そういうこともあるさね~
「どうしてこうなるんですか!!」
薄暗く、じめついたある建物の小さな一室。隙間無く積み上げられたレンガの壁は、中にいるものを押しつぶしてしまいそうな圧迫感を感じさせる。そのせいか、少し息苦しくもある。そんな居心地がすこぶる悪い部屋の中から響く楓の怒鳴り声は、反響しながらむなしく空中に霧散していった。
「そんなに大声出さなくてもいいじゃん」
「出したくもなりますよ!!なんで私たちがこんなところに入らなきゃならないんですか!」
護のひょうひょうとした態度にさもイラついたように、楓はさらに声を荒らげた。護は顔をしかめながら指で耳を塞ぐ。向かいに座っていたレナスはそんな護を見てクスクスと笑っていた。ふっくんはレナスの膝の上で行儀良く座りながら真ん丸な瞳を楓に向け、霞は立った姿勢で壁にもたれかかり腕を組んで目を瞑っている。
この中で一番騒いでいるのは明らかに楓だった。
「ちょっと誰かーっ!!!私たち何もしてないじゃないですかぁーー!!!」
「うるさいぞ!黙れ!!」
唯一圧迫感の無い開けた廊下側、その廊下に立っていた兵士とも思しき男が楓に向かって怒鳴り返す。威圧感を与えるかのように、廊下と部屋を隔てた鉄格子を短槍でぶったたきながら。
「ううぅ。私たち本当悪くないんですよぉぅ・・・」
完全に威圧された楓は声をしぼめ、鉄格子を握りながらその場に力なく座り込む。
「まぁまぁ~楓さん。そんなに落ち込まないで。入っちゃった以上しょうがないじゃないですかぁ」
「そうそう。そのうち調書かなんか取られると思うから、そのときに弁明すればいいんだって。今ここで騒いだって印象悪くするだけだよ」
相も変わらずおっとりとした口調のレナスに、護も相槌を入れる。そんな二人を若干涙目になっている楓はじとーっと視線を送った。
「クスン。私、牢屋に入れられたの生まれて初めてですよぉぅ」
「いや、普通大抵の人がそうだから。僕だって・・・あー」
楓に的確な突込みを入れた護だったが、言葉の途中で口を塞ぐ。そういえば、自分は牢屋に入るのは初めてではない。実は何度か過去に経験している。
ここは、オルビス民主議事堂の地下に設けられた留置場。護たちは今、留置場の中の牢屋の一室に閉じ込められている。
「うん。まぁ、生きていればこういうこともあるさ。将来良き思い出として残るよ!はっはっは」
「普通こういうこともないですし、悪き思い出ですよ!あー、私のヴィクトリーロードに傷が・・・。なんでこんなことにぃ~」
楓は頭を抱えて天を仰いだ。
何故こうなってしまったか。護たちがこの牢屋に入る前に、時間は少し遡る。
「護、ここ?自治官長がいるのは?」
「うん。ここはオルビスの議事堂。議会が討論して政策を決める場所。この中に自治官長室兼邸宅が設けられているわけ」
護たちパーティは、オルビスの行政を司る民衆議事堂なるところにやってきた。建物自体は特に変わっているわけでもなく、ただ白く四角いだけだ。目的はもちろん自治官長に会うためである。
「さてさて、時間ももったいないし、さっさと会いに行きますか」
そうして、中に入って行く。建物中に入ってみると、入り口内部は天井がやたら高かった。見上げるとまるで吸い込まれそうな錯覚を感じさせる。天板には色鮮やかな綺麗なガラス絵が描かれていた。空を指差し反対の手で書物を抱えている凛々しい男性像だ。入ってすぐ正面に受付と書かれたスペースがあり、眼鏡を掛けた女性が座っている。他のメンバーが頭上を見つめる中、護は一人その受付へと歩みを運ばせた。
「こんにちは」
「こんにちは。小さな来訪者さん。今日はなんの用でいらしたのかな?」
護の挨拶に、にっこりと微笑みながらその女性は柔らかに尋ねる。
「あ、えーっと。自治官長さんにお会いしたいんですけど」
「官長?申し訳ないけど、只今議会での質疑応答中なの。会うとなると、それが終わってからになるかしら?その後のスケジュール次第だと思うけど。うーん。ちょっと待ってね」
そう言って受付の女性は、手元にあった書類ファイルを手に取りペラペラめくり始める。何枚目かで手が止まると、それを見ながら声を出した。
「あら、ごめんなさい。官長のスケジュールだとしばらく空く時間は無いわね」
「そうですか。会えるとしたらいつになります?」
「うーん、そうねぇ。運がよければ来週・・・いえ、再来週かしら」
「そんなに待たなくちゃならないんですか?」
「ええ。今、何か問題を抱えてるみたいで。ここしばらくずっと多忙なのよ。それが解決するまでお時間は取れないんじゃないかしら」
「んんん~、困ったなぁ」
護は、頬をかいた。何か問題があったとき頬をかくのは、昔からの癖である。護が真剣に悩んでいると、その姿を見た受付の女性が不思議そうに尋ねてきた。
「そんなに急に会わなくちゃならないことかしら?」
「え?えぇ、まぁ。僕らとしては早めに会いたいんですよ。えっと、実はこちらの勝手な事情なんですが、そちらで抱えいる問題を解決しなきゃならなくて」
「問題を解決?何の問題のこと?」
「あの、今この国の交易をストップさせているっていう問題を・・・」
それを聞いて女性の表情が少し固まった。そして、慌てたかのように急に辺りを見渡すともう一度護の方を向く。人差し指を立てて口に当て小声で話し出した。
「シー!駄目よ、坊や。めったにそのことを口にしたら。何処で誰が聞いてるか分からないんだから」
「あ、すみません」
護も思わず小声になる。
「でも、どうして口にしたら駄目なんですか?」
「今、そのことでも議会で揉めてるらしいんだけど、ちょっとある人が絡んでるらしくてね。そのある人の耳に議員以外の人、ううん、議員でも場合によっては危ないんだけど、その話題が入るとまずいのよ」
「どうまずいんですか?」
「危ないって事。まぁ、小さい子には分からないことかもしれないけど」
「はぁ。・・・とにかく、その件について官長にどうしても話があるんです。なんとか会えないでしょうか?」
「そうねぇ~・・・」
女性は何かを考えるかのよう上を見ると、しばらくして立ち上がり受付から出てきた。
「ちょっと待っててくれるかしら?私じゃどうしようもないから、もっと上の人に聞いてきてあげるから」
「すみません」
女性はにっこりと微笑むとその場を立ち去っていった。入れ替わりに霞たちが護のもとにやってくる。
「どうなったの、護?」
「官長とか言う人には会えそうですか?」
「・・・たぶん」
護は、また頬をかいた。
数分後。受付の女性とやってきたのは、小柄でひょろっとした体格の中年を少し過ぎた男性だった。頭が薄いのが特徴的である。
「官長に会いたいというのは君たちかい?」
「はい、えーっと」
「この方は、官長の私設秘書のミカエルさんよ」
「どうもはじめまして、ミカエルさん。風神護と言います。こちらが、あー・・・姉たちで。一番上の姉レナスと、順に霞、楓です。この子はふっくんです」
「はじめまして」
「どうも」
ミカエルはにこやかに他の三人とも握手をする。
「で、あー、今官長は手が放せない状態なので代わりに私が話を聞きにきたのだが・・・」
ミカエルは、霞、楓、レナスの顔見比べる。誰に話を聞けばいいのか迷っているのだ。どうやら子供姿の護は、鼻から会話の対象外らしい。当然ふっくんもだ。
「あの、話は僕がします」
「うん?君がかね?・・・んーー、まぁいい。それで、話と言うのは確か国が決定する公式の今年の流行語についてで合ってるかね」
この言葉に霞と楓は顔を見合わせた。ミカエルは違ったかな?といった感じに眉を上げる。
「え?あ、あの、私たちは」
違うと言おうとした楓を護が手で制した。続けてにこやかに笑みを作りながら護が言葉を発する。
「はい。その件です。実は、その件で今年の流行語に<~ですにゃー>が対象外になるという話が聞きまして。巷で大ブームなのに何故対象外なのかと異議申し立てを受けまして、そちらの問題定義と解決案を模索しようと私たち近代言語研究会が代表してやってきたんです」
「なるほど、そうだったか。その件については、こちら議会でも揉めていてね。なかなか結論が出ないのだよ。ちょうど民間の意見を聞きたいと思っていたところだ。こちらで詳しい話を聞こう。ついてきたまえ」
ミカエルは踵を返すと、歩き出した。護は受付の女性に挨拶すると、その後をついていく。霞たちも良く分からないと言った表情を浮かべながらも後に従っていった。
通されたのは廊下突き当たりの一番奥まった部屋だ。
「まぁ、掛け給え」
ミカエルに促され、護たちは椅子に腰掛ける。霞と楓は戸惑いながら腰掛るが、護、レナス、ふっくんは何事も無いかのようにありがとうございますと言いながら平然と腰掛けた。
ミカエルも向かい合って座り、徐に話し始める。
「いやー、普通こうやって突然やってきた方と話すことはないんだよ。本来ならきちんとした請求手続きを行ったうえでその代表者の人とそういう場を設けて話すんだけどね。こういうことは」
「それは重々承知の上です。突然の訪問にも答えていただきありがとうございます」
護は深々と頭を下げた。
「いや、別にお礼はいい。実際官長とは会っているわけではないし、私はいわば代理にしか過ぎないからね。まぁ、しかしせっかくやってきた方を頭ごなしに帰すのも気が悪いものでね。話くらいは聞こうと言う事にしたのだよ。それでだ。前置きはさておき、その流行語の決定の話についてだが・・・」
「えぇ」
「その前にいくつか聴いておきたい事があるのだがね。いいかな?」
「はい」
「君たちは、ここの議員関係者かね?」
「いいえ」
「ふむ。では、この国の住民かね?」
「いいえ」
「・・・そうか。では、その話を何処で聞いたのかね?」
「テリシャで交易関係のとある人物に聞きました」
「ふむ」
そこまで聞いてミカエルはしばし沈黙する。護も何もしゃべらずミカエルの言葉を待った。楓はなにやら横の方で霞と大丈夫ですかねなどと小声で話をしている。
考え込んでいたようだったミカエルはもう一度護を見て、口を開いた。
「この話は、あー、流行語の話は、本来国民が知っているはずが無い情報なのだよ。議会ではもちろん論議されているが、一般には公にされていない話なわけだ。まだ何一つ決まっていない状態だからね。いや、知っていたとしても国民はそのことについて行政に意見を言いにくることはない。だから、その話を聞いたとき、もしやとは思ったのだが、そうか・・・やはり国外の人間か」
「えぇ。ある目的のために旅をしています。どうしても北の大陸に行かなければならなくて、ルートはこの国にしかありませんから」
「なるほど。そちらの事情はあらかた分かった。その話を持ってきた理由も」
「察していただいて助かります。それで、どうでしょう?」
「待ちたまえ。あと、二点聴いておきたい」
「なんです?」
「一つは、その話について君は解決策を話し合いたいと言っていたね?ということは、君の方では解決策は一応用意できていると捕らえていいのかね?」
「はい。状況にもよりけりですが、僕が思っているとおりならあります」
「ふむ。では、もうひとつ。君たちが居ると言うことは、船でやってきたということだろう?あるいは飛行魔法か何かで?」
「はい。船でやってきました」
「交易が止まっているのに船でやってきたということは、個人の船だね?」
「ええ。まぁ。その話を教えてくれた人の船ですが」
「この国に入るに当たって、正規の入国手続きを踏んだかね?」
「・・・いえ」
「では、不法入国ということだね」
「・・・はい」
「そうか・・・」
ミカエルはまた沈黙した。何かを考えるかのように顎を撫でている。
「わかった。ちょっと待っていなさい」
そういうとミカエルは立ち上がり部屋を出て行った。
「ちょ、ちょっと護さん。何わけの分からないことしゃべってたんですか?流行語ってなんです?私たちは交易の・・・」
楓の責め立てる口をレナスが横から手で押さえつけた。
「もごふごもぐっ!!」
「まぁまぁ~楓さん。そんなに責めなくてもいいじゃないですか~」
にっこりおっとりと微笑みつつもレナスはがっちりと楓の口を押さえている。楓はその力に勝てず振りほどけなかった。しばらくもごもご言っていたが、疲れたのかあきらめたのか急に静かになる。
そうこうしているうちに部屋の扉が空き、ミカエルと何人かの屈強そうな男たちが入ってきた。
「この者たちを不法入国犯罪者として、逮捕しろ」
「はっ!わかりました」
「え?え?」
楓は慌てふためく。
「君たちは留置場行きだ」
「なんでー!?」
楓の叫びもむなしく、そうして、護たちは縄を掛けられ留置場へと送られたのであった。
あとがきですにゃー。
お久しぶりです。資格試験と格闘してようやくひと段落終えた不肖な作者です。
絶対受かるつもりで勉強してたんですが、なかなか難しい結果になりそうです。
さて、オルビスに到着した護たち一行ですが、前回からどうも議会だのなんだのと政治っぽいようなないような話でファンタジーの欠片も見当たりませんが、一応ファンタジー小説です(笑
近頃、空想力が落ちて現実に染まってきてるので、こんな感じの話を触れてみましたが、次回、次々回あたりでまたファンタジー要素を注入できればいいなと思ってます。
毎度毎度拙い小説にお付き合いいただきありがとうございます。
では、また~