輝く剣
間もなくして、想像を超えた巨体の魔獣が一頭、姿を表した。
「でっ、でかい!!」
これが成獣のサイズ…体高は2メートルくらいか?なんてこった。こんな化物を相手にするくらいなら、多少無理をしてでも逃げるべきだった。成獣の両脇には、あのとき逃げて行った魔獣と思われる子数匹が、牙をむき出しに威嚇している。
俺は圧倒されて震え上がっているのだが、魔獣たちの様子が変だった。
「なんであいつら、すぐに襲い掛かってこないんだ?」
「分かりません。もしかして、ただ挨拶しに来ただけなのかもしれませんね」
「それはないと断言しよう」
こんな危機的状況で、何を暢気な事を言っているのか。馬鹿なのか肝が据わっているのかわからないが、ひょっとすると、撃退できる自信があるのかもしれない。俺を救った剣捌きを見る限りだと、かなりの腕前があるようだし。魔獣がすぐに襲ってこない理由も、レナの実力を見抜き、攻撃を警戒しているのかもしれない。となると、戦うという選択肢は、間違っていなかったことになる。寧ろ逃げていたら、背後から襲われていた可能性だって十分にあり得る。
「あいつら、俺たちを警戒して襲ってこられないのかもしれない。レナ!奴らがもたもたしているうちに仕留めるんだ!」
俺は今が好機と見て、レナに攻撃の合図を送る。しかし、レナは剣を構えた状態から一向に動こうとしない。そして、俺に向かって冷たい視線を向けてきた。
「冗談言わないでくださいよ。一人で倒せるわけないじゃないですか。そんな無茶なことをさせようとするなんて、サクマはヒドい人ですねぇ。子供の魔獣ならまだしも、親は本来10人がかりでやっつけるものですから」
「…は?それじゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「そんなの、サクマが考えてくださいよ。あなたが戦うと言ったのですから」
俺は絶望し、膝から崩れ落ちそうになる。しかし、言われてみれば当然の話だ。そもそも少女に化け物と戦わせようとするなんて、俺はどうかしていた。なにか違う手を考えなければ。
だが、倒すことが無理だと言ったにもかかわらず、レナは一歩前へと前進した。一体何を考えているんだ?
「はぁ…しょうがないですね。わたしが時間を稼ぎますから、その隙に逃げてください。ここをまっすぐに進めば、関所に着くはずですから」
「なっ、何言ってんだ!そんなのは俺の役目だ!お前こそさっさと―――」
「サクマは剣も振れないのに、どうやって時間を稼ぐのですか?わたしは後で追いつきますから、早く行ってください!!」
レナは俺の言葉を遮るように叫んだ。そして、俺に意識を向けて発生した隙を見逃さず、魔獣がレナに襲い掛かった。
「くっ!」
レナは辛うじて魔獣の動きに反応し、鋭い爪による攻撃を剣で防ぐ。しかし、勢いまでは削ぐことができず、森の巨木に叩き付けられた。
「うっ…」
「レナっ!!!」
背中を強打したレナは、短く呻き声をあげて気を失ってしまった。魔獣の恐るべきパワーを目の当たりにし、俺は高速で思考を巡らせる。
…魔獣は今、レナに意識を集中している。今全速力で逃げれば、もしかしたら助かるかもしれない。俺が生存できる、唯一のルートだ!
だというのに、俺はちょうどレナの壁になるようにして、魔獣の前に立ちはだかっていた。後悔はない。少女を囮に逃げるやつなんて、すでに死んでるようなものだからな。やれやれ、俺もレナも人を見捨てられないなんて、損な性格をしている。善人から先に死んでいくってのは、どうやら本当の話らしい。どうりで世の中に悪人が多いわけだ。
俺はお飾りの剣を握りしめ、魔獣と対峙する。
「おい、クソ剣。聞こえてるか?今お前が働かねぇと、俺はともかくレナまで死んじまうんだ。ニートを悪く言うつもりはないが、今日だけは労働しろ!」
剣に話しかけるなんて、この状況にとうとう頭がいかれてしまったのかもしれない。そもそも剣が使えたところで、戦闘素人の俺ではどうしようもないのに。ただ、無抵抗に死ぬつもりは全く無い。少女の命を預かっている以上、最後まで諦めるわけにはいかないからだ!
すると、お飾りだったはずの剣が、驚くほど無抵抗に刃を現した。
「え?なんでこんな簡単に…」
俺はてっきり、錆付いて抜けなくなっているのだと思っていた。しかし、その刃は恐ろしいほどに美しく、青白い輝きを放っている。心なしか、身体から力が漲ってくるような感覚もある。
魔獣は剣の輝きを見て一歩引いたようだが、思い直して襲い掛かってくる。
「ガアアアアアア!!」
「かかってこいやぁ!!」
魔獣は鋭い牙が並ぶ巨大な口を開け、俺を噛み砕こうと襲い掛かかってくる。不思議なことに、俺の目は魔獣のスピードについていけた。そして、タイミングを合わせて剣を振り下ろす。
―――ヒューン―――
剣は風を切るような音を発し、魔獣を左右真っ二つに両断する。そして、大量の血液をまき散らしながら地面に倒れ、ピクリとも動かなくなった。この光景を見た魔獣の子どもは、一目散に森の中へと消えていった。
「…なんなんだよ、これは…」
俺は二つに分かれた魔獣を見て呆然としてしまった。刃の長さからみて、こんな切れ方をするわけがない。見ると、十数メートルくらい先まで地面が切り裂かれた跡が残っている。そして、役目を終えた剣は俺の意志を無視し、もの凄い勢いで鞘へと収まっていった。あぶなっ!!
その場で暫く考え込んでしまったが、俺はハッと大事なことを思い出す。
「レナは!?」
俺は振り返り、巨木の下で倒れているレナへと駆け寄る。
「…よかった。まだ息をしている」
俺はレナの生存を確認し、ひとまずホッとする。すると、レナは「うーん」と呻きながら、ゆっくりと瞼を開けた。
「…サクマ…勝ったのですか?助けてくれて…ありがとう。あれを一人でやっつけちゃうなんて、…すごい人ですね」
「何言ってんだよ。礼を言うのはこっちだ。俺なんかを逃がそうとしてくれて、本当にありがとう。でも、無茶なことはするなよ?あんな化け物に向かっていくなんて、馬鹿がやることだぜ」
レナの無謀な行動を窘めると、苦笑して「それはお互い様ですね」と言ってきた。確かに、言われてみれば自分を棚上げにしていた。
俺は二人で命拾いしたことに安堵したが、レナが深刻な表情となったことにより、再び緊張感が走る。
「そんなことより、またまた大変なことが起こっちゃいました」
「なんだって!?まさか、新しい魔獣か?」
危険な予感がして剣に手をかけるが、レナは首を横に振った。
「そうじゃなくって…背中を打ったせいで、こ、腰が痛くて…たっ…助けて、サクマぁ」
レナは涙目になりながら、そう訴えてきた。