町を賑わしていた。比較的自由な自治を取っているため、一部治安の悪い部分も見受けられるが、喧嘩、決闘といったものもここに居る人たちにとってはむしろお祭りのようなものだった。
「賑やかな町ですね!ふっくん、またはぐれないようにしないとね」
「はいでしゅ」
「さてさて、とりあえず宿屋に向かおうか」
「は〜い」
皆はぐれないように固まりつつ町の中心部に程近い宿屋へと向かった。
護が代表して宿屋の主人に話を掛ける。
「こんばんわ」
「いらっしゃい」
「四人なんですけど、部屋空いてます?」
「いや〜、悪いね。生憎と今はどの部屋も一杯なんだ」
「あー、そうなんですか。じゃあ、他の宿探すか」
「ガキんちょ、申し訳ないけどたぶん今は何処の宿屋に行っても空いて無いと思うぜ」
「何故です?」
「なにやら今、オルビスで問題が起こってるらしくてな。オルビス経由のルートが全線通行できなくなってるんだよ。それで結構、待たされてる奴らが宿屋を占拠してるからさ」
「それは困った」
「まぁ、中には近くでキャンプしてる奴らもいるくらいだし、ガキんちょも旅人ならキャンプ道具ぐらいもってるんだろう?」
「ええ」
「それでなんとかするこったぁな」
「はぁ」
そんなこんなで護達は宿屋を追い出されてしまった。宿屋の前で作戦会議が行われる。
「どうする?」
「私はぁ、キャンプでも良いですよぉ」
「えー!私ゆっくりベッドで寝たいなぁ。キャンプじゃ疲れ取れないんだもん」
「僕はどっちでも良いでしゅよ?」
「・・・」
「皆、キャンプでも良いって言ってるしキャンプにするか」
「ちょっと、護さん!私は嫌ですって言ってるでしょ!」
「楓。こういうときは多数決じゃん」
「えーえー、やだー!ベッドで温かい布団に包まって寝たいぃ!多数決はんたーい!」
「やれやれ、困ったね。どうしたものか・・・。霞から楓に言ってやってよ。霞はキャンプでも良いんでしょ?」
「・・・」
駄々をこねる楓を何とかしようと霞に助け舟を求めた。楓は自分の話はあまり聞かないけど霞の言う事なら絶対的に話を聞くからだ。彼女の場合、霞が私のために死んでと言ったも喜んで死ぬような気がする。
しかし、護の問いに対して霞は何も答えなかった。ただ、仲睦まじく歩いている町行く人々を見つめている。
「霞?」
「・・・」
「かすみさ〜ん?」
「・・・」
「おーい。かすミンミン?」
「・・・・・・」
声をかけどもかけども霞はまったくこちらの声が届いていない様子である。霞の視線はひたすら町の人たちに向けられている。最初、何かこの町に不穏な危険な事でもあるのかとも思い霞の視線の先を一緒に追ってみたが、そこには特に変わったものは無く、人が歩いているだけである。その人たちを見つめる霞の瞳はどこか悲しげだった。
「どうしちゃったの霞は?」
「さぁ?」
共に霞を見ていた楓も不思議そうに首をかしげた。
トントン・・・
「え?あ?何?」
肩を叩かれようやく霞はこちらを振り向く。
「どうかした?」
「べ、別に」
「そう?あのさ、宿が見つからなくてキャンプにしようかっていう話が出てるんだけど、霞はキャンプでも良いよね?」
「お姉さま!お疲れですよね!キャンプなんて嫌ですよね!?」
「・・・レナスとふっくんは何て言ってるの?」
「うん?ふっくんはどちらでもいいって。レナスはキャンプで良いって言ってくれてるよ」
「護もキャンプで良いの?」
「あぁ、レナスも良いって言ってくれてるし、宿が見つからない以上仕方ないかと」
「私は絶対嫌だって言ってるんですけど!」
「だーかーら、嫌だって言っても宿がない以上しょうがないでしょ?レナスだってふっくんだって疲れてるけど良いって言ってくれてるんだから、我慢してよ」
「えーえー」
霞はしばらく護と楓の口論を見ていたが、ゆっくりとした口調で口を開いた。
「私は・・・疲れてるから・・・宿屋が良い」
「え!?」
「ほらぁ!」
この霞の意見には護は驚いた。普段、そんなわがままを言うこともなくなるべく皆との協調性を重視するはずの霞が、楓を嗜むどころか肩を持つなんて。
―え?え?霞、そんなに疲れてたのか?最近なんか調子が変らしいし、なんか無理とかさせてたのかな―
「あ、そ、そう?そうだよね。ずっと野宿だったもんね。そりゃ疲れてるか。レナスもふっくんもやっぱり無理してるんだろうし」
「僕は大丈夫でしょよ?」
「私もです〜」
「いや、うん。これから大変になるだろうし今のうちに休んどいた方がいいから、そうだね、やっぱりちゃんと休める宿屋探した方が良いよね。えっと、あー」
護は予想外の霞の発言とテンションに、気を使わないといけないような気がして少し戸惑ったためなんと言って良いのかうまく頭が働かない。
「あー、うん!僕一応他の宿探してくるよ」
「あ、私もいきますぅ」
「良いよレナス。皆も疲れてるんだから、そこの酒場ででも休んでて。それじゃ」
護は言うが早いか踵を返し町中に走っていった。
「あちゃ〜、僕全然気を使わなくなってるじゃん。仲間だからって甘えてた所があるのか。駄目だなぁ。しっかりしろ、護」
護は走りながらぶつぶつと自分を責めた。確かに今の自分はよくない。どんなに親しくとも気を使うことを忘れず、それぞれの事を考えて決して自分勝手に行動してはいけない。
楓もふっくんもただでさえ自分の事がわからず、見せることは無いけどそれだけで不安を感じているはずだし、霞だっていつも周りに迷惑をかけまいと僕たちに合わせてくれている。レナスも自己犠牲が強いし、皆何かしら今回の旅には負担を抱えているんだ。魔界に行こうとしているならメンタルが大事とあれだけ自分から言っていたのに、それを支えるためについてきてるのに最近の自分はただ旅の事だけを考えて、パーティの事を考えていなかったのかもしれない。これじゃあ本末転倒だ。
「あ、そうですか。なんとか三人だけでも駄目ですか?・・・そこをなんとか」
いくつかの宿を回り、なんとか霞とレナス、楓の三人の部屋だけでも取れないかと頼み込んでいく。しかし、どこも満室で空きはひとつもない。
「まいったな・・・。後、残ってるのはあそこだけだけど。この調子じゃ駄目かも。とにかく行ってみよう」
そうして護は最後の宿屋に足を運んだ。
時は遡り、護と別れた霞、レナス、楓、ふっくんの四人(?)は言われたとおり最初の宿屋の横にある酒場に入って休む事にした。酒場の中は活気良く人ごみで溢れている。ちょうど奥のテーブルが空いていたので、四人はぐてーっと座り込んだ。
「あー、本当疲れたよ〜。直ぐにベッドに横になりたい」
テーブルに顔を突っ伏し楓は愚痴をこぼす。
「そうですねぇ。やっぱり旅は疲れますよねぇ」
「その割りにレナスさん、あまり疲れてる感じはしないんですけど」
「そんなことないですよぉ?ただ、戦場や難民キャンプでは疲労感を出したら負けなところがあったので、それに慣れちゃってるだけですよぉ。本当は凄く疲れてます〜」
疲れを感じさせないような穏やかな表情を浮かべながらレナスは笑った。
「そっかぁ。お姉さまもお疲れですよねぇ」
「えぇ。まぁ」
霞は相変わらずどこか雰囲気が暗い。楓はそれが疲れのせいだと受け取ったようでさらに愚痴を続ける。
「大体、護さん。自分のペースで動きすぎるんですよ。自分が旅慣れしてるからって。もう少し、か弱い女の子と共に旅してるってこと気にして欲しいですよね」
「あらぁ?でも、護さん。かなり皆さんにペースを合わせてらっしゃいますし、出来うる限りの気遣いをしてくれてると思いましたけどぉ?おかげで私は一人で旅していたときより比較的楽でしたよぉ」
「えー、あれで?」
「ええ」
「あー、私には解りません。お姉さまもそんな風には感じませんでしたよね?」
「・・うーん」
「さすがにレナスさんは護さんと昔荒波にもまれた仲間なんですね。そういうのが解るなんて」
「解るって言うかぁ。昔の護さんは人を気遣うとか人にペースを合わせるとかそういう人ではまったく無かったですからねぇ。唯我独尊と言うんでしょうかぁ。だから、今と昔で違うなぁって思うだけですよぉ」
「そっかぁ。まぁ、なんにせよお腹も空きましたし食事頼みましょうよ!」
「え、でも、護さん待ってた方が良いんじゃないですかぁ?先に食事済ましてしまうなんて」
「良いじゃないですかレナスさん。護さん待ってたら何時ご飯にありつけるかわからないんだもん。私お腹空きましたよ。食べちゃいましょうよ。あ、すみませーん!」
おろおろとしているレナスを気にもせず、楓は勝手に注文を取り付けた。霞は黙っていたし、ふっくんものんびりと尻尾を振っている。食事が運ばれてくる間、楓は珍しく霞とではなくレナスと話を始めた。楓なりに霞は疲れてるからそっとして置いてあげようと気を使ったのだ。
「はいよ!おまちどうさん!」
テーブルの上に大皿に乗ったスパゲティのようなものとシラフという魚の包み焼き、テルーの手羽先とサラダが運ばれてきた。
「わー。美味しそう!さぁ、冷めないうちに食べちゃいましょー!」
楓は直ぐに料理に手を伸ばした。ふっくんにも取ってあげてふっくんも美味しそうに食べ始める。レナスは護に悪いとは思ったが、空腹に勝てなかったことと、なにより頼んだ以上残してしまっては犠牲になった動植物様に申し訳ないと思い食べる事にしたようだった。
「あれ?お姉さま食べないんですか?」
「えぇ。実は私そんなにお腹空いてないの」
「えー?大丈夫ですか?食べないと健康とお肌によろしくないですよ?」
「良いの。気にしないで私の分も食べていいわ。私、ちょっと飲み物でも飲んでるからカウンターの方に行ってる」
「あ、はーい」
そう言うと、霞は立ち上がりカウンター席の方に向かって行く。
たった一つ空いていたカウンター席に腰を下ろし、目の前の店員に声を掛ける。
「ジンギスをくれない?ストレートで」
「ストレートですか?お客さん、かなり酒が強いんですね。ジンギスをストレートで頼む人なんてここでも滅多に居ませんよ」
「良いから頂戴」
「かしこまりました」
霞の目の前にほんのり淡く青みがかった液体が注がれたアワーグラスが置かれる。ジンギスはラゼル発祥のお酒で、ラゼル近郊に育つジリタリスという植物を発酵させて作られている。わりとポピュラーに飲まれているお酒ではあるのだが、いかんせん度数がかなり高く、なにかと混ぜ合わせたり割ったりして飲むのが通常である。
少しグラスを見つめた霞はゆっくりとグラスに手を伸ばすと、何かを吹っ切るかのように一気にジンギスを飲み干した。
「ふ〜。もう一杯いただける?」
「え!?お客さん、あれをもう飲んだんですか?大丈夫なんですか?」
「いいからもう一杯持ってきて」
「は、はぁ」
霞の雰囲気に気圧され、おどおどとした店員から貰ったジンギスをまた一気に飲み干す。そして、またもう一杯と頼みまた直ぐに飲み干した。あっけに取られている店員を気にもせず再び注文をする。いつのまにかその飲みっぷりを見て、霞の周りには人が集まっていた。
「おー、ねぇちゃん。良い飲みっぷりだねぇ!」
「あっははは。いいねぇいいねぇ。やっぱり酒はこうやって飲むものだよな」
集まった連中もわいのわいのと酒を片手に一緒になって飲んだくれ始めた。霞はそれすらも気にせず、同じペースのままどんどんジンギスを飲み干していく。
そんな折、厳つい体つきをしたおっさんがべろんべろんに酔っ払いながら霞の傍に寄って来た。
「おー、どうしたどうしたぁ。えらく綺麗なねぇちゃんが飲んだくれてるじゃねぇか。ははは、俺も混ぜてくれよぉ。一緒に飲もうぜぇ」
そのおっさんは霞の横に割って入ると霞の肩に手を回し顔を近づける。
「こりゃこりゃ、見れば見るほどべっぴんさんだぁ。いいねぇ。俺と一緒に飲んで良いことしようぜぇ」
「・・・触るな・・・」
「あぁ?」
「私に気安く触るなと言ったんだ」
霞は肩に置かれた男の手をバシッと払いのける。
「おお?なんだつれねぇな。お高くとまったって良いことねぇぜ?こんな所で飲んでるんだ。なぁ、本当はあんただって男を求めてるんだろう?俺と良いことしようじゃないか。嫌な事なんて俺が身体で忘れさせてやんよ」
「・・・」
「へっへっへ」
男はいやらしい目つきで霞の身体を嘗め回すかのように見る。
「私に触るなといっただろう!」
男が再び霞の腰に手を回した瞬間、怒声と共に霞がその男を殴り飛ばした。周りに歓声と笑い声が響く。
「っい!やりやがったな!」
「先にちょっかいを出したのはおまえだ」
「生意気な小娘が!おらぁ女だからって容赦しないぞ!調教してひん剥いてヒーヒー言わしたらぁ!」
「上等だ。この下衆め」
そして霞と酔っ払いの男を中心にそのまま喧嘩が始まった。周りに居た客たちはこぞって「いいぞー!やれやれー!」「どっちが勝つか賭けるぞ!」と煽り、それに便乗して殴り合いを始める輩も居る。
「あれ?なんかカウンターの方に人だかりが出来てますよ?」
「そうですねぇ〜、なんか余計騒がしくなったみたいですぅ」
「何かあったんでしゅかね?」
「なんだろうね。何があったのか人でよく見えないや」
突然騒がしくなった店の中にいたレナスと楓、ふっくんは何が起こったのか把握できず、遠目からその騒動を見ていた。
あとがきですみょ〜ん。
正月で親戚に無理やり苦手なお酒を進められて気分の悪い作者です。
久しぶりに書いてるせいか、酒で気分が悪いせいかわかりませんがいまいちテンポがつかめず、どうも微妙な風味になってしまいますね(汗
描写、展開というのは難しいです。行き当たりばったりではよろしくないと言う事ですよね。