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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

生やし籠手 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ん、どうしたのつぶらやくん、変な顔して。ご飯、固かったかしら?

 ――血の味がする?

 ちょっと! さすがにその言い方、どうかと思うんだけど? せめて「変な味がする」程度でぼかしてくれない? 同じご飯を食べる身にもなってよね……まったく。

 ここのところ、私の前で失言、暴言が多い気がするけど、疲れているんじゃないの? 

 気の置けない奴だから、っていうのなら嬉しくないこともない。でも、限度ってものがあるんだから、気をつけてよね。


 う〜ん、言われてみると、確かに少し鉄っぽい、かな? 君の言い分も少しは分かるけど。

 変ねえ。ちゃんとしたお米のはずだったんだけど。もったいないけど、処分コース、かなあ。つぶらやくんも無理しなくていいわよ。

 ……あ、そうそう。血といえば、今のやり取りで思い出した話があったわ。食事中だけど、聞く気はある? ご飯がダメになっちゃった分の代わりだと、思ってくれたら嬉しいのだけど。


 血の臭い、といったら、男の人は何を思い浮かべるかしら。やっぱりチャンバラとか格闘技? 偏見かも知れないけど、男性って環境によっては、全然血を見ずに育ち、過ごすでしょう。何に関心があるのかなあ、と疑問に思うこと、あるわよ。

 そして、何かと多くの人のロマンをくすぐってくる戦国の時代。血の臭いは今に比べてずっと濃厚で、びびってなんかいられないほど、日常に染み込んでいたわ。

 分国法なる規則はあっても、命のやり取りの前には、いくらでも穴を探し、益を求めるのが人のさが

 そして今宵も、動く人影が……。


 夜半に起き出した彼は、護身用にと持ち出した竹槍を手に、暗い夜道を走っていた。先祖代々、猟師の家系である彼は、両親を戦で失い、たった一人で暮らしていたの

 これが鉄ならば、かすかな月明かりさえも照り返すことができるだろう、と思えるほどに、竹槍の穂先は鋭かったわ。

 彼が向かうのは、一刻ほど前に騒ぎがあった方角。いくつもの人や馬の叫び声が聞こえ、ガチャガチャと鎧を揺らす音が混じっていたの。鉄砲の音は聞こえなかったものの、小競り合いか仲間内の刀傷沙汰があったと見ていい。

 火事場泥棒というより、焼け跡泥棒だった。騒ぎの中でとばっちりを食らい、たまたま見捨てられてしまったものに目をつけて、代わりの主となることが、彼の目的。

 もっとも、よほどのことがなければ、さしたる間を置かず、主の座は自分から商人へと移ることになる。

 すでに何度か経験していた、ちょっとした小遣い稼ぎの感覚だったわ。


 経験から割り出した嗅覚は、ほどなく彼自身を現場と思しき場所へと導く。案の定、そこかしこに鎧をつけた、首なしの死体が転がっているけど、妙な点もある。

 死体同士の距離が、やけに開いていたの。これまでの戦場では、人の上に人が重なり、あるいはそこまでいかなくても、背後から槍でもろとも貫かれたのか、胸をうがたれた身体二つ、ほとんど距離を空けずに倒れていたことが、しばしばあった。

 乱戦ならば、相打ちやとばっちりも考えられ、いくつかの箇所に人が「寝転がる」ことも十分あり得る。それが今、目にしている光景のごとく、整然と間隔を開けていたりすると、男は作為的なものを感じてしまったようね。

 罠かも知れない。でもそれは、あくまで可能性。どの世界に、目の前の小遣いが欲しいと思わない奴がいるかしら。

 男は竹槍の先を、西へ東へ向けながら、足音を忍ばせつつ、手近な死体に向かった。

 

 首のない遺体からは、かすかに白檀の香りがした。

 戦場に赴く将は、相手を斬ることも、自分が斬られることも、その後に続く名誉の重さも、心得ている。見苦しい姿や臭いをさらしての死は、末代までの恥と考え、戦に赴く前に身を清め、香を焚いて体臭を消すというのは、珍しい話じゃない。

 けれど、遺体の近くまで寄れば、香ではごまかしきれない、血の生臭さが鼻をつく。その体から籠手を取りにかかった男は、その丸みを帯びた身体に、戸惑いを覚えた。

 姫武者。首を取られて、もはや、どのような面相だったかは知るよしもないものの、鎧の下から出てきた、ふくよかな身体を包む小袖は、ひとめで値が張るものと分かる上等な仕上げ。かなりの身分の高さを感じさせたわ。

 小遣いというには、手間に対して、あまりに取り分が勝ちすぎている。見慣れない、整った戦場の様子も相まって、気味が悪い。

 男は籠手一つを外し終わると、すぐに懐にしまい込んで立ち去ろうとした、その時だった。


「動くな。声を立てるな。怪しげな素振りを見せれば、討つ」


 不意に、背後から声が突き付けられたの。とっさに振り向こうとした瞬間、棒のようなもので、強く頭を叩かれたわ。

 じーんと脳の奥がしびれ、片膝をついてしまう。ばらばらと自分を取り巻く足音。その主たちが、動きの止まった自分から竹槍を奪い取って、地面へうつぶせに組み伏せる。

 無遠慮にふところをまさぐられ、先ほど入れたばかりの小手を、取り上げられてしまう。

 男はもはや小遣いどころではなく、またたくまに追い込まれたこの窮地を、いかに脱するか。そればかりを考えていた。

 小手も竹槍も、場合によっては身ぐるみをはがされても、生きてさえいれば……と。

 制圧者たちの一人。倒れている姫武者に酷似した鎧兜に身を包んだ人影は、自分から取り上げた小手を夜空にかざし、表と裏を何度もひっくり返しながら、まじまじと眺めている。

 どうかそれで満足してくれますように、と彼は切に願っていたが、じきに予想は裏切られてしまったわ。

 

 連中は小手を、元のように男の懐へしまい直したの。竹槍は取り上げたままだけど、もはや諦観にあふれていた彼を立たせ、集団のひとりが低い声で告げる。


「貴様が取ろうとした小手、そのままくれてやる。売るなり、取っておくなり、好きなようにしていいが、ただ一点。決して壊したりするなよ。それさえ守れば、お前の命。この先も、お前の好きなように使えばいいだろう。そのまま真っすぐ進め。お前の槍も、ほどよいところで返してやる。それが別れの挨拶だ」


 半ば信じられない思いで、帰路に立たされ、歩かされる男。

「従えば、助かりそうだ」とどうにか理解した時には、ざくりと自分の足元近くの地面に、竹槍が刺さっていた。

 来た道を振り返ってみたが、先ほどの武者たちらしき影は、どこにも見当たらなかったらしいわ。


 半ば夢のような心地で、家にたどり着いた男。槍を放り出し、心ここにあらずといった顔で、しばらくはかまちに腰かけていた。けれど、懐に入れたものがずれる感覚から我に返って、中身を取り出したわ。

 指から肩まで届くその覆いの裏は、文字通りの筋金入り。いざとなれば、相手の斬撃も受けられるような作りで、盾に近かったわ。

 ――決して壊したりするなよ。

 その言葉が、男の頭の中で響いている。

 もしかしたらこうしている今も、奴らの誰かが自分の後をつけて、見張っているかもしれない。下手な真似はできない。

 彼は籠手を自分のすぐわきに置くと、悪天候の時に羽織る蓑を布団代わりに、今日の出来事を思い返しながら、うつらうつらしていたわ。


 翌朝。まだ日が明けやらぬ時に起きた彼は、ふいっと横を見て肝をつぶしたわ。

 あの首なしの姫武者の遺体が、隣に転がっていた。鎧もその下の生地も、昨夜、目にしたそっくりそのままの状態で、首の切れ跡から、血の臭いを漂わせながら。


 女の添い寝といえど、さすがに首なし死体の相手は、御免こうむる。何かの見間違いだろうと、彼は汲み置きの水を飲み、頭から水も被ったけれど、四肢のみの姫武者は、視界から消えてはくれなかった。

 恐る恐る近寄った彼は、件の籠手が元のように、腕を覆いながら取り付いているのを見て取ったわ。

 籠手を取り返しに、亡者が動いたというのだろうか。いや、それならばどうして自分の家にとどまっている。奪って去ればいいはずなのに。

 あの連中の仕込みだとしても、いたずらに自分を驚かすことに、何の意味がある。何かしらのネタがあるはずだ。

 そう思って彼は、今度は籠手のみならず、全身を覆う鎧も外していく。

 死体特有の冷たさを感じない。当然ながら、身体は微動だにしない。男の動作をとがめるものもいない。

 けれど、この時の男の頭の中には、色っぽい想像などなく、ただ恐怖を排したい一心だったの。


 鎧と小袖を取り除けて、下から出てきた身体に、男はうなってしまったわ。

 その肌は、抜けるような緑一色に染まっていて、きゅうりの表面のように、ぶつぶつとした突起がいくつもあった。

 にも関わらず、表面はもちのように柔らかく、掴めば手のひらごと。指がずぶずぶと中へ入り込んでしまう。チクリと痛みを感じて引っ込めると、手の甲にいくつか小さい穴が開き、血が出ていたの。

 そして人であれば、首に相当する部分。その切り口からは変わらずに、血の臭いが漂ってきていたの。


 彼はすぐに、昨晩の場所へ取って返したわ。

 そこには昨日と変わらぬ、整った戦場跡が残っていた。あの、自分が籠手を拝借し、今まさに家で横たわっているはずの首なし死体も、記憶にある姿勢のまま横たわっている。

 念のためにいくつかの遺体を検分した彼は、家で見たものと同じ身体を目にしたわ

 ――生えた。

 彼はそう感じたわ。あの死体、その身にまとうもの、すべてはあの籠手一つから生えてきたのだと。こいつらは命の果てではなく、今まさに生きて、増えんとしている、と。


 彼は直ちに家へ取って返し、「生えた」首なし遺体からはぎ取ったものを、商人に売り渡したわ。けれど、あの奇妙な身体を処分することは、気が引けたわ。

 ――決して壊したりするなよ。

 その範疇には、「あれ」も入っているかも知れない。

 男は得た金をもとに、家を捨てていずこかへと流れていく。「あれ」の身体をそのままにして。

 彼はこの出来事を気の置けない友人に話したけれど、そのかつて自分が住んでいた家の場所については、終生、語ることがなかったとのことよ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 怖い訳でもスッキリするわけでもない、何とも言えない奇妙な話でした。 [一言] 甲冑、具足の生産農家の人が不届き者を懲らしめる為に敢えて籠手を渡したのですね。
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